第2話Bパート2


「美希、祈里……あの野良猫のこと、覚えてる?」
 唐突に、ラブが問うた。ラブが二人を仇名で呼ばないのは、本気な証拠だ。
「幼稚園の頃、どんぐりの森で見つけた、怪我をした猫」
「……うん」
「忘れるはずがないわよ」
 祈里、美希がうなずく。

『お願いおじさん! この猫を治してあげて!』
 しかし祈里の父は、ラブの言葉に首を振った。看てやれるのは、飼い猫だけ。衛生等の問題で、野良猫を入院させることは出来ないのだ。
 なら自分たちで飼うといっても、そういう問題ではないと切り捨てられた。飼うには歳を取り過ぎていて、人間との生活には馴染めそうにない――そう結論付けた父の苦悶の顔に気づける程、祈里たちは歳を取っていなかった。
 どうにも出来ずに、三人はどんぐりの森に野良猫を返した。
 そして――
『ごめんね……ごめんね…………!』
 そのまま走り去った。後ろを振り向くことなく。
 泣いていたかどうかなんて覚えていない。とにかく、走り続けた。

 それからも時々はあの猫のことを思い出し、枕を濡らす日もあった。
 そして思った。もし自分たちに、もっと力があったなら。
 魔法使いに変身とか、そういった不思議な力があったなら、あの猫を助けられたのかなと。自分たちに、もっと大きな力があったなら――

 あれから数年。
 三人は、自分の意思で、プリキュアになった。
「美希たん、ブッキー。今度こそ、助けるよ、あの猫も、あの子たちの心も!」
『OK!』
『チェィンジ・プリキュア! ビート・アップ!』

「ピンクのハートは愛ある印!
 もぎたてフレッシュ、キュアピーチ!!」
「ブルーのハートは希望の印!
 つみたてフレッシュ、キュアベリー!!」
「イエローハートは祈りの印!
 とれたてフレッシュ、キュアパイン!!」

『レッツ・プリキュア!!!』



「そこまでだ、外道衆――に匹敵する、冥府外道!」
「シンケンジャー! パッションも!」
「遅れてごめんなさい、ピーチ!」
 シンケンゴールドの手引きで、シンケンジャーも戦列に加わる。
 既に変身していた丈瑠――シンケンレッドが、スーパー戦隊として語る。
「歴代レッドに受け継がれる言葉がある。
『魔法、それは未知への冒険!
 魔法、それは聖なる力!
 魔法、そしてそれは勇気の証!』
 ……魔法が人を助けるんじゃない。人の勇気に、魔法が応えるんだ!」
「戯言は聞き飽きたんだよ! 誰も俺に応えてくれなんかしなかったじゃないか!」
「それは貴様に、自分より強きものに立ち向かう勇気がないからだ!
 ――シンケンレッド、志葉丈瑠、参る!」
 そしてディケイドと共に、ギリンマに立ち向かうシンケンレッド。
 そして、残りの5人を率いるシンケンブルーは、クウガに。
「手伝いに来た。それとも要らなかったか?」
「いや、助かるよ。ありがとう!」
「それはこちらの台詞だ! あの時の恩、やっと返せる!」
 と、シンケンブルーは秘伝ディスクを回転させ、シンケンマルを弓に変形させる。さらに、浄化の力を持つ舵木ディスクをセット。
「ウォーターアロー! ユウスケ、これを使え!」
「わかった! 超変身!」
 そしてクウガがウォーターアローをペガサスボウガンに変形させ、風を司る緑のクウガ・ペガサスフォームに転身する。
 超感覚を持つこのフォームで、精密射撃を行おうというのだ。
「……そこだ!」
 シンケンピンク、グリーン、イエロー、ゴールドの攻撃の隙間を縫い。ボウガンの矢が、コワイナーの仮面に直撃した。たまらずたじろぐコワイナー。
「祈里ちゃん!」
 クウガが叫ぶ。勿論パインは、これを待っていた。
「癒せ、祈りのハーモニー! キュアスティック・パインフルート!」
 フレッシュプリキュアの中で特に浄化技に優れたキュアパインが、リンクルンからパインフルートを取り出す。
「悪いの悪いの飛んで行け!
 プリキュア・ヒーリングプレアー・フレーッシュ!!」
 シュワシュワ〜と浄化され、元の姿に戻ろうとするクロ。
「させるかよっ!」
 それを妨害せんと、ギリンマが再び仮面を――
「それは――」
「こっちの台詞よ!」
『ダブル・プリキュア・キーック!!』
 ベリー、パッションの不意打ちが、ギリンマを地面に叩きつける。
「なるほど、あれがお前たちのダブルキックか」
 悠長に感心してみせるディケイド。何やら新しい切り札のカードがあるらしい。
「ラブ、俺たちもダブルキックをやるぞ。だが一つ注意事項がある」
「は、はいっ! 何でしょう?」
《FINAL ATTACKRIDE》
「俺たち仮面ライダーのダブルキックは、お前らのとは言う順番が違う」
《DDDDECADE! PPPPEACH!》
「ライダー!」
「プリキュア!」
『ダブル・キィィィック!!』
 ディケイドの《ディメンジョンキック》を、二人同時に放つ。ピーチの勇気に、ディケイドのカードが応えた、といったところだろうか。
「ぐああああああああああ! 覚えてろぉ!」
 苦悶の表情を浮かべ、オーロラの中に消えていくギリンマ。
「……なるほど。ダブルを言うところが違うんだ……」
「1号2号、ダブルライダーからの伝統だ。覚えておけ」
「――クロちゃん!」
 変身を解いた祈里が、元の姿に戻った老猫に駆け寄り。
「ますます衰弱してる……すぐ休ませないと!」



 手術室から出てきた祈里が、首を振った。
「…………大体、わかった」
 力なく、士がうなずく。一同を代表して。
「……せめて、最期まで付いていてあげて」
「嫌! 嫌よ!」
 静かに語りかける祈里に、泣きじゃくってかぶりを振るナナコ。
「動物さんの最期を看取れるのは、なかなか出来ないことなのよ?」
「私、もう動物なんて二度と見たくない!」
「ナナコちゃん!」
 祈里の言葉を聞きもせず、病院の外へと走り去るナナコ。
 それを見届けた少女は、独りつぶやく。
「…………プリティー・ウィッチー・オンプッチー」
《おジャ魔女オンプ》に変身、いやお着替えして。
「……オンプちゃん?」
「櫻井?」
「ずっと考えてた。あたしに、何が出来るかって。あたしの力で、ナナコちゃんに何が出来るかって」
 幼馴染みにして大親友二人の呼び掛けに、素直な気持ちを告げるオンプ。
「今のあたしには、これしか思いつかない。だから――」
 そっと、ポロンを手に取って。オンプは叫ぶ。
「プ〜ルルンプルン! ファ〜ミファ〜ミファ〜〜!」

「……クロ?」
『なぁごぉ……』
 ナナコは確かに見た。一年生の時に、初めて会った時のクロの姿を。

「ナナコちゃんとクロの思い出よ、ナナコちゃんの前に現れて!」

 慣れない小学校生活の中で、彼女に懐いてくれたクロ。
 花壇でお昼寝していると気づかずに水をかけてしまい、謝ったこと。
 飼育係になってからも、たくさんの動物と仲良くしてくれたクロ。
 どんどん歳を取っていっても、変わらず呑気に学校で過ごしていたクロ。
 寝ている時が多くなっても、ナナコが近付くとそっと起き出すクロ。
 とっても大好きな、私たちのクロ――

『なぁごぉ』
「クロ…………クロ!」
 ナナコは駆け出した。思い出の幻影の中から。
 病院に戻り、手術室に走り込む。

「プリティー・ウィッチー・ハズキッチー!
 パイパイポ〜ンポイ、プ〜ワプワプ〜〜!
 クロちゃんの心の声を、ナナコちゃんに聞かせて!」

「クロ! ……クロ!」
『ナナコ……ナナコ』
「クロ?」
『ありがとう……今まで、ありがとう』
「そんな――私こそ! クロのおかげでずっと……」
『ナナコ……大好き…………』
「…………クロ」
『…………』
「私も大好きだよ……クロ。ずっとずっと……」

 ずっと、忘れないから――



 ……その後。
 オンプたちが魔女見習いだと知ってしまったとカミングアウトしたマサルを、魔「女」見習いとしてスカウトされる顛末が待っていたが。
 ここからは彼女たちの物語である。



「結局、あたしたち、何にも守れなかったのかな」
「そんなことありませんよ」
 写真館にて。うつむくラブに、夏海はかすかに笑って言った。
「私たちだって、これまでの旅で、全てを助けられたわけじゃありません」
「ネガの世界」の夏海は、今もなお人類の存亡をかけて戦い続けている。それに干渉することは、世界の破壊者とて許されなかったのだ。
「俺たちも同じだ。外道衆の襲撃で、尊い犠牲を出したことは何度もある」
 丈瑠も、苦い顔で過去を反芻する。外道衆の嘘によって足を怪我した少年から、父を失った少年まで、さまざまな戦いの傷跡を思い返しながら。
「だが、それ以上に守れたものもある。ラブ、お前たちだってそうだろう」
「違うよ、丈瑠さん。あたしたち、あの頃から何も変わってない」
 どんぐりの森で猫を見捨て、最期まで看取らず逃げだした頃の自分と。
「あたしたちにもっと力があったら、トイマジンみたいに、総統メビウスだって救えたのかな……」
「ラブ――」
 せつなは今も覚えている。ラビリンスの管理プログラムであるメビウスにとっての幸せは何なのか? とラブが問うた際、メビウスの返答を聞いたラブの表情を。
『ふはははは、これが私の最終プログラムだ!! プリキュアよ、私とともに消滅するのだぁぁ――っっ』
『メビウス……』
 プリキュアと共に自爆するのが幸せだと言った、メビウスに対する失望を。
 伝説を超えたプリキュアですら救えなかったプログラムへの、どうにもならない絶望を――
 こんな時、先代のプリキュアなら。「そんなことない!」と言ってくれるのだろうか?
「違うな」
 だが、今その台詞に似た言葉を告げたのは、士だ。
「少なくともあのおジャ魔女たちは、力があろうとなかろうと、助けられようと助けられまいと、自分に出来るだけのことをした。ナナコのためにな。
 お前たちも、そうじゃなかったのか?」
 と、ひそかに撮っていた写真を見せる士。
 そこには、オンプ、ハズキがポロンをかざす姿に重なって。キュアパインが、パインフルートをかざす姿が映っていた。
「ラブ、覚えておけ。三人以上の魔女見習いが、ポロンを合わせると――
《マジカルステージ》という、大きな魔法を使うことが出来る。それは、お前たちプリキュアと、あいつらおジャ魔女が力を合わせた、何よりの証拠だ」
「そうだよ。ラブちゃんたちが助けてくれたから、クロの最期をナナコちゃんが看取ることが出来たんじゃないか」
「士さん、ユウスケさん……」
 そして、最期に夏海は言った。パラレルワールドの旅人の先輩として。
「どんな旅にも無駄はありませんよ。どんな思い出にも無駄がないのと同じように」
「そうだね。僕も今回の旅で、とてもいい幸せをゲット出来たよ」
 が、そこに、重い空気を読まない男が一人乱入してくる。
「見てくれ士、おジャ魔女の世界で手に入れた最高のお宝を!」
「お宝? 何々?」
 士の写真を丁寧にしまった後、目を輝かせるラブ。もしかすると、ラブをこれ以上思い詰めさせないために、強引に話を変えようと割って入ったのかもしれない。いや、海東に限ってそれはないか? 一行の思いは様々だ。
 だが少なくとも海東の興味は今、そのお宝一点に注がれている。
「おジャ魔女ちゃんたちが使っていたポロンの中に、カラフルな丸い球が入っていただろう? あれは《魔法玉》と言って、魔女見習いはあれを消費して魔法を使う。またそれだけじゃなく、魔女界の通貨としても扱われている」
「で、それがどうかしたのか?」
「驚くなよ士。この種は、《魔法玉がたわわに生る木》の種なんだ! 魔女界の女王即位100周年を記念して、見習い3級試験合格者に配られたという幻の種さ。これが実れば、魔女界で僕は大金持ちというわけだ」
 嘆息する士。
「……それが、俺たちの旅にお前が付いてきた理由か?」
「僕は僕の道を行くだけさ。次のお宝を探すために、これからも付きまとわせてもらうよ。士、それに東くんもね」
 と、言うだけ言って去っていく海東に、再び士はため息をついた。
「……どうしたんですか、士くん」
「いや、あいつも詰めが甘いと思ってな」
 士の態度をいぶかしむ夏海に、士は答えた。
「俺の知る限り、あの木が魔法玉の実をつけるのは、芽吹いてから200年後だ」
『ダメじゃん!』
 士の指摘に、某新喜劇のようなズッコケを見せる一同。……何故か、部屋の外からもコケる音が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
「デンライナーのオーナーにでも相談してみれば、何とかなるかもな……」
 と、つぶやく士の視線は、ちょうど写真館の背景ロールに突っ込んでいくラブの姿にあった。
「おっとっ……とぉ!?」
 姿勢を崩し、背景ロールを降ろす鎖に、手をかけてしまうラブ。
「……またこのパターンか……」
 三度目の嘆息を、わざとらしく吐く士。
 それは、士たちが新しい世界へと旅立つことを意味していた。
 光と共に現れた背景ロールの絵は――

 黒い手袋と白い手袋が、堅く手を繋ぐ絵だった。

「……これって」
「やっぱり」
「あの人たちよね」
 ラブ、美希、祈里が口々に、その見覚えのある二つの手を見つめる。
「? どういうこと皆?」
「あ、そっか。せつなは会ったことなかったんだっけ」
 その「ふたり」にラブたちが出会ったのは、まだフレッシュプリキュアが3人だった頃の話。横浜みなとみらいで、当時のプリキュア――及びそれに準ずる伝説の戦士――が14人集結した時の話だ。
「初代プリキュア、キュアブラックとキュアホワイト」
「その格闘能力は、他の追随を許さない、とっても頼れる先輩たちよ」
 美希、祈里が紹介する。その伝説は、スーパー戦隊や仮面ライダーたちも知っていた。
 が、その中でも、何故か特に良く知っている男が一人、ここにいる。
「ちょいと待ったぁ!」
 プリキュア宣伝部長を勝手に自称する、梅盛源太その人であった。
「ラブちゃんたち、その手の合わせ方をよぉく見てみな」
『はい?』
『あ!』
 首を傾げるラブとせつな、何かに気づく美希と祈里。
「どういうこと、美希たん、ブッキー?」
「手の握りが逆なのよ」
「ブラックの左手、ホワイトの右手を繋いで撃つのが《プリキュア・マーブルスクリュー》よ。でもこの絵では、左右逆になってる――」
「つまり――」
 せつなも合点がいったようだ。
「ラブたちの知っているキュアブラック、キュアホワイトとは違う、ふたりのプリキュアがいる、プリキュアの世界に来たということね――」



「ナギサナギサナギサー、最近文殊さんと仲いいみたいじゃない」
「よく二人で出掛ける姿、見かけるよ?」
「そんなことないよ、シホ、リナ。あたしたち――」

「どうしたのホノカ、今度はラクロス部で実験でもするの?」
「いいえ? どうしてそんな話を?」
「だって最近、黒曜さんとよく話してるみたいだし」
「そんなことないわ、ユリコ。私たち――」

『別に、友達じゃないもの』



 ――第3話につづく