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『おジャ魔女どれみ無謀編 ALL STARS〜そんなに俺が可笑しいか!?』

1.アバンタイトル

「ふじわ……藤原!! くそ! こんなことがあってたまるか!」

 痛みを伴わない教訓には意義がない。

「こんな……こんなはずじゃ……畜生ォ」

 人は何かの犠牲なしに、何も得る事などできないのだから。

持って行かれた(・・・・・・・)…………!!」



 アイデンティティを取り戻すのに、何の疑いもなかった。

 天然で……本当は毒のあるキャラクタだった。

 彼らはただもう一度、登場当初の藤原の人気を取り戻したかっただけだったのだ。

 だが、錬成は失敗だった――

 シリーズの再構築の過程で、おんぷには毒舌キャラを、ももこにはボケキャラを持って行かれた(・・・・・・・)

 はづきの意識はそこで一度途切れ……次に目を開けた時に見たものは。

「へへ……ごめんな。エンディングのテロップくらいじゃ、お前のメガネしか取り戻せなかったよ……」

「なんて無茶を……!!」

 まさるは自分の声優を、レギュラーキャラのももこに奪われた。エンディングクレジットに二度と自分の名前が載らなくなることと引き換えに、はづきのメガネを錬成して定着させたのだ。



 人は何かの犠牲なしに、何も得ることはできない。

 何かを得るためには、同等の代価が必要になる。

 それが、錬金術における等価交換の原則だ。

 ――私立リリアン女学園。ここは乙女の園。

「最後だけナレーションが別の番組のになってるぞ、横川」



・オープニング:「メリッサ / Porno Graffitti」(『鋼の錬金術師』1stOPテーマ)


2.Aパート

「はい、長谷部くん。今年のチョコ」

「おぉ、サンキュー」

 幼なじみのその声に、長谷部は手元のノートを閉じて向き直った。『緑の錬金術師 −はづき様がみてる−』、とか表紙に書いてあるそのノートを。誰の書いたものかは敢えて特筆しない。

 そもそもなんであの連中は、2月14日なんて日にこんな新作書き上げてるんだか、さっぱりわからない。心から、長谷部は嘆息した。

 もっとも長谷部自身も、「それ」にそんなに思い入れがあるわけでもないし、むしろどうでもいいことに属していた。

 聖・バレンタインデー。

 細かい由来は覚えていないが、日本にしか存在しない習慣であると言っていたのは……佐藤なつみだったか。その当人が、めいいっぱいその習慣に振り回されている様を見るだに、あんまり説得力なさそうだが。確か去年は――いや、いい。

 本当に、どうでもいいことではあった。

 少なくとも長谷部にとっては、その日は幼なじみからちょっとした菓子を贈られるだけの、それだけの日であった。

 特段、何かを意識しているわけではない。幼い頃からの、単なる習慣だ。風物詩と言ってもいい。

 彼にとっては、その程度。それ以外は何も変わらない一日だ。

 ……しかし、彼は思う。

 決してそれだけではない、「どうでもいい」とは言い切れない奴を、一人知っている。

 小学校の頃、自分の席の後ろに座っていた奴だった。

 ひたすらに不器用で、ひたすらに純粋な、バカ。

 人に話せば済むことを、意固地になって抱え込む、バカ。

 そんな悪友を思って、長谷部は教室を出た。むつみも、後をついてくる。

(……さらにややこしくしてるのは、だ)

 その彼はつい先ほど、早々と教室を出て行った。何も言わずに。

 思うことが……あるのだろう。彼なりに。

(2月14日が、藤原の誕生日でもあるってことなんだよな)

 校門に向かいながら、考える。覚えやすい誕生日であるし――少々、難儀な誕生日ではある。言ってはなんだが。

 たまたまこの世に生を受けた、日。だが必然的に、祝福されるべき日。

 本人には全くどうしようもできないことなのに、偶然にも、その日は「女の子が男の子にチョコを送る日」と決め付けられていた。

 それが彼女の重荷になっているかどうかなんて、長谷部は知らない。

 だが、まさるのほうはどうか?

 小さい頃からずっと、「自分の誕生日なのに、誰かにプレゼントをあげている」光景を見続けてきた彼は、今日何を思うのか?

「……心配? 矢田くんとはづきちゃんのこと」

 不意をつかれ、一瞬萎縮する。むつみに表情を読み取られたらしい。

「そんなことは……ま、気になるっちゃあ気になるけどな」

 結局、素直に認める。彼女に読み取られたということは、相当自分も感情を表に出していたということだ。

「だが――どっちにせよ、俺たちがちょっかいを出すような」

「はい、まさるくん

「……ああ。これ、お前の――」

 どずしゃああああ。

 校門のド真ん中で、長谷部が頭から突っ込んで地べたに這いつくばった。むつみも――彼女らしくないことに――重心を崩し、その場に尻もちをついてダウンした。空を飛んでいた鳥が2、3羽まとめて落下する。校舎のてっぺんにかけられた時計が止まった。グラウンドで練習しているサッカー部の一年のトゲ頭の部員の、シュート練習で蹴り上げたボールが割れる。その爆発音に混ざって、近くの電柱の上の電線が火花を散らしてぶつ切れ、だらんと垂れる。それらに飲み込まれ、空気圧の直撃を受けたトゲ頭の部員のブッ倒れる音は聞こえないし、まして気づかれることもなかった。

「きゃあっ!!」

 一瞬驚いたはづきだったが、すぐに立ち直り携帯電話をさっと取り出す。通話先は彼女の自宅。手帳とペンを取り出し、調べてもらった電力会社の電話番号をメモしている。

 最後に、すぐ側の校門の柱にかけられた「美空市立第一中学校」の看板が真っ二つにはぜ割れ、地面にカランという軽い音を立てて落ちる――それを確認して、まさるはつぶやいた。渡し損ねた誕生日プレゼントを左手で持て余しつつ。

「……何だよ」

「何だじゃねぇっ!! お、おおおおお前、その物体は何だ!?」

 泥だらけになった顔を上げ、長谷部が叫ぶ。指を突きつける先には、きれいに包装された長方形の箱があった。

「知ってんだろ、今日は藤原の――」

「そうじゃねぇ!! な、何を平然と、しれっとした顔で、名刺交換でもするみたいに互いに互いのプレゼントを取り替えっこしようとしてるんだ!? こんなにあっさりと事が運ぶはずがない、というか躊躇の一つでもしてみたらどうだ!? いやするべきだ!! そうでなければ盛り上がりに欠ける!! 間違いない!! これまでの葛藤、すれ違い、勘違い、ただの間違い、三角関係、鳩笛、ボールペン――」

「うるせぇ。大体最後のは何だ最後のは」

 さっきまで誰かの創作ノートを読んでいたからか、発言が信子じみてきた長谷部を一蹴して、まさるは続けた。

「今日は2月14日、藤原の誕生日だ。だから普通に小遣いをためて、普通に買ってきたプレゼントだ。それがどうかしたのか?」

「……やっぱりそうだったのねっっ!!」

「うおっっ!?」

 突然飛び掛ってきた影に、咄嗟に防御する。相手はむつみ。これまでも数回くらい手合わせさせられた。

 だが今のは――彼の知っているむつみの攻撃パターンではない。

「何の真似だ、工藤!?」

 彼女はあくまでも、ジュニア・プロレスラーだ。あくまでそのファイトスタイルは、「プロレス」という範疇の中にある。

 彼女の求める強さは、ステゴロ的な――自分のような強さじゃない。

 少なくとも、不意打ちで殴りかかってくるようなことは、しない。決して、してはならない。彼女は。

 その、自分のようなやり方で、攻めて来た。彼女が。

「矢田くん……今のあたしは、プロレスラーの『工藤むつみ』じゃない」

「あん?」

「あたしは今、矢田まさるの友達の『工藤むつみ』として戦ってるの!」

「それが?」

「こんなことは不本意だけど――ううん。これはあたしの意思よ。あなたの友達として……あなたの過ちを正すために! 犯した間違いに気づいてもらうために! そのためだったら、あたしは喜んでプロレスラーの自分を捨てるわ!!」

「やかましい!」

 容赦なく後頭部をはたき倒し、まさるは叫ぶ。

「俺が、フツーに藤原の誕生日を祝って、それが何か可笑しいのか!?」

 どぐあああああん。

 裏庭の焼却炉から火の手が上がった。というか、ちょっとした爆発が起こった。辺りが騒ぎ始める。怪我人はいない、だがこのままでは燃え移る、そんな声が聞こえる。助けに動こうかと思った矢先、地下の水道管が破裂し水が吹き出した。勢いよく昇っていく水しぶきが、焼却炉のほうにまで届いていた。これで延焼の心配はなくなったが、本格的な消化には至らない。

 喧騒の中、まさるがやっと口についた言葉は。というか、叫び声は。

「俺がいったい何をしたっっっ!?!?」

 たたずむまさるに、長谷部はポン、と肩に手を置いてやった。見えた表情は、信じられないくらい優しい……そして哀しい顔だった。涙をこらえて、不器用に笑ってみせて、長谷部は言う。

「大丈夫だ、矢田。まだ罪は償える……」

「何の罪だ。それは」

「俺たちはまだ若い――幼いんだ。でもそれは、みそぎから逃げるための免罪符じゃない。やり直すための……時間が残されてるってことだ。だから今は、自分の大罪をしょって生きることの意味をかみ締めるために――」

「自分で何言ってるかわかってねぇだろお前」

「もちろん俺たちだって背負ってやるさ……5283分の1くらい」

「少なっ」

「……どれみちゃん!」

 むつみが叫ぶ。校門にいつの間にかやってきていた、どれみに気づいて。

「…………どういうこと?」

 一部始終を見ていたらしい。うつむいて、どれみがか細く言った。表情は、見えない。

「嘘……だったの? ……今までのこと全部、嘘だったの!?」

「何がだっっ!?」

 慌ててツッコむ。あまつさえ涙すら浮かべていたどれみは、身体を震わせながら続けた。彼女の――真の意味で純粋な、無垢な心が、悲鳴をあげていた。何でかは知らないけど。

「誤解だよね、矢田くん……ホントのこと言ってよ!? それとも今までのことは、全部嘘だったの!?」

「その『今までのこと』が何なのか、ちゃんと一から説明してくれねぇか。いや頼むから」

「お願い矢田くん!! これ以上悲しい思いさせないで!」

「っておい!?」

 両手で顔を押さえ、とうとうその場を去ってしまったどれみ。

 流石にこれは気まずい――原因は絶対に自分にはないと断言できるとしても――。どうしたものかと、まさるがオロオロしていると。

「待って、どれみちゃん!」

「っていたのか長門!?」

 いきなり現れたかよこが、傷心のどれみを追いかけようと走り去る。

 ……と、思いきや、まさるのほうに向き直って。

「ひどいよ矢田くん……あたし、矢田くんがそんな人だと思わなかった!」

「なぁ長門。俺はいったい何をやったんだ。さっぱりわかんねぇからバカな俺の頭にもちゃんとわかるように説明してくれよ。むしろ頭下げるからこの通り、お願いします長門さん」

「今日の矢田くん、おかしいわよ! 矢田くんは絶対こんな人じゃない!」

「……………………」

 もはや返答もできずに、親友の後を追いかけるかよこの姿を見つめるまさる。やがて彼女は見えなくなり、目線は動かぬままその遠い風景を漂い始めた。このまま何も視界に収めずに、無視したままでいてやろうとも思ったが。

 シャンシャンシャンシャンシャンシャン……

 その視界の中に、いきなり空飛ぶ馬車が飛び込んできた。おとぎ話に出てきそうな、あれだ。

 何か虹色に光ってるそれを見て絶句しながら、まさるは結局それを凝視した。眼をひん剥いて。嫌というほど。

 目の前で――ホントに目と鼻の先で――馬車は止まり。というか、急ブレーキかけて。中から出てきたのは。

「あなたが……矢田まさるくんですね」

「何やってんスかゆき先生」

「一刻も早く、その長方形型の有機体をそちらに渡してください。それは人間界にはあってはならないものです」

「だから何てカッコしてんスかゆき先生」

「いいですか、矢田くん」

 一方的に語りだしたその白衣の教師。何か頭にティアラのようなものがついているが、斜めに曲がっていた。よくよく見れば、寝グセとか結構ひどい。インナーのシャツもボタンを二つほど掛け違えている。さらに観察すると、どうも肩で息をしているようだ。相当焦ってるらしい。

 とりあえず、そのゆき先生が何で空飛んで現れたのかは考えないようにして……まさるは改めて、彼女の話に耳を傾けた。この事態――何か知らないが周り中がドタバタドタバタ奇行をし出した原因を、先生は知っているのかもしれない。

「その長方形型の有機体はですね」

「はい」

「願い事をかけると、その逆の結果を起こしてしまう――そんな不幸をもたらす《バッドカード》が、のべ99812枚と予備の82部と計算ミスで105斤ほど入っているのです」

「多っっ!! というかどれが正しい単位!?」

「ということで、マジョリン例のものを」

「はっ」

「誰だっ!?!?」

 まぁ、その馬車の従者だったのだが、その中世の従者みたいな格好と長い帽子が妙に浮いていた。

 その彼女?に、手渡された「例のもの」を見せ、ゆき先生は言った。

「この《ラウザータップ》を手にした時、貴方のもう一つの運命の扉が開くのです」

「ヤです。要りません」

「さぁ矢田くん、頑張ってアンデッドを封印して、その長方形型の有機体に収められた《ラウズカード》に封じ込めてくださいね」

「さっき《バッドカード》って……」

「そうですか。それが嫌なら、その長方形型の有機体を渡してください。貴方はライダーになるべき人間ではないし、まして何の障害もトラブルも不慮の災難も、どとーのジェットコースター・ロマンスもないままに、幼なじみのお嬢様にプレゼントを渡すべき人間ではないのです」

「……そうか。よくわかった。誰も彼もが、何が何でも、俺が誕生日プレゼントを、藤原にすんなり渡すことを認めたくないわけだ」

 ようやく、何かを悟ったらしい。ギリギリ歯ぎしりしつつ、にじり寄るゆき先生を完璧に無視して、まさるは幼なじみの姿を探した。

 彼女はどうやら……先の消火活動に参加した後、戻ってきて自分で呼んだ電力会社の人間に色々と証言しているようだ。

 けたたましいサイレンをあげながら、消防車が到着した。これで主だった事故は解決を見るだろう。たぶん。

「こうなったら――」

 本格的な消火活動が始まり、喧騒はより大きくなっていく。その隙を見て――

「意地でも手渡してやる!!!!」

 全力で駆け出した。

 スピードを緩めぬままはづきのもとに向かい、強引に右手をつかんで、引きずりかねない勢いで。

「ちょ――ちょっと、まさるくん!?」

「逃げるぞ、藤原!!」



 たどり着いたのは荒野だった。

 確か美空町を走り続けていたはずなのに、いつの間にやらヘンな場所に出てしまったのだ。

「……………………まさるくん」

「聞くな。お前も俺も何もしてない」

 呆然と、ぽっかり空いたその区画に――がれきに埋め尽くされたその場所に立ち尽くす二人。

 まさか、美空町が破壊されたのか? いや100%俺のせいじゃねぇけど。

 そんなことを考えていると。

「それは、どうかな?」

 突然割り込んできた声に、向き直る。

「……誰だ、あんた」

 腰周りのベルトがやけに目に付くその男は、ゆっくりとそのバイク――サイドカーのついたバイクから降りてきた。

「そうやって、誤魔化せるのも今のうちなんじゃ……ないのかな?」

 そして、その笑みが特徴的だった。嫌味というよりは、どこか違うところが歪んだ笑みだ。

「……別に。そんなこと俺は――」

「言うと思ったよ……それじゃあ」

 そうまさるに答えると、その男は――黒い携帯電話を取り出し、片手で番号をプッシュする。

《9・1・3・ENTER……》

「死んでもらおうかな?」

「何でだっっ!?」

「――変身!!」

 閉じた携帯を斜めに構え、叫ぶ。そのままベルトのバックル部分に収めて――男の体が発光し始めた。

 バックルから伸びていく、黄色の帯。破壊の閃光。

《Complete》

 草加雅人――《仮面ライダーカイザ》。

 大きなXの文字を模す仮面をつけた、呪われし黒きライダー。

《Exceed Charge……》

 やはり「X」を象った銃剣《カイザブレイガン・ブレードモード》が、輝き出す。

 そしてそのまま逆手に構え、突撃をかけた。まさるに対して。

「でぃぇやああああ!!」

「だああっっ!?!?」

 咄嗟にはづきを突き飛ばし、その彼女とは反対方向に身体をよじってかわす。

 無論、紙一重だ。相手が逆上していなかったら、危なかっただろう。

「ああああ、あんた正気か!?」

「黙れ、オルフェノク!!」

「おるふぇのく?」

「さぁ、その長方形型の有機体を渡してもらおうか……それは君が持っているべきものじゃない!!」

「だから何で!?」

《アドベント》

 紫色の何かが――草加に体当たりした。

 それが巨大な蛇であることに、まさるが気づくには少々の時間を要した。

 文字通り、この世の生物ではない。鏡面世界《ミラーワールド》に巣くう《モンスター》だ。

 そしてそれを操るは、モンスターと契約した《ライダー》のみ。

「…………あぁ……」

 けだるそうな声で、その《ライダー》は現れた。

 全身に紫の鎧をまとい、蛇を模した仮面をつけた――脱獄犯。

 浅倉(たけし)――《仮面ライダー王蛇(おうじゃ)》。

 最悪にして、最強の――最凶のライダー。

「……何のつもり、なのかなぁ?」

 起き上がった草加の問いに、浅倉は吐き捨てるように答えた。

「今日は気分が悪い。それで充分だ」

「どんな理由だよ」

「はっ――」

 思わずツッコんだまさるに、浅倉は鼻で笑ってつぶやく。

「お前も同じだな。皆もっともらしい理由をつけたがる。理由をつけて安心したがるんだ。バカな奴らだ」

「……そりゃ、ものすご〜〜く安心してぇから俺は理由を尋ねてるんだけどな。というか何でだ? 何で俺プレゼント一つで、命まで狙われなきゃいけねぇんだ? そしてその割に随分と落ち着いてる俺も俺でさっぱりわかんねぇ」

 しかし、相対したライダーは――まさるを無視して、睨み合いを続ける。

「それは――俺に喧嘩を売っている、って解釈で……いいのかな?」

「お前もライダーなんだろう? ライダーになった奴は、みんな俺の獲物だ」

「いいだろう……望みどおりにしてやるぅ!!」

《Exceed Charge……》

「ハハハハハ……楽しいなぁ、ライダーバトルってのは!」

《ファイナルベント》

「でぃぇやああああああああああああ!!!!」

「うあああああああああああああああ!!!!」

《ゴルドスマッシュ》と《ベノクラッシュ》。

 双方の最強の蹴り技が、轟音をあげてぶつかり合う中――

 失神してたはづきを担ぎ上げて、まさるは全速力で逃げ出した。



「貴様らは正しいのか!」

「今度は何――うわああああああ!?!?!?」

 流石に今回は、絶叫せざるを得なかった。

 目の前に現れたのは――16、7メートルはある巨人だった。有体に言えば、でっかいロボットだった。

 正確には《モビルスーツ》。当初は、宇宙空間での作業用のものとして開発されたものだ。

 無論、これは戦闘用。緑色の機体から伸びるのは、しなる二対の龍の牙《ドラゴンハング》。

 形式番号、XXXG−01S2。

《アルトロンガンダムカスタム》。

 それが敵となっていた。

 ちなみに《ガンダムナタク》とも、《アルトロンガンダムナタク》とも呼ばれるが、そんなことはまさるは知らない。

 というか、彼はガンダム自体知らない。

 そして今叫んでるのが、アルトロンのパイロット、張五飛(チャンウーフェイ)という少年だということも。

「貴様らは正しいのかと聞いている!」

「知るかよぉぉぉおおおおおお!?!?!?!?!?」

 背中にしょったはづきがいまだ気絶していることに、彼はこっそり感謝した。

 彼は思う、こんな光景見せたくない。てか、俺も好きで見てるわけじゃないけどな。

「俺は春風どれみを認めない……魔法で戦うことを拒否し、人間らしい優しさで接すれば皆わかってくれる、平和になるという考えは間違っている!」

「いや何言ってんだあんた」

 物陰に隠れるか。うまく地下にもぐるか――相手が可視できない場所はないかと眼を凝らしていると。

「戦闘レベル、ターゲット確認。排除開始」

「新手っ!?」

 上空から飛来した、もう一つのガンダムを察知した。

 破壊の翼を持つ堕天使。最強中の最強。

 形式番号、XXXG−00W0。

《ウイングガンダム(ゼロ)カスタム》。

 超ド派手な四対の白い翼を翻して、青きガンダムは《ツイン・バスターライフル》を構える。

 その0のパイロット、ヒイロ・ユイが口を開いた。

「矢田まさる! 自爆スイッチを押せ!」

「俺がっっ!?!?」

「もう一度言う、自爆スイッチを押せ!」

「何処にっ!? 何処についてんだよンなもん!」

 2体のガンダムに追っかけられる、ごく普通の人間。しかも、13歳。

 それは、ちょっぴり普通から外れてる程度の中学生、矢田まさる。

 背中にはづきをしょっていなければ、挫けちゃったかもしれなかった。この現状には。

「だ、大体っ――俺が何したっていうんだ!? 俺はただ……」

「フン、世迷いごとを。正義は俺が決める!」

「お前のその長方形型の有機体が、完全平和主義を乱す障害だと《ゼロシステム》は判断した。俺もそれが間違いだと思っていない」

「うあ。ダメだこいつら」

 せめて。せめて背の彼女だけは、安全を確保しないと……絶望の淵で、彼は必死に思考をめぐらせる――

 しかし、その徒労は思わぬ事態で無為なものとなった。

「――ガンダァァァム!!!!」

 叫び声と共に、指を鳴らす音が、辺りに響く。

 みたび……現れた。ガンダムが二体。

 しかし今度は、《モビルスーツ》ではない。

 競技用モビルスーツ――格闘を極めたものにしか扱えぬ、《モビルファイター》だ。

「《キング・オブ・ハート》――《ガンダム・ザ・ガンダム》! ドモン・カッシュ!!」

 形式番号、GF13−017NJII。

 ネオジャパン代表、《ゴッドガンダム》。

「この世とあの世と宇宙で不敗! 東方不敗マスターアジア!!」

 形式番号、GF13−001NHII。

 ネオホンコン代表、《マスターガンダム》。

 それぞれが名乗りを上げて、立ちはだかる。

「貴様ら!?」

「ドモン・カッシュ、戦況を確認する。お前たちは敵か?」

 五飛、ヒイロの問いに答えたのは、《ゴッドガンダム》搭乗者――二つの称号を持つ、第13回ガンダムファイト優勝者ドモン・カッシュだった。

「言うまでもない! 俺の相手は決まっている!!」

 ドモンはその指をつきつけ――魂の咆哮をあげる!!

「矢田まさる! 貴様にガンダムファイトを申し込む!」

「また俺ぇぇええ!?!?」

 割れんばかりに絶叫した。

「さぁ、お前のガンダムを出せ!」

「持ってねぇ。乗ったこともねぇ。というか、そもそもガンダムって何だ」

「フフ……この東西南北上下左右中央不敗・マスターアジアに素手で戦いを挑むとは。過信もここまでくれば滑稽よ……」

「肩書き増えてんぞ、じーさん」

 やけくそになってツッコむが、どうあっても相手にはされないのだった。

 そんなことはとうに、わかってはいるのだが。

「いいか。俺は真実の奥の奥の奥の奥の奥を知るまで、何べんだって聞いてやるぞ。お・れ・は・い・っ・た・い、何やったんだ」

「知れたこと!」

 ドモンの熱い、あまりにも熱い――無意味に熱い絶叫が、荒野に響いていった。

「……その長方形型の有機体! 間違いなく、《デビルガンダム》の能力を、受け継いだ奴だあああああ!!!!!!」

「何なんだよ、オイ何なんだよこのプレゼントは。俺は何買ってきたんだ!?!?」

「ガンダムファイトォォォォォ!!!!!!」

「レディィィィィイイイイイ!!!!!!!!」

『ゴォォオォォォオォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!』

 ドモン、マスター。師弟の掛け声と共に、計4体のガンダムが迫る。

 もうほんのちょびっとしかフツーの道から外れてるに過ぎない、矢田まさる13歳帰宅部に。

「泣きてぇ」

 ぽつりつぶやいて、逃げ出す。もう全速力で。

「……ドモン・カッシュ。障害は迅速に排除したい。俺に合わせろ」

「いいだろう、ヒイロ・ユイ。貴様の力と俺の力が合わされば、デビルガンダム恐るるに足らず!!」

「フン、確かにな。俺は貴様らの正義を認めている。全力で叩き潰せ、ヒイロ、ドモン!」

「小僧、そしてドモン……このわし、東西南北上上下下左右左右BA中央不敗を差し置くからには、相応のファイトを見せてくれるのだろうな?」

「何する気だお前らっっっ!?!?!?」

 黄金に輝きだす《ゴッドガンダム》。背部のフィンが開き、その後ろには神のみが持ちえるという後光が放たれている。

 堕天使《ウイングガンダム0カスタム》も、翼をはためかせてライフルを構える。羽根すら舞い散るその姿は、まさに荘厳。

(GOD)》と、《天使(WING)》と。

 二つのガンダムが――最強のガンダムパイロット、最強のガンダムファイターの力が、今、一つになる。

「明鏡止水の心だ、ヒイロ!!」

「任務了解」

「我らのこの手が真っ赤に燃える!!!!」

「ターゲット・ロックオン――」

「以下ぁぁ!!!! しょぉぉぉおぉ略っっっっ!!!!」

「排除開始」

「石破天驚!!!! ツイン・バァァァァスタァフィンガァァアアアアアアーーーーーー!!!!!!!!」

 もはやこれっぽっちも普通でない部分を持たない、矢田まさる13歳帰宅部お化け嫌いに対して。

 せめて――背の藤原だけでも。そう、まさるが思った刹那。

「おい、こっちだ!!」

 想像だにしなかった救いの声。まさるが誘いを受けぬ理由は、どこにもなかった。

「くらえ、俺の《電磁波(プラズマ)》ッツ!!!!」

 続いて放たれたのは、爆音を上げて巻き起こる電気の渦。

「へっ……」

 まさるをかばったその男は、自分の体躯の10倍以上はあるガンダム4体を平然と睨みつけ、不敵に言い放った。

「元ガンマ団特戦部隊――リキッドをナメんじゃねーよ……」



 はづきが目を開けると、そこには自分の一番よく知っている人と……もう一人。誰かがいた。

「……藤原」

「お、気がついたな」

 敷かれていた布団から起き上がり、その誰かに渡された眼鏡をかけて――彼女は初めて、その誰かの姿を確認した。自分の全く知らない、誰か。

 それは半分金色、半分黒の短髪を持つ青年だった。鍛えられた筋肉、そして左頬の傷跡が、彼の徒事ではない経歴を物語っている。

 だが、今彼から放たれるのは、柔和な笑み。

「何があったか知らねぇが、まずはこれでも飲んで落ち着けよ」

 差し出されたホットミルク。どうやらここは……地下室のようだ。何かあって、避難してきたのだろう。

 その手引きをしたのが、目の前の彼だということか?

 そう思いつつ、視線をまさるのほうにずらすと、彼はうなずいてみせた。

 大丈夫、彼は味方だ――はづきは悟った。まさるがそう思うのなら、間違いはない。

 ほのかに甘く、暖かい――それが体中に、ゆっくりと染み渡っていく。そしてそれが、優しく彼女の頭を覚醒させていった。

 やがて真っ先に彼女の頭に浮かんだ、言うべきことは。

「…………誰ですか?」

「……それが俺にもわかんねぇ」

 まさるも肩をすくめたのを見て、クスリとはづきが笑った。

「だから説明したろーが。俺は元ガンマ団特戦部隊の――」

「だから何なんだよ。その『ガンマ団』って」

「ごめんなさい、私も聞いたことがないんですけど……」

「し、知らねーのかお前ら!?」

 どうやら驚いているらしい青年――リキッドは、指を突きつけてツッコむが、本当に知らないらしい二人の様子を見て観念し、話題を変える。

「ま……まー、俺のことはどうでもいいか……それでお前ら、いったい何があったんだ?」

「聞きたいのは俺のほうだぜ……」

 嘆息して、まさるはリキッドの問いに答えた。

「俺は誕生日プレゼント――あ、いや、今日はこいつの誕生日なんだけどさ、それを渡そうとしたら急に電線が切れて、火の手が上がって、水道管が破裂して、ヘンな馬車が下りてきて、ヘンなライダーに襲われて、ヘンなロボットに命を狙われて……」

「…………そいつぁ、災難だったなぁ」

「一言で片付けられるとすんげぇ頭クるけど……でも、わかってくれるんスか?」

「ああ……俺もまー、そういうわけのわからねー騒動は日常茶飯事だからな。とっくに慣れた」

「ヤだな。それはそれで」

「んー、まーそうだが、正直、結構そうでもなかったりすんだよな――」

「はぁ?」

 まさるの呆けた表情に、少しだけ悩んだ彼は、やがてポン、とまさるの頭の上に手を置いて。

「ま、お前らにはまだわかんねーよな」

 わしわしと頭を撫で付ける彼に、抵抗する気は何故か起きなかった。

「それで、そっちの娘は?」

「私……ですか?」

 問われたはづきは、同じように素直に答える。

「私は……まさるくんにチョコを」

「待て」

「はい?」

「チョコが、何だって?」

「いや、バレンタインだから――」

「その悪魔の言葉を口にするなぁぁぁあああッッツツツツ!?!!?」

 絶叫し、リキッドがはづきの両肩に手をかけ、大きく揺さぶった。

「きゃああああああ!?!?」

「お、お前、何のつもりだっっ!?!?!?」

「うるせぇ!! ハラミーンハラミーンソゥカー、オンバサランラーマ……」

 手を離したリキッドは、何やらお経っぽいものを唱えながら御札を取り出した。それをぺたぺたと、地下室中に張り続ける。手際よくそれを終えたかと思うと、今度は地面に五芒星の文様を描き始める。

 まさるが……はづきと顔を見合わせる。眼鏡を光らせ首を傾げるだけの彼女を見て、結局彼は自分で本人に尋ねてみることにした。

「……おい?」

「結界を踏むなッツ、式神が――……」

「何言ってんだあんた」

「お前らも手伝え! まずはこのお香を炊いて――」

「知るか」

「来る〜、アイツが来る〜〜〜〜!!!! ヤツに殺られる前にッツ、桃の木で作った霊符で呪いを――……」



 しかし何だかんだで、その時その「気配」を感じ取れたのはリキッドだけであった。



「む……少々やりすぎたな」

「『充分』やりすぎなんだよ、スカした兄ちゃん」

 爆煙の中から出てきたのは、リキッド。そして、まさるとはづき。

 再び、リキッドに助けられたのだ。突如起こった……大爆発の前に。

「あんたも……こいつらを狙うクチか?」

「これでも軍人なのでね。任務には逆らえん、今はな」

 リキッドの睨みに、その青い軍服――なのだろう、彼が軍人と名乗った以上――に身を包んだ男は、しれっと言い放つ。

 黒髪短髪、やや童顔気味。パッと見は、何でもない優男。

 だが――白手袋に包まれた指を突きつける姿から放たれるのは、敵意なき殺気。

 それも当然だ。おそらくこの大爆発を起こしたのは……紛れもなく、彼だからだ。

「それに……今日はデートの約束がある。ここはひとつ、そこの彼には尊い犠牲になっていただいて、さっさと事件を片付ける方向で……」

「ふざけんな、テメー」

「ふざけてなどいない。これは全て、私自身の意思だ――」

 他愛のない会話、しかし同時に交わされるプレッシャーに押されながら。

 そしてリキッドの頬を伝う汗に、明らかな動揺の跡に気づいていても……まさるは問うた。

「……何者なんだ、あんた」

 返答は期待していなかった。これまでと同じように。

「ロイ・マスタング。地位は大佐だ――そして、もうひとつ」

 だが、あっさりと名乗ったその男は――奇妙な魔法陣の描かれた白手袋を外さぬまま襟元を直して、続けた。

「《(ほのお)の錬金術師》だ。覚えておきたまえ」


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公開日:2004年02月14日