第2話Bパート1
「だぁって、愚痴愚痴うるさいんだもーん。別にいいじゃない、魔法は便利に使わなきゃ!」
「よくないわ! 人の気持ちを変える魔法は危険なのよ!? 絶対使っちゃダメなの!! 何度言ったらわかってくれるの、オンプちゃん……」
「つまり、魔法にも使っちゃいけない、禁断魔法があるってこと?」
美希の問いにうなずくハズキ。
「人の命にかかわる魔法と、人の気持ちを変える魔法は禁止されているんです。怪我を直したり、考えを変えさせたりしてはダメなのに……」
「だーかーらー、あたしは大丈夫なの。だって私は『心を変える』って願ったわけじゃないもの」
「へ?」
「人の記憶中枢に干渉しただけ。脳の海馬という所に短期記憶の中枢があってね、そこをいじっただけ。まぁ詳しい説明は面倒だからからパスね」
「それはそれで危険なことだと思うけど……」
獣医の娘である祈里が、真面目な顔で指摘するも、オンプは。
「気持ちを変えることだって、お医者さんが鎮静剤を打ったりするでしょ? それを魔法でやるのと、何が違うの?」
「お薬を使うには、ちゃんとしたお医者さんの処方がいるわ!」
「もう、わからず屋なんだから――じゃあ聞くけど」
どっちがだ、という一同の視線を全く気にも留めず、オンプは問うた。
「どうして割れた瓶を直す魔法は使ってもよくて、人の怪我を治す魔法は使ったらいけないの?」
いや、問うたというのは正確ではない。自説を語り出したのだ。
「人間に限らず全ての生物は、例外なく化学反応で動いてるわ。人間だってその辺の自然物質とは何も変わらない。全ての生命活動は、化学的な分析が可能よ。だから化学的な干渉によって、その活動を活性化させることも、止めさせることもできる。
有機物も無機物も細胞で構成されてる以上は、壊れた壺を直すことも、すり傷を治すことも同じ、細胞の復元よ。何が違うの?」
「……………………ええと、さっぱりわからない」
「この子、本当に小学3年生なのかしら……」
頭を抱えるラブ。嘆息する美希。
「そういう問題じゃ、ないと思う」
だが、祈里は目を見開き、しゃがみ込み。オンプの瞳を見つめた。その紫色の眼に吸い込まれそうになる錯覚を覚えながらも、獣医の卵は言う。
「命っていうのはね――」
「物だって同じくらい大切よ。それじゃあたし、忙しいから帰るわ」
「お願い、私の話を聞いて!」
「真面目に取り合わないほうがいいわよ、あたしたちの常識と、魔法の常識は全然違うんだから」
祈里の手を振り払い、オンプは背を向けて言い捨てた。
「何しろ魔女界の見習い試験は、試験官が旅行に行きたいからって、不正に合格させたりするのよ。モラルも何もあったものじゃないわ。
それにあたしたちの魔法の先生――MAHO堂のオーナーだって、こんな時に魔女界の温泉ツアーに行ったまま帰ってこないんだもの。もううんざり」
そして、MAHO堂の出口から去って行くオンプ。
「…………その話は、本当か?」
士の問いに、ハズキは力なく首肯した。
「真っ赤なハートは幸せの証!
熟れたてフレッシュ、キュアパッション!!」
「シンケンゴールド、梅盛源太!」
「……………………」
二人が名乗り終わったと思ったら、やっぱりディエンドが付いてこない。
「おい盗っ人野郎、そこは『通りすがりたてフレッシュ、仮面ライダーディエンド!』とか言うべきだろう」
「それはどうかと思うわ……」
せつなのツッコミをよそに、ディエンドが見ていたのは。
「…………薫、このドーナツ美味しい」
「どうでもいい」
「ホント? じゃあジャンジャンご馳走しちゃうよ、グハッ」
逃がしたはずのカオルちゃんの店でドーナツをほおばる、霧生姉妹の姿だった。
「違う、そっちじゃない! おのれディケイド、卑怯な罠を用意するとは!」
「…………いや、ディケイドは関係ないんじゃないですかい?」
ダイゴヨウにまでツッコまれる鳴滝だが、彼のこの癖は多分一生治らない。
「……」
《ATTACKRIDE INVISIBLE》
呆れてディエンドが姿を消し逃げたが、まぁ無理ないだろう。
「行こう、満。みのりちゃんが呼んでる」
「ふぇえ、まらへつのいごぐがまっぺいう」
『ええ、また別の地獄が待っている』と言いたいらしい。
口に全力でドーナツを放り込みつつ、お土産の袋まで貰って。どの辺が地獄だったのかわからない地獄姉妹は、オーロラの中に去って行った。
「ディケイド、これが新たな始まりだ……」
そして、残された鳴滝も。そう言い残して去って行った。
何がどう始まるのか、そんなことは誰にもわからない。
「……士さんへの伝言頼まれたのかしら?」
「せっちゃん、マトモに考えちゃダメだ……」
頭を抱えながら、せつなと源太は変身を解いた。
……闇の中から声がする。
「ククク、そうやってお互いに潰し合えばいいのだ」
何を潰し合っていたのだろう? という疑問を挟むことなく、その青眼鏡の男は言う。上司には逆らわない、それが彼の処世術だった。
「アポロガイスト様、それではこの不肖ギリンマが、あなたの復活のためのFUKOエナジーを奪ってまいりましょう……」
「頼むぞギリンマ。この私が大復活した暁には、全パラレルワールドの闇の世界が大集結した大いなる大組織を、盛大に立ち上げねばならないのだ」
「はっ。全ては我らが大首領様のために――」
「私と矢田くんとオンプちゃん、同じ幼稚園だったんです」
MAHO堂に残り、語り始めるハズキ。
「私が公園で遊んでた時、転んで怪我したことがあって、その時助けてくれたのが矢田くんとオンプちゃんだったの。家までおぶってくれたり……
あと、私やナナコちゃんが可愛がっていたウサギが亡くなった時、私がショックを受けないように嘘をついてくれたり……」
その後、マサルから貰った鳩笛とかキラキラ星とか色んな話が続いたが、ほぼマサルとのノロケ話なので割愛。
「……大体わかった。その頃から、口下手だったり誤解されやすかったあいつらは、一方的に悪いと決めつけられ、叱られてばかりだったんだな」
赤くなった頬を元に戻し、ハズキが士のまとめにうなずく。
「でも、昔のオンプちゃんは、あんな子じゃなかった……幼稚園の頃喧嘩した時、一緒にフルートとバイオリンを演奏してくれたのに、最近は全然セッションしてくれない……」
「つまり――魔女見習いになったことで、あいつは変わってしまったと。そう言いたいのか」
士は冷たく断じる。思わずユウスケ、夏海が抗議するも。
「おい士!」
「士くん!」
「人間なんて幾らでも変わる。悪に染まるのも容易いことだ。そいつが誰からも信じられなくなったら、なおさらだ」
「先生、そんなことありません! 私は、私は……」
「ハズキちゃん……」
祈里がハズキの肩を支える。
「…………美希たん、ブッキー」
「……ラブ?」
一方のラブも、うつむいたまま顔を上げない。こちらを支えたのは美希だ。
「あたし、魔法って、もっと素敵なものだと思ってた」
「……そうね」
「ねぇ、覚えてる? 昔、こんな時魔法が使えたら――」
ラブが何かを言いかけた、その時。
「藤原! やっぱりここにいたのか」
「小松くん?」
MAHO堂の扉を乱暴に開け、テツヤが現れた。全力で走ってきたのだろう、息を切らしている。見かねた士が、テツヤに問う。
「テツヤ、どうした。何かあったのか」
「クロが……用務員さんが昔からずっと飼ってる猫が、交通事故に遭って!」
「クロが!?」
「岡本が泣きじゃくってて……先生、何とかしてくれよ!」
「岡本ナナコ……クロを可愛がってた、飼育係のあの子か。分かった、すぐ行く! 動物病院なら当てがある、頼むぞ祈里!」
「はい!」
あくまでも冷静に、祈里は実家の病院に電話を入れた。
「出血は止まったわ。手術は成功……だけど、やっぱり老齢だから、回復力が追いついてないの。今夜中に目を覚まさなければ――」
「そんな……嫌よ! もう二度と、動物の死ぬところなんて見たくない!」
祈里の報告に、泣き叫ぶナナコ。それを見たハズキは――
「そんな格好で、何をするつもりだ?」
駆けつけた士一行を前にしても、おジャ魔女ハズキの決意は変わらない。
「魔法でクロの怪我を治すんです。もう決めました」
「禁呪を使えば、災いが降りかかるんじゃなかったのか?」
一同が声を上げるも、士はそれを遮り冷徹に指摘。が、なおもハズキは。
「もしクロが死んだらナナコちゃん、心の傷が大きくなって一生動物嫌いになってしまう! もう、幼稚園の時のような思いはさせたくないんです!」
「わかったわ、あたしも手伝う。二人でかければ、災いも2分の1になるかもしれないしね」
と、そこに現れるおジャ魔女オンプ。
「まぁ、あたしならそんな失敗はしないと思うけど」
「そういう問題じゃないわ!」
珍しく、声を荒げる祈里。
「私たちは全力で手を尽くした。ナナコちゃんもあんなに心配してるんだから、きっと願いが届いて元気になる。後は見守るだけだって、私信じてる!」
「信じたからって、何になるの? 今夜の山を越えられなきゃダメなくせに――だから、魔法で助けようとしてるの。それのどこが悪いの?」
「それは――」
「こんな時に使えないなんて、じゃあ魔法は何のためにあるのよ!!」
一同は初めて見た。冷静なオンプが、大声を上げるところを。
常に薄く笑顔を浮かべていた仮面が、外れた瞬間を。
「オンプちゃん、ありがとう……でもごめんなさい!」
「待って、ハズキちゃん!」
「私のために、オンプちゃんまで災いに巻き込みたくない。私はどうなっても構わない、だから!」
オンプを振り切り、おジャ魔女ハズキはポロンをふるった。
「パイパイポ〜ンポイ、プ〜ワプワプ〜〜!
クロちゃんの怪我よ、治――」
「構わないなんて言うな!」
刹那、ハズキに飛びかかる影が一人。
「……マサルくん」
思わず昔のように、下の名前で呼んでしまうハズキ。
「……やはりそういうことか。マサル、お前、最初から全てを知っていたな? こいつらが魔法を使えるってことを」
士が手を出さなかったのも、マサルが来ると信じていたからだったのだ。
「当たり前だろ。こいつらと、何年付き合ってると思ってんだ」
ハズキからポロンを取り上げたマサル曰く。
「昼休みにしょっちゅう抜け出しては遅刻して先生に立たされてるし、時々レレ〜とかロロ〜しか言わない奴と入れ替わってるし、やけにタイミングのいい時にワープしたかのように現れるし。怪しいったらありゃしないぜ」
「…………そうだったかしら」
「誤魔化すな、櫻井。お前は昔っから詰めが甘いんだ。藤原も藤原で、思い詰めたらすぐ暴走するし、見ちゃいらんねぇ」
「マサルくん、今まで黙っててごめんなさい。でもお願い、ポロンを返して!」
「嫌だね。そんな使い方されるくらいなら、俺が叩き折ってやる」
「全くだねぇ。じゃあ、もっと上手い魔法の使い方を教えてあげるよ」
『!?』
この場に似つかわしくない、醜い声がした。
爆発音と共に、病院から現れるカマキリ怪人。そして――
「我が名はギリンマ! 大いなる大組織復活のために参上した、大首領様が第一のしもべ!」
「コワイナァー!」
プリキュアにとっては、聞き覚えのある鳴き声。
「! ナイトメアの残党か、あの仮面まだ残ってやがったのか」
かろうじて知識のあった士が、敵の正体を言い当てる。
「その通りさ」
「コワイナァァァァ!!」
ギリンマの返答と同時に、煙は晴れ。現れた怪物は、巨大な黒猫――
「あなた、クロに何をしたんですか!?」
声を荒げる夏海に、ギリンマは外道な言葉を躊躇なく吐き出した。
「何をって、ナニしたのさぁ。コワイナーに生まれ変わらせてやったんだ! これであの猫は、闇の魔法の力で永遠に生き続けることが出来る!」
「クロ、クロ! どこに行ったの、クロ!」
「ナナコちゃん、来ちゃダメ!」
ハズキの制止の声は間に合わなかった。
「クロ……イヤアアアアアアアアアアアアアア」
「ハッハッハ! 心地いい悲鳴だねぇ。その泣き叫ぶ声が、我ら闇の者の力になる! そしてお前の悲しみが、あの猫を生かすんだ――」
ナナコの期待通りの反応に、高笑いを浮かべるギリンマの影で。
「プルルンプルン、ファミファミファ――」
静かに、オンプは呪文を唱えた。
「カマキリ怪人よ、消え――」
「だからやめろぉ!!」
再び、マサルが制止する。オンプに覆いかぶさり、ポロンを取り上げる。
「何するのよ!? あんな奴、あんな奴……」
「俺だってあいつが憎いよ! だけど、だけど……」
マサルの脳裏に、言葉がよぎる。今日会ったばかりの、恩師の言葉が。
『悪いことをしてないなら、胸を張って説明しろ。こそこそ隠れて、口つぐんでスネても、誰もわかっちゃくれないぞ』
『そういうことが出来ない奴をガキって言うんだ。いつまでそうやってコソコソ逃げ回るつもりだ?』
「俺、ホントは怖かった。お前らが魔法なんてヘンな力持ったことが。それに気付いても、何も言えなかった。でも、もう逃げ回らない。胸を張って、言いたいことを言ってやる」
「矢田くん」
「マサルくん……」
「俺――お前たちには、そんな魔法を使ってほしくないんだ!! もっと違う、もっと優しい、魔法の使いかたってのはないのかよ!?」
「そんなものはないねぇ! もっとも、こいつらの魔法が下手くそなのはその通り。絶望こそが安らぎ、絶望こそ哀しみを消す唯一の手段なのさ!
大体、心を無理矢理変える魔法と、心を絶望に染める魔法の何が違う? お前たちおジャ魔女と、俺たち闇の者の、何が違うっていうのかなぁ!?」
割り込むギリンマ。それに対し口をつぐむことも、スネることなく睥睨する男の姿が、そこにあった。
「これ以上、俺の幼馴染みを侮辱するな」
「侮辱したら、どうするってのかなぁ?」
「こう――するんだよっ!! ウォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
その右拳を、ギリンマの顔面に叩きつけるマサル。その思わぬ威力に、ギリンマが後ずさる。そして、表情を歪ませ、
「お前……ガキ扱いされてると思って、いい気になってんじゃねぇぞ!?」
「待てっ!」
マサルの前に立つはユウスケ。
「もういい、マサル。お前だって、そんな力の使い方をしちゃいけないんだ」
「でも、俺はこいつらを――藤原たちを」
「ああ。だから俺が、君たちの笑顔を守る! 俺、クウガだから!」
少年たちの目の前で、ユウスケはサムズアップした。笑顔で。
「――変身!!」
皆の笑顔を守る、青空の戦士。仮面ライダークウガ・マイティフォームが、戦場にいち早く馳せ参じる。
「夏海ちゃん、この子たちを頼む! おりゃああ!」
三人の子供を夏海に任せ、ギリンマに立ち向かっていくクウガ。
「何を言ってるんだ、お前だって殴る蹴るしかしてないじゃないか! 結局暴力に頼るしかないのが、お前たち仮面ライダーの正体なんだよ!」
だが、ギリンマはその悪口を止めない。
「所詮魔法だか変身だか、そんなもので人は救えないんだ。魔法なんて不完全なもので、涙を止めることなんて出来はしないんだよ!」
「違うな!」
士が声を上げる。その迫力に、思わずギリンマが動きを止める。
「心を変える魔法が禁則なのは、心は自分たちで作るべきものだからだ! 誰かと共に喜びを分かち合い、哀しみを超えていくことで、人間は一歩一歩成長していく。それがわかっていたから、魔女たちは禁呪を作ったんだ!」
それはヒーローだけが持てる力。周りを黙らせ、自分の言葉を聞かせる力。
「心の薬だって、処方してくれるプロの医師と薬剤師がいて、その協力で患者と一緒に治していく。魔法で無理矢理心を歪めたり、勝手に絶望して現実から逃げるのは、独りよがりな解決しか生まない!
だからオンプは考え続けたんだ、これまでとは違う魔法の使い方を。小3で習うはずもない理科の知識まで調べ上げて、もっと優れた魔法の使い方がないか試行錯誤を繰り返した。魔法があって良かったと言えるようにな!」
「貴様ぁ、偉そうにウダウダと……何者だ!」
お決まりの台詞が来た。やはり俺は、この役割が一番相応しいらしい。
心中で微かに笑って、士は叫んだ。
「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ! ――変身!!」
《KAMENRIDE DECADE》