第2話Aパート1
――世界の破壊者見習い、キュアピーチ。
9つの世界を巡り、その瞳は何を見る?
(……また、同じ夢……)
占い師の道具は、全てフリーマーケットで手放した。元々が適当なことを言っていただけの仮初めの職業だ、本職の人に対しても失礼だっただろう。
しかし、もう占いは辞めたはずなのに。どうして予知夢が――
恐ろしい想像を、頭を振って追い払う。まさか、よりにもよって。ラブが、世界を破壊するはずがない。
パラレルワールド。いくつもの平行世界が存在する、この世界。
その全てを掌握せんとした「管理国家」としてのラビリンスは、もう無い。だが、せつなは――イースだった頃から知っていた。
「世界の破壊者」ディケイドの存在を。
パラレルワールドに橋をかけ、全てを破壊し全てを創造した、究極を超えた仮面ライダー。それが、クローバータウンストリートにふらっと現れた、門矢士の正体だ。
まさかそんな重責を、ラブが負うはずがない。隣りで寝息を立てる家族の顔を見ながら、せつなは思う。すでに彼女の役割は終わったはずだ。
管理国家ラビリンスの全てを救ったフレッシュプリキュア――その中心人物たる《キュアピーチ》が、桃園ラブのもう一つの姿だ。
彼女のおかげでラビリンスの人々は、人間の心を取り戻した。だから自分も、ラビリンス復興のため桃園家を――四つ葉町を出る決意をしたのだ。
美希も、祈里も、元の自分の夢への道に戻った。だからこそ、ラブにもまた、自分の夢に真っ直ぐに向かって――日常に戻ってほしかったのだ。
その平和な日常を壊したのが、ディケイドだとしたら。
そのディケイドが、ラブを世界の破壊者に変えてしまうとしたら……
自分も覚悟を決めなければならない。胸に手を当て、せつなは臍(ほぞ)を固める。
勿論ラブは、そんなことは望まないだろう。あの、かつての自分並にぶっきらぼうな性格の士にも、笑顔で接する彼女の姿を思い返し、その決意を揺らがせる。ラブは本気で、全ての人の幸せを願っているのだ。
しかし、せつなにとって一番大切なのは、ラブの笑顔だ。その笑顔を曇らせるものが、ディケイドだとしたら――
堂々巡りの悩みは続く。士を破壊者として迫害することを、ラブが望むはずはない。けれども、せつなが守りたいものは――
(ラブ……私、どうしたらいい?)
三学期が終了し、ラビリンス復興にも一段落をつけたせつなは、春休みに久し振りに家族に会いに――桃園家に帰省したのだ。
故に、決して、こんな非日常を過ごすために来たのではないのだが――
朝。ラブと共に、せつなは言葉に窮していた。
クローバーストリートの外に広がる、見覚えのない景色。
「……せつな、あそこ、どこだろう……」
「ラブが知らないのに、私にわかるわけないじゃない……」
「いや。大体わかった」
その声に振り返ると、そこには渦中の男――門矢士が立っていた。夏海とユウスケ、旅の仲間も一緒だ。士と幾つもの世界を旅した仲間が。
いかにも異世界に旅慣れた表情で、顎に手を当て、士は言う。
「ここは、おジャ魔女の……世界か?」
「疑問形!?」
「俺の専門はあくまで仮面ライダーの世界だ。他の世界の知識については、大してあるわけじゃない」
「お前にしては謙虚じゃないか、士」
「この状況じゃあな」
ユウスケの指摘に、正直に答える士。
「そうです。まさか私たちの旅に、ラブちゃんたちまで巻き込んでしまうなんて、思いもしませんでした」
「しかも、それだけじゃない……んですよね」
「美希たん! ブッキーも!」
ふたりも合流し、話に加わる。
「おはよう、ラブちゃん、せつなちゃん。皆さんも……」
「挨拶は後回しだ。状況を整理するぞ」
律義な祈里を遮って、士が話し出す。
「そもそも俺たちが違う世界に移動する時は、光写真館の背景ロールに合わせて、写真館ごと移動していた」
「でも今回は、何故かクローバーストリートごと、移動してしまったんだ」
「こんなことは初めてです。商店街の皆さんまでご迷惑をかけるなんて」
ユウスケ、夏海も続く。その表情は暗い。
「これまで士さんたちの旅は、何らかの目的があって、それを果たすために9つのライダーの世界、そして幾つもの世界を巡ってきたんですよね」
と、美希。先日ドーナツを食べながら聞いた、彼らの話を反芻する。祈里も分析を披露する。
「そして写真館ごと移動していたのは、写真館の皆さんそれぞれに、それぞれの世界での果たすべき役割があったから、ですか?」
「私は、士くんたちが帰る場所――」
「ということはっ!」
夏海の意見を聞き終える前に、ラブが叫ぶ。
「あたしたちにも何かの役割があって、ここに来たってことだよね!」
『ラブ?』
『ラブちゃん?』
一同の視線を受けながら、ラブはますます目を輝かせる。
「士さんが、その世界のライダーを助けて回ったように。あたしも、この世界のおジャ魔女……だっけ? その子たちを助けてあげればいいんだよ!」
「お前がそう思うんなら、そうなんだろうな」
曖昧に肯定する士、しかし。
「だが俺にも、この世界での役割があるらしい」
「ああ、だからそういう服装に変わっていたんですね」
祈里の指摘通り、士の格好はこれまでと同様、いつもの私服ではない。
グレーのスーツに身を包んだその姿に、夏海は「とうとう就活してくれる気になったんですね! いい加減ウチにお金入れてください」と冗談交じりで茶化したものだが、残念ながら士にサラリーマンになる気はない。
「……本当に、何を着ても似合いますよね、士さんって……」
士の完璧な体型を、モデル志望としてやや嫉妬交じりで賞賛する美希。別段、何の努力もせずにこうなっているのだから、羨むのも当然か。
そんな美希の物思いをスルーして、士は内ポケットをあさり、一枚の通行証を取り出した。
「イロハ市立第一小学校3年2組の臨時担任教師・門矢士。この世界で俺に与えられた役割らしい。前の担任が産休で、その代わりということになっているようだ」
「士くんが学校の先生……大丈夫なんでしょうか」
「ま、何とかなるだろ」
夏海の心配をよそに、士は停めてあったバイク《マシンディケイダー》にまたがった。
「そろそろ出勤時間だな。じゃ、行ってくる」
「おい待てよ士、俺たちは?」
「ユウスケたちが付いて来れるわけないだろう。最近の学校はセキュリティが厳しいしな。ま、ラブたちのフォローでもしてやってくれ」
「そ、そうだけど……」
「ラブ」
ユウスケのつぶやきをよそに、士はラブの目を見つめる。その瞳の輝きを真正面から受け止め、パラレルワールドの旅人は告げる。
「お前はお前で、お前だけの役割を探せ。仲間の力を借りてな」
そして、バイクでストリートを出発する士。通りの外には、やけに長い坂道の向こうに小学校らしき建物が立っていた。おそらくはあそこが、士の言うイロハ市立第一小学校なのだろう。
残されたラブは、腕組みして頭をゆっくり振り回し、一言。
「……とりあえず、着替えよっか?」
「ブルンが出来るのは服装の取り換えだけでしょ? さすがにあたしたちじゃ、先生や児童のフリをして学校に入ることは出来ないわ」
「やっぱり?」
美希の冷静な指摘に、うつむくラブ。
「ユウスケさん、夏海さん」
一方、祈里が問うた。老け――もとい、中学生離れした美希の背丈なら何とかなるかも、という視線をこっそり送った後で。
「今まで士さんと離れて行動する時は、どうされていたんですか?」
「どうしてたって……そりゃあ……」
変身する前に全部事件が解決してたり、変身してもあっさりやられたり、洗脳されたり、挙句解決した覚えすらなかったりと色々あったが、そういう経験を聞いているのではないとはわかっているので、ユウスケは。
「この世界の情報収集、かな?」
「まぁ、それしかないんですよね。やることって」
「ということは、いつも通りでいいってことだよね」
夏海に続き、ラブがまとめる。
「この世界のおジャ魔女を探して、助けてあげればいいんだよ!」
「ラブ……だから助けるって、何を?」
「何か困ってるとは限らないのに……」
美希、祈里のツッコミも意に介さず、ラブは決断する。
「とにかく、まずはそのおジャ魔女ちゃんに会ってみようよ! そうすれば何とかなるって! けって〜い!」
(!)
「ラブちゃん、それ先代のプリキュアの台詞だよ?」
祈里のツッコミは、せつなの耳には入らなかった。
『キュアピーチ――あなたは全てのプリキュアを破壊するものです』
あの夢の中で、その「けって〜い!」が口癖のプリキュアは、そう言っていた。ラブが、世界の破壊者だと――
「せつな? どうしたの、さっきからずっと黙りこんでるけど」
「美希……大丈夫、何でもないわ」
「…………」
そんな親友の姿に、ラブは少々考え込んで。
「せつな。今日は、あたしと美希たん、ブッキーの三人で行ってくるよ」
『ラブ?』
「せつなはカオルちゃんに頼んで、小学校の近くでお店を出してもらって、ドーナツを食べながらお客さんから情報収集。あたしたちはユウスケさんに手伝ってもらって、脚を使って情報収集。今回は、これでいこうよ」
……かなわないな、ラブには。改めて、せつなは思った。