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3.Bパート

 そして踏み潰された。

「リィィィッちゃああああぁぁぁんんッッッツツツツ!!!!!」

 突如現れた、その…………何て言うか。とにかく、何かの生物に。

「あ……あああああああああああ」

 リキッドの絶望的なうめきは、二人の絶叫にかき消された。

「うああああああああっっ!?!?!?」

「きゃあああああああっっ!?!?!?」

 その「何かの生物」に――いや、生物(ナマモノ)に対する、喫驚の叫びだ。

 何と表現したらいいか、二人にはわからなかった。

 ただ、頭の中に速攻で飛び込んできたイメージがある。

「熊」。

 しかもどっちかってったら、ごうけつ熊。

 異っっ常ぉぉぉぉにごっつい身体に、鼻筋を垂直に切り裂いた傷跡。ぶっとい唇の周りまで埋め尽くされた黒髭。濃い眉毛。

 でも、服装は、真っ赤なレオタード。

 これまでまさるは色んなモノを見てきた。お団子頭の級友、その妹の手羽先頭、アンテナ頭の級友、チョンマゲ頭の級友、イカリングな級友、エビフライな級友、お団子頭の級友、何か必死な保険医、嫌なライダー、凶悪犯なライダー、お団子頭の級友、龍のガンダム、ド派手な天使のガンダム、黄金に輝いちゃってる恥ずかしいガンダム、紫色のモロ悪役顔なガンダム、お団子頭の級友、半分金髪の自称・何とか特戦部隊な兄ちゃん、童顔な自称・何とかの錬金術師な兄ちゃん、お団子頭の級友、お団子頭の級友、その妹の手羽先頭。

 だがその誰よりも、強烈な個性を放っていた。その……ナマモノは。

 どすんどすん地響きを上げて近づいてくる、そのナマモノに。

 心中で、まさるは降参した。

「な、何だね君はいきなりっっ!!」

「うあ生きてたっっ!?!?」

「ちっ、やはり死なねーか……」

 何とか立ち上がったマスタングに飛び上がるまさる、容赦なくつぶやくリキッド。

 誰何の声にナマモノは、意外にも律儀に答えてみせた。

「心戦組十番隊組長、原田――」

「知らぬ名だな。だが――我々もまだ死ぬわけには行かない。邪魔をするなら、次は問答無用で、潰す」

 再び手袋を構える。指を鳴らすポーズを見せただけだが……それが、何かの合図であることは、自信に満ちたその表情を見ればすぐわかる。

「我々も……?」

 一方、原田と名乗ったその……ナマモノは。

「《乙女(おとめ)()ジョン》発動ッツ!!」

「何だっっ!?!?」

 意味不明の単語を口にしたナマモノに、叫ぶまさる。

 そして、その原田という名のナマモノは……

「ワシの男に手ェ出すなやぁーッ! この御法度野郎ッツ!!!!」

「っっっ!?!?!?!?!?!?」

 丸太の如くブ厚い筋肉に覆われた腕を以って、大きく振りかぶった拳を。

 マスタングに叩きつけ――遥か彼方まで吹き飛ばした。

 リキッドすらたじろいだ、その男を。人間兵器、国家錬金術師を。

 心なしか、彼の顔は驚きのあまり真っ白になってるように見えた気が、しないでもなかった。

 宙を舞い、視界から消えていくその軍人を確認して。

 すっかり混乱したまさる、はづきは、救いを求めるようにリキッドのほうを向いた。

「ああ、お前らは知らんだろうな……これがヤツの《乙女美ジョン》――その《乙女漢度(センサー)》を通して見たものは、全部ヤツの《怒夢(ドリーム)》として視覚される……」

「や、何の説明にもなってねぇし」

「具体的に言えば、男同士が(ふんどし)姿で、裸と裸で抱き合ったりするビジョンがだなー」

「……それが何なんだよ」

「いや、知らなくていい。お前は最期まで清く生きてくれ」

 断言するリキッドに、まさるはもうこれ以上何も聞かないことに決め、話を変える。

「……とりあえず、情報を整理すると」

 ついでに言うなら、眼鏡を光らせてる幼なじみの姿も、見えてないことにしておいた。

「あんたはこの……その? 熊? ごうけつ熊? そんな奴っぽい奴に追っかけられて、逃げてたわけだ」

「察しがいいな、その通りだ」

 しっかりとうなずいて、リキッドはその熊? ごうけつ熊? なナマモノに向き直る。

 そのナマモノは、本気で心配そうな顔で問うた。ごっつい顔で。

「リッちゃん、大丈夫?」

「やかましい、そのまま逝け――ッ!! 大体俺はお前から逃げるためにわざわざ脱出不可能のパプワ島から無理矢理脱出してきたってのに、どうしてお前まで脱出不可能のパプワ島から脱出してきたんだッツ!?!?」

「それじゃ全然脱出不可能じゃねぇだろ」

「黙ってろ、ちみっ子!!」

 それはツッコミではなかった。警告だ。荒げた口調で、それが知れた。

 思わず萎縮するまさるに、リキッドは告げた。

「何か――来る!!」



《星のトンネル》――

 実のところ、はづきはその存在を知っていた。

 以前、マジョリカから聞かされたことがあるのだ――地球からはるか離れたとある星雲に、《星力(ほしぢから)》と呼ばれる、《魔法》とよく似た性質を持つ能力を操る種族がいるということを。

 己が意思をも離れ、願いを叶えるという、その力を。

 そのトンネルの終着点――金の輪から出てきたのは……ピンク色のドレスをまとう、これまたピンク色の髪をした、少女。

 右手に携えるは、星の装飾のついたバトン。

 ピタッと降りてきたその少女は――軽く会釈して、挨拶した。

「おハヨーございマすデす」

「いや何だそのアクセント」

 明らかに歪んでいた発音の抑揚に――あたかも、外国人が慣れぬイントネーションで日本語を喋るかのような――、思わずツッコむまさるだったが。

「ハモニカ星国(ほしこく)からやってきた、コメットです」

「いや別に聞いてねぇけど。というか、何処だそれ」

 そのコメットさん☆は、やはりまさるの想像外の発言を繰り返してきた。これまでと、同じように。

 ただ今までと違うのは、彼女が敵意どころか、明らかな親しみを持って話しかけてきた、ということだ。

 若干はづきにも似た、そのポケポケとした雰囲気に飲まれそうになる。だが――リキッドは違った。

「お前だな。ヤツをパプワ島から出して、ここまで連れてきたのは」

 睥睨(へいげい)しながら、そう決め付ける。

 しかしその視線を全く意に返さずに、コメットさん☆は口を開いた。

「はい」

「何のつもりだ!? 何の理由があって、その――ヤツの肩を持つッツ!?」

「だって――」

 爽やかな笑顔で、彼女はリキッドに答えた。

「彼女の瞳が、とぉぉっってもステキな輝きに満ちていたから☆」

『嘘つけぇぇぇえええええええええ!!!!!!!!』

 リキッドの。そして、まさるの割れんばかりの絶叫が、辺りをつんざく。

「このナマモノのッ!! どこにッツ!! そんな素敵な輝きなんてもんがあるんだ――!?!?」

「ゲホゲホっ……それに、『彼女』って何だ『彼女』って」

 度重なる絶叫に、喉を痛めたのか。むせながら、リキッドに続けてツッコんだまさるだったが。

 その言葉に、原田と称するナマモノやコメットさん☆は、目をきょとんとさせる。

 一方、どうやらまさるの疑問の理由を悟ったリキッドは。

「……あのな、少年」

「あんだよ」

「世の中にはな、認めなければならない痛みってもんが」

「ああ、わしゃあ女じゃけんのぉ」

「そんなはっきり言うなッッツツ!!!!」

 あっさり断言してみせたナマモノ――原田ウマ子(・・・)をアゴを蹴り飛ばし黙らせて、リキッドはまさるのほうに駆け寄る。駆け寄るが。

「…………………………………………」

 まさるは。

「世界を、見て来い」

「世界?」

「それが父さんの遺言だった。そう、ドイツに単身赴任した父さんは今の母さんと再婚した今の父さんは今わの際に今の父さんは今日も明日も明後日も今の父さんは父さんが父さんが父さんと父さん父さん父さん」

「きゃーっ!! まさるくん、しっかりしてーー!!」

「……くッ、手遅れだったか。気の毒に……」

 すっかり目の焦点の合ってないまさるをぶんぶん揺り起こすはづき。リキッドも、涙を拭いて――顔を背けた。

 そしてやっぱり立ち上がるナマモノ、本名・原田ウマ子。

「ンもぉ〜〜 リッちゃんったら、テレ屋さんなんやからァ」

「黙れ、最終兵器彼女(ウマ子)!! それ以上ちみっ子たちの幼い自意識を破壊するな!! いいか、お前が現役女子高生だとか、『盗る猫(キャッツアイ)』のコスプレの紫色のレオタードとかも着こなすとか、そういう青少年の健全な育成を妨げる余計な情報を――」

「ぷぷぷぷぷー!! ぷぷぷぷぷー!! ぷぷぷ、ぷーぷーぷぷぷ!!」

「やめてまさるくんっ、トランペットに逃避しないでー!!!!」

 明らかに追い討ちをかけたリキッドだったが、それを無視して向き直るは、ハモニカ星国の王女、コメットさん☆。

「大体、お前もお前だ!! 何がどうして、コイツの肩なんて持つんだ」

「私の……」

 その問いかけに、コメットさん☆は笑って答えた。

「私のお母様は、地球でたくさんの輝きを見つけてきたんです」

「うわ語りだしたよこの子」

「だから私も、いつか地球に来て、たぁくさん輝き探ししたいなって思ってたの。だから地球に来れてとっても嬉しい☆ そうだよね、ラバボー」

 言って、胸元にかけた、星型のペンダント――《ティンクルスター》に呼びかける。

「ラバボー?」

 という名前の、何者かがいるらしい。だが、反応はない。

「あれ……?」

 ペンダントをちょっと振ってみると……そこから、小動物が飛び出した。飛び出したというよりは、落っこちたという気もするが。

 地球上の種族ではない。ついでに言うなら、パプワ島のナマモノたちとも違う。

 異星の生命体である彼――ラ・ヴァルモット・プロヴォーネ。略してラバボーは、「輝きを感知する能力」を有する、コメットさん☆のパートナーである。

 その彼は……地面にはいつくばって、動かない。いや動いてはいるのだが、本人の意志で動いているのではない。

 ぴくぴくしていた。

「ボ…………ボ………………」

 すなわち、痙攣(けいれん)していた。

 半眼でそれを見つめるリキッド。コメットさん☆はその彼を拾い上げて――

「残念。ラバボー寝ちゃった」

「うなされてんだよ。」

 リキッドがツッコむが、コメットさん☆は聞いてなかった。ティンクルスターにラバボーを戻して、話を続ける。

「それから私は、地球でたくさんの輝きを見つけたんです。ツヨシくん、ネネちゃん、景太朗パパ、沙也加ママ、鹿島さん、優衣さん、明日香さん、それから瞬さんに……ケースケ」

「もういい、もういいからそいつ病院連れてってやれ。な?」

「でも私は星国に帰ったの。私には帰りを待つ星の子たちがいるって、メテオさんやスピカおばさまが教えてくれたから」

「……あのー、もしもーし? そんなに固有名詞をあげられても困るんですけど」

「だけど、結局ススッと戻ってきちゃった。まだまだたくさん、輝きを見つけたいから☆」

「それで。どうしてそれが、このナマモノを助けることにつながっていくんだ?」

「胸が、きゅ〜〜〜ってする気持ち。それが、《恋力》なんだそうです」

 イマイチすれ違ってる、二人の会話。その中に突如出てきた単語に、はづきはこっそり驚いていた。

《恋力》。簡単に言えば、それは心の力。

 本来《星力》は、天空に住む数多の星の子たちから力を借りねば行使できない。しかし《恋力》は、《星力》に変換することが出来るのだという。そしてその力は強大で、慣れねば持て余してしまうほどだと。

 その意味で、《星力》以上に《魔法》に近い能力といえた。

「胸の奥が、ポカポカする気持ち……ほんわかする気持ち――」

「へぇー、俺には一生縁のなさげな話だがな」

「私、ウマ子さんの持ってる暖かい輝きから、いーーっぱいその《恋力》を、を感じるの……」

「それは断じてねぇええッッツツツ!!!!」

 叫ぶリキッド。が、コメットさん☆は目をつぶり、その輝きとやらに身を委ねた。熊っぽい、いやその熊を一撃で仕留める熊以上の存在、ウマ子が発するという輝きに。

 胸のペンダントが、星型からハート型に――《ラブリンペンダント》に変形した。

 コメットさん☆の《ティンクルバトン》から伸びていくリボンの柄が、同じく星型からハート型に変形した。

 その《ティンクルバトン》も、《ラブリンバトン》に変形した。やっぱり星型からハート型に、意匠を変えて。

 頭に乗っていた小さな王冠に描かれたマークも、しつこいようだが星型からハート型に変わった。

 で、全体的に何かドレスが豪華になって、フリルが増えて……ええと、要するに、バージョンアップした。パワーアップした。モードチェンジした。サバイブした。

《恋力》に満ちた時変身できる、《ラブリンモード》に。

「っって明らかにおかしいだろそれぇぇええ!!!!」

「復活したっっ!?」

 急に起き上がって、全力でツッコんだまさるにリキッドが後づさる。

 だがそのツッコまれた当人は、しれっとつぶやく。

「……えー、また恋力?」

「嫌なら今すぐ元に戻れ!!」

 どうやらその再変身は、コメットさん☆にとっても不本意らしかった。

 今までの遅れを取り戻すが如く、まさるはツッコみ続ける。と。

「ボ………………ボボ………………」

「あれ? ラバボー――」

 コメットさん☆の胸元のラブリンペンダントが、ガタガタ震えだした。中からか細い声が聞こえる……

 最後の精気を振り絞ったその声。それはこの世に生まれ出た証を遺すため、受け継がれるべき意志を遺すための……最後の言葉。

 しかし彼を浸食する力は、それすらも許さない。全てを飲み込まれた彼は――

「ボ…………」

 さらば、ラバボー。

 宇宙の片隅で。遠き故郷に帰ることなく、ラバボーと名乗る異生物は短い生涯を終えた。

(忘れないよ……)

 ……そんな気がしてならなかったリキッドは、こっそり黙礼した。

「ほら、ラバボーもあったかい恋力を受けてぐっすり眠ってる」

「逆だ逆!! 失神したんだ、そのナマモノの『こいぢから』ってのが直撃して!!」

「大丈夫、貴方と隣の女の子からも感じるから。ウマ子さんほどじゃないけど」

「別に勝ちたくないからいい」

 ゼェゼェ息切らしながら、まさるはフラつきつつも戦う。現実を見失わないために。この異常なまでの違和感を、当たり前のことと受け入れてしまわないように。

「……つまり」

 それを見かねたはづきが、おずおずを手を上げ、まとめた。

「コメットさん☆は……この、ええと、ウマ子……さん? の恋を手助けするために、かの……女? に協力してるんですか?」

「はい。応援したいから、応援するんです」

 笑ってうなずくコメットさん☆。

 その結論から、まさるはゆっくりと……戦況を理解していった。

 この原因はどこにあるのか。発端はどこか。何を処理すれば、被害を回避できるか。

「………………そうか」

 彼の出した結論は……たった一つ。これまでと同じ――だが、一番確実な方法。

「じゃ」

「待てッツ!?!?」

 はづきを連れて逃げようとした彼の右腕を、はっしとつかんでリキッドは呼び止めた。

「あんだよ」

「てめぇ、俺に助けてもらった恩義ってもんを――」

「興味ねぇ」

「お、お前、それは無邪気な子供のイタズラか!? ぶっちゃけいじめ!?」

「元々はあんたが持ち込んだ問題――」

 口論と共に、引っ張り合いを始めるまさる、リキッド――それが失策だった。

 リキッドは忘れていた。相手は子供、自分が本気で引っぱれば、抵抗なんてできない。

 大きく右腕を引っ張り込まれたまさるは、バランスを崩す。

 リキッドも、反動で後ろ側に倒れこんだ。まさるの右腕を離さぬまま。

 それを――ウマ子は見ていた。

「きゃああああ、《乙女(おとめ)()ジョン》直球――!!!!」

 尻もちをついたリキッドの胸元めがけて、まさるが覆いかぶさったのだ。

 反応は一瞬だった。

「御法度――ッツ!!!!」

「SHOCK――!!!!」

 さらば、リキッド。

 マスタング大佐同様に、空高くたたき上げられたリキッドは。

 それから二度とまさる、はづきの前に姿を現すことはなかった。

「くッ……まさかリッちゃんまで魔道に堕ちるとは〜〜〜〜……早くウマ子の乙女チョコで目を覚まさせねばッツ!」

「あー、だから『チョコ』とか『バレンタイン』とかが禁句だったんだな」

 他人事のように、先のリキッドの発言の意味を知るまさる。

 しかし、彼は気づいていなかった。

「恋の三角関係(トライアングル)、でもやっぱり恋敵(ライバル)(おとこ)――」

「ライバル……?」

 ウマ子の発言の中の、奇妙な単語――まさるの体中に直感が走り抜ける。それは、彼にとっては理解不能。しかし、最悪の危険信号だとその直感が伝えてくる。

 ウマ子は憤怒の表情で、まさるの左手に握られたものを指差した。

 これだけの騒動の中でも、決して手放すことのなかった、大切なものだ。

 それを知っていて、ウマ子は叫ぶ。

「またしてもリッちゃんに群がる、御法度野郎がーッツ!!!!」

「意味がわかんねぇええ!!!!」

「その左手に、しかと握られたチョコが何よりの証拠じゃッッツツツ!!!!」

「だから違っ――て、っていうか、何で男の俺が、男なんかにチョコを――」

「まさるくんっ!!」

 もはや、何を言っても無駄だろう。

 そう判断したはづきが、まさるの右手をつかんで逃げ出した。

 その勢いに逆らうことなく、まさるは二人して去った。ウマ子――いやさ、UMA子から。

 無論、ウマ子も後を追いかけるが――

「待っていたよ、矢田まさるくん!! 今日がはづきちゃんの誕生日であることは既に調査済みだよ!! 今日こそ、小学校卒業まですっかり忘れられっぱなしだった決着をつけ――」

「ハーッハッハッハッハ!! どうやら万策尽きたようだな、凶悪緑魔術士!! このマスマテュリアの闘犬、ボルカノ・ボルカン様がわざわざ前髪つかみ上げ殺しに来てやったぞ!! さぁ、凶悪性悪緑魔術士!! 観念して俺様にその――」

「あのさ兄さん、僕どっちにしてもオーフェンさんの場合と同じ展開が待ってる気がする――」

 3人ほど、そのウマ子の突進にフッ飛ばされた人間――正確には魔法使いと地人――がいた気がするが、そんなのは誰も知らないし気づいてないしどうでもいいのであった。

 そして最後に一人残された、コメットさん☆は。

「……もぉ。戦うのは嫌い!」

 既にこの場にツッコむ人間がいなかったことが、彼女の最大の不幸であったろう。



俺は絶対に死ねない。1つでも命を奪ったら、お前はもう後戻りできなくなる!!」

「俺は戦う……人間として、555(ファイズ)として!!」

「きさむぅぁくぁあ!! 貴様が皆ぅぉおおお!!!! ウェィィイイイイ!!!!」

「ダイノスラスター!! スプラッシュインフェルノ!!」

「強い()をしているな……いや、強くなる者の()だ!」

「ネオトピアへの侵攻に対し、私は特例として武装火器の使用を許可されている。速やかに撤収せよ」

「さぁ続きましては、こちらのトリビアです」

「祐巳ちゃんって、やわらかくって抱き心地いいから癖になりそう」

「ジャスト1分だ。夢は見れたかよ?」

「アスラァァァァアアアアアアンンンーー!!!!」

「キラァァァァアアアアアアア!!!!」

「熱い心はセーーラーーV〜〜♪♪」

「風のトライブのグランセイザーが3人集まると、超星神を呼べるのだ!!」

「セリスをめとるのはドラクゥでもラルスでもない! 世界一の冒険家! このロック様だァァ〜!!」

 次から次へと。

 飽きもせずに。

 ひっきりなしに現れるヘンな連中に、まさるはもう心を閉ざすことでしか対応できなくなっていた。

 逃走の果てに、いつしか二人がたどりついた、その場所は……

「……MAHO堂?」

 はづきの声に、足を止める。

 そこはMAHO堂。

 今はもうその役目を終え、ひっそりと休んでいる――彼女の、思い出の場所。

 ここには、はづきの――はづきたちの、小学校生活のほとんどが詰まっているのだろう。

「……ここまでくれば、ひとまずは安心だな」

 何とはなしに決め付けて、彼はその場にへたり込んだ。流石に……体力の限界だ。

「ったく……何だって、こんなことになっちまったのか…………」

 愚痴りつつ、左手のプレゼントを見やる。これだけ色々な――色々という単語で表現できそうもないが、じゃあ他の単語を探せといわれても困るほど、色々なことに巻き込まれてきたのだ。包装など、当の昔にボロボロになっている。

 でも、中身は。無事なはずだ。

 自分がどんなに傷つこうとも。彼女と、このプレゼントだけは、傷つけてはならない。

 だが、全ては遅かった。

「……ごめんなさい」

「うん?」

 はづきのか細い言葉。聞き取れなかったわけではない。ただ――その言葉の意味が、信じられなかったから。

「私が、こんな日に、生まれちゃったから――まさるくん、こんなひどい目に……」

 左手のプレゼントの箱が、少しだけひしゃげた。

「お前、ふざけんな!!」

 みるみるうちに表情が変わっていく。それは、彼女を――彼女の心を守りきれなかった自分への怒り。

 そして……口に出してはいけない言葉を出してしまった、彼女への怒りだ。

「だって――私のためにそのプレゼントを用意してくれたから、こんなことに……」

「バカ言うな!! 大体、たかだかプレゼントくらいで――」

「それが間違いなのよ矢田くんっっ!!」

 割って入ったのは――

 一人の道化士だった。

 言の葉をもって、現実を空想にすり返る少女。

 そのネコクチから紡がれる言葉は、同等の代価すら無視して錬成される伝説。奇跡の(わざ)

 沈黙が流れる。あと少しで崩れてしまいそうだった二人の絆を、結果的につなぎとめた形となったその言葉。案外、それを期待して叫んだのかもしれなかった。小学校の頃からよく聞いた、その滑舌よい声の主は。

「……そういえば、そうだよな」

 納得づくの表情で、まさるはつぶやいた。目をつぶり、ため息ひとつ。

「これだけデタラメな騒動が起こっていながら、お前が出てこない、ってのは筋違いだよな――横川っ!!」

 勢いをつけて、声の方向を振り返り――叫ぶ。

 そこは、MAHO堂の屋根の上。徐々に落ちていく陽の光に照らされて、影小さな体躯は少しずつその姿を露にする。中学に上がってからは、彼女の制服姿しか見たことがなかったが……久々に見た。そのちょうちん袖の、フリルのついたドレスのような、彼女の私服。

 無から有を産み出す詐術士。猫口≠フ錬金術師――横川信子。いや錬金術は知らんけど。

「とぅっ!!」

 彼女は、屋根――の一番端っこのほうに移動して――から勢いよく飛び上がり、両足を踏ん張って着地。

 そのポーズのまま静止すること、十数秒。

「………………………………………………………………痛いわ」

「いや無理すんなよ」

 そのままうずくまった。

「信子ちゃん!」

「心配はご無用っっ」

 見かねて助けようとしたはづきに掌をかざして静止し、起き上がる。

 そして歩いて、まさるとはづきのいる階段の上の道路まで上がっていく。牛歩で。

 と、MAHO堂の影から丸山みほが駆けてきた。彼女は無言で信子の肩を支え、一緒に階段を上がる。ゆっくり時間をかけて上がりきったところで、みほは再びどこかへ去っていった。

 みほに軽く会釈した信子は、やっと一言。

「ということで、矢田くん。その長方形型の有機体をそっちに渡しなさい」

「いや、ホント大丈夫かお前? その足とか腰とか」

「そんなことはどうでもいいのよっ!!」

 結構親身になってるまさるを遮って、信子は叫ぶ。

「いい、矢田くん。よく聞いてね」

「俺、長い話されると眠くなるんだけど。疲れてるし」

「いいから聞くのっ!! これは日本、いいえ世界中、もっと言うなら地球圏、あるいは宇宙大法則を守るためよ!!」

「ふわぁ〜あ」

「あくび早っ!! 矢田くん、何かが可笑しいと思わない?」

「ああ。全部、お前がしでかしたことなんだろ?」

「いいえ。真実にたどり着いたのは、私じゃない。……あなたよ」

「はあ?」

 真剣な眼をして詰め寄ってくる信子。まさるは後ずさった。うっとうしく思いながら。

「あなたは、何のためらいもなくその長方形型の有機体をはづきちゃんに渡そうとした。それが、そもそもの過ちだったのよ」

「知るか」

「しかしそんなことは、誰も望んじゃいないの。世界中の誰もが」

「お前の間違いじゃねぇの?」

「いいえ。これは世界の意思。地球圏全土が、あなたを敵視してる。誰も望んではいないのよ、あなたが、何の騒動も起こすことなく、ただただ平凡にはづきちゃんにプレゼントを渡すなんてことを! せめてもう一波乱、一騒動なければ、誰も納得しない! これまでずっと、じらしながらグダグダやってきた二人の関係が、あっさりと決着づいてしまうなんて、誰も望まないのよ!!」

「や、やかましい!! そんなの俺たちの勝手だ!!」

「いいえ、これはもうあなたたちだけの問題じゃないの。それを裏切れば、常世界法則はズタズタに破壊され、特異点は大きく外れ、確率異常が発生し時空の狭間から多くの災いと魑魅魍魎(ちみもうりょう)が襲い来る――」

「わけのわかんねぇことを……」

「わからないのはあなたよ!! あなたはこのまま、世界中を敵に回そうって言うの!?」

「知るかっ!?」

「…………あー、何だ」

 今回割って入った声は――むしろ、割り込むタイミングを探していたような音色だった。

「……当たらずとも遠からずというか、まぁ、概ねそれで合ってんだよなー」

 その偉そうな口調とは対照的な、低い背丈。真っ赤なコートを羽織った、黒ずくめの服装。後ろ髪を小さい三つ編みで括った、金髪。そして額から伸びた、一本のアンテナ。

 だが見るものが見れば、もはや背格好のことなど眼中に入らない。それらをはるか凌駕する知性を宿した瞳、鍛えこまれ引き締められた筋肉を持つ身体。只者ではない、間違いなく。

 そしてその少年の足音が、左右違って聞こえることにまさるは気づいただろうか。

 もっとも彼の横を歩く、2メートルは超える全身鎧の男のインパクトに、心を奪われてしまっているが……この場の3人、全員が。

「……おい、誰だよ」

「わ、私に聞かないでよ……」

「あ……あの、どなたですか?」

「《鋼の錬金術師》――エドワード・エルリック」

 はづきの誰何の声に答えたのは、赤のコートの――国家錬金術師だった。



「……また、ヘンな理由をこじつけて、俺の妨害しに来たってのか?」

「い、いや、そんなんじゃないんだけど……」

 相当機嫌が悪くなってるようだ――あるいは警戒心ゆえか。なかなかの迫力をもって睨め付けるまさるに、思わず全身鎧の男が両手を振ってたじろいだ。

 いや――彼も少年だ。その、声変わりしていない声色で判別がついた。

「そうだよね、兄さん?」

「いいから自己紹介してやれって、アル」

「あ、うん――ボクは弟の、アルフォンス・エルリックです」

「お、弟…………」

 さしもの信子も絶句した。背丈が、全然違う。それなのに、小さいほうが弟で大きいほうが兄じゃないという。

 こっそり脳内でメモしておいた。コレ、今度の新作のネタに使える。

 コートのポケットに手を突っ込んだまま。エドワードと名乗った少年は、まさるの正面に向き直って。

「で。そこの緑のちっこいの」

「ああ?」

「真理≠知る勇気はあるか?」

「興味ねぇ」

 いつもの口癖のまま……即答するまさる。しかし今回は、ちょっとだけ続きがあった。

「というか……どうでもよくなった」

「…………へぇ」

 迷いもなく言い放ったまさるに、エドワードは軽く笑ってみせた。

 が、信子は違った。まだたじろぎつつも、好奇心を抑えることができないようだ。

「私は興味あるわよ! どういうこと!?」

「『錬金術とは、物質の内に存在する法則と流れを知り、分解し、再構築する事』――」

「へ?」

「『この世界も法則にしたがって流れ、循環している。人が死ぬのも、その流れのうち』」

 まさるがこっそりと、眉を吊り上げる。

「『流れを受け入れろ』。俺たちの師匠(せんせい)にくどいくらい、言われたことだ」

 語り終えたエドワード。

「……それで?」

 信子の一言が、まさるたちの感情を最も簡単に、かつ的確に表していた。

 と、思っていたら。

「その『流れ』に、反しているってことなんですか――私たち?」

「藤原?」

「はづきちゃん!?」

 突然口を開いたはづきに……二人が振り返る。

「私が――私たちが余計なことしたから、誰も望まないことなんてしたから……」

「おい、藤原落ち着けよ!」

 まさるがはづきの両肩を押さえた。度重なる――重なりすぎたパニックのせいで、混乱しているのだろう。

 そんな姿を見ても、敢えて、エドワードは続けた。

「あんたたちも、その大きな流れの中の、ほんの小さなひとつ。『全』の中の『一』――」

「黙れ……」

 振り向かぬまま、エドワードを静止するまさる。だが、止めない。

「だけどその『一』が集まって、『全』が存在する。この世は想像もつかない大きな法則に従って流れている」

「黙れ!」

 たった一言。たった一言に込められた、尋常ならざるまさるの思い。願い。

 それすらも、エドワードは無視した。

「あんたたちが起こした『あり得ない』行動が、周囲の違和を生んだ。発端はちょっとした違和感でも、そこから生じた奇行がパニックとなって結果に現れる。それがひとつひとつ連鎖して混乱を呼び、混乱は騒動となり周囲に広がっていく。留まることのないその波紋が、やがて世界中に伝播して法則が破壊される。

 風が吹けば桶屋が儲かり、釘が足りなきゃ国を取られる。ほんの小さなひとつでも、ネジが外れれば動きは止まるんだ――」

「…………ええっと、つまり――ひょうたんから駒?」

「それはそれで合ってるけどね」

 たぶん一番驚いてるっぽい信子に、アルフォンスがつぶやく。

「その『ネジ』が、あんたの持ってる『長方形型の有機体』だ」

「あのな、いい加減に……」

 耐え切れず、エドワードのほうを振り向く。と。

「俺だって信じられねぇよ。だが、大事なのは結果だ」

 あっさりと縛り付けられた。エドワードの両眼から発せられる、鋭い視線に。

「あんたが一番知ってるだろう。今日、どんな目にあったか。どんな『あり得ない』出来事が起こったか。それが、何よりの証拠なんだ。そうじゃなきゃ、誰もただのガキ相手に本気にならねぇよ」

「…………」

「『世界』を相手にする――敵に回すってのは、そういう意味だ」

 最後に、叫ぶ。

「その覚悟があるのか? あんたには!」

「…………」

 ひとつ――ふたつ、深呼吸。

 長い講釈を何とか聞き終えて――まさるの頭の中に浮かんだものは何か。

 それを、そっと。素直に。まさるは口に出した。

「頭大丈夫か?」

「……………………お・れ・は・真・面・目・な・は・な・し・を、してるんだあああっっっ!!!!」

 さっきまでの迫力を等価交換して露にした、憤怒の表情で。エドワードが絶叫した。

「いいから聞けっっ!! あのな、錬金術は等価交換の原則――」

「聞いてたよ。つまり、横川のウソ話を小難しくしただけのことだろ?」

「うがああああああああああああああああああ!!!!」

 ため息をつくまさるに、今にも襲い掛からんとするエドワード。

「……ねぇ、兄さん。やっぱり普通の子供にはわかんない話なんじゃないかって……」

「うっさい、アル! もーこうなりゃ意地だ、意地でもコイツにわからせてやる!」

「ぐーぐー」

「そこっ、わざっとらしい以前に棒読みないびきかくなっ!!」

「大丈夫、私はちゃーんとわかってるから。だから次の新作のネタに是非使わせてくれない?」

「作り話でもねぇんだよっ、つーか元凶はオマエか!? お前がヘンに真理に近づいたホラ話しやがったから誰にも信じてもらえなくなっちまったんじゃねぇかコラ!!!!」

 アルフォンス、まさる、信子に律儀にツッコんで、地団駄踏む鋼の錬金術師殿。

「……私がいけないの」

 と。4人が振り向いた先には――はづきがいた。

「藤原?」

 瞬時に、まさるの表情が真剣なものに変わる。今日という日を、たくさんの人から祝福される――はずの――、幼なじみの顔を見て。

 彼女は、確かに理解していた。エドワードの突飛な解説を。

「私がいけないの……私がずっと、まさるくんとのことを、曖昧にしてきたから……!」

 理解、し過ぎていた。

「だから今日、皆が慌てちゃって――こんな……ことになっちゃった。そういうことなのね……」

 抽象的な表現。彼女自身、その重い思考に押しつぶされて、はっきりと喋ることができていないのだろう。

 しかし、その涙声の口調で意味は知れる。

 その意味を一番知っているのは、まさるだ。

 彼女の頬から零れ落ちたしずくを視界に納めた瞬間――最後の言葉を聞いた瞬間――

 まさるの心臓が、きしんだ。

「それで皆にも、まさるくんにも(・・・・・・・)、迷惑をかけるって言うのなら――!」

 正確には、全て聞き取れていない。自分の名前が出た瞬間――既に、意識は白濁している。

 激しい鼓動が止まらない。ひび割れた心から感情が漏れ出し……体中が震えだす。止まらない。

 急激に喉が渇きだした。眼も渇き――視界がかすむ。目の前に映る景色が、揺れる。

 世界が……ゆっくりと壊れていく。

 とは言っても、そう長くは続かなかった。

「そこまでだ」

 銃声と共に、再び現れたのだ――

(ほのお)の錬金術師》。ロイ・マスタングが。



「ご苦労だったな、鋼の」

 マスタングは、空に向けていた右手の銃を下ろし……そのまま、銃口をまさるの左手に突きつけた。

「大佐!?」

「国家錬金術師は軍の(いぬ)。君も知っているはずだろう、アルフォンス君」

 まさるは黙ったまま。うつむいたまま。

「まさ――」

「動いちゃダメだ!」

 それをかばおうとしたはづき、そして信子を後ろに抑えて止めるアルフォンス。

 そんな弟の様子をしっかり確認してから、エドワードは口を開いた。

「命令、か」

「そうだ」

「何の理由も説明せずに、か?」

「君にも理解させることはできなかったんだろう? 私とて、全てを納得したわけではない」

 二人の国家錬金術師が、言葉を交わす。警戒と牽制、そして駆け引きを込め。

 しかし。

「……知るかよ」

 そんなことはもう、関係なかった。

「俺は今、猛烈に、機嫌が悪いんだ」

「?」

「お前?」

「まさるくん……?」

 マスタングが、エドワードが、はづきが。そのただならぬ様子に注視し、振り返り、見つめる。

「長谷部のバカも工藤も、春風も長門も。横川も。おまけにゆき先生まで。おかしなこと言いがやって――」

 握り締めるは右拳。それだけでいい。もう、これ以上、左手の中にあるものを、傷つけてはならない。

「でもって、ライダーだ? ガンダムだ? おとめびじょん? こいぢから? れんきんじゅつ? ぜんのなかのいち? 興味ねぇよ、そんなもん」

 何故なら、今日は。

「これ以上、余計なことに巻き込むな。わけのわかんねぇこと、ほざくな。今日は――」

 今日は――



「藤原の、誕生日なんだよ!!!!」



 エドワードですら、挙動が遅れた。

 飛び掛っていったのだ。単なる中学生が――12、3歳の少年が。人間兵器、国家錬金術師に対して。

 あからさまな殺意をもって銃を向ける、軍人に対して、だ。

「待っ――」

「兄さん!!」

「矢田くん!!」

「まさるくんっっ!!!!」

「…………」

 マスタングが。ゆっくりと、引き金を――

「リィィィッちゅわああああぁぁぁんんッッッツツツツ!!!!!」

『うわ出たぁ!!!!』

 全く同時に、マスタングとまさるが絶叫を上げた。

 地響きを上げて現れた、ナマモノに。熊っぽい人に。ウマ子に。

「なななななななななな、何だぁっ!?!?」

 エドワードも驚いた、しかも二回。

 一回は、マスタングすらも動きを止めさせたその存在に。二回目は……そのまんま。ウマ子の見た目に対してだ。

「ヒトの男に手を出す御法度野郎は全員ッ、馬に蹴られて地獄に――」

「やってみるがよい」

 瞬間。ウマ子の背後に、さらなる人影が現れる。

 メリケンサックにはめられた拳――それを片手で受け止めるウマ子。

「むっ…………!?」

 ウマ子の動きが、止まった。

「ふぅーーむ。我輩の一撃を受け止めるとは、やりおるやりおる」

 止められたのだ。あのウマ子が。マスタングと同じ、青の軍服に身をまとった男によって。

「うげ、少佐っ!?」

「今度は誰だっ!?」

 エドワード、まさるの声を無視し、その「少佐」は続ける。

「全員地獄に堕とす、とな。笑止!! ならばまず!! この我輩を倒してみせよ!!」

 ばさぁっ!! と、軍服のジャケットを脱ぎ捨てて、叫んだ。

「この《豪腕の錬金術師》……アレックス・ルイ・アームストロングをな!!」

 筋肉特盛。

 ウマ子に勝るとも劣らぬ、筋骨隆々とした体が、そこにあった。

「ぬぉぉぉぉおおおお!!!!」

「ふんっっっっ!!!!」

 打撃と打撃がかち合い、周囲に衝撃を撒き散らす。気迫とか気合とか、いや汗でも間違いないはのだが。

 それはまさしく、筋肉と筋肉のぶつかり合い。工藤が見たら喜ぶだろうか、どうだろう。

 そんなことを考えながら、まさるは口を開く。

「何故、脱ぐ?」

「俺に聞くな」

「というか、地肌の上から服着てんのかあのヒトは」

「俺に聞くなってばよ」

 緊張が一撃で解け――力の抜けきった顔でエドワードは答える。

 それなら尋ねる相手を替えよう。そう判断し、マスタングに向き直ったまさるは。

「あと、念のため聞いておくけど。あのヒト、実は女でしたってオチはないよな?」

「何を言っているのだね、君は」

「そうか。ならいいや」

 深々とため息をついて。まさるは最後に。

「じゃあ、あのヒトに『錬金術』とか関係ないと思う人、挙手」

『はい』

 満場一致だった。



 置いといて。

「よし、頼んだぞ少佐。これ以上邪魔をされては困る」

「あ、一応大佐が呼んでたのね」

 ウマ子を押さえ込んだまま、この場から引き離していくアームストロング少佐。

 それを確認し、マスタングが言葉をかけると。エドワードが頬をかきながら口を開いた。

「当然だ。彼も国家錬金術師だ――それに」

「それに?」

「正直私では……あのテの生物を対処する方法がわかりかねる。少佐を呼んで正解だった」

「うわ、めちゃめちゃ本音出してやがるよこのヒト」

「それって少佐にすっごく失礼だと思いますけど」

 エドワードばかりか、アルフォンスにまでツッコまれた大佐は、咳払いひとつして向き直る。まさるに。

「……で、何の話だったかね?」

「何だったっけか。俺もよく覚えてねぇけど……」

 まさる自身、ショックから立ち直れてないのだった。

「そうか。ならば好都合だ。その『ネジ』を、こちらに渡してもらおうか。それなら、これ以上手出しはしないが……」

「いや」

 だが、断った。

「それは覚えてる。それだけは忘れちゃいけねぇことなんだ」

「ほぅ」

 薄い笑みを浮かべ、マスタングが視線で先を促す。遠慮せずに、まさるは続けた。

「俺はこれ以上、大切な日――」

「そこまでよっ!!」

「って何だコラ!? いい加減話を進めさせてくれよ頼むから!!」

 再び、MAHO堂の屋根の上。そこに、複数の人影があった。

 別に問われもしないのに、その人影の集団は名乗ってきた。

「光の使者、キュアブラック!!」

「光の使者、キュアホワイト!!」

「キレンジャイ!!」

「ち〜ちちっち、うぉっぱ〜い♪ ボインボイ〜ン♪」

「俺は太陽の子、仮面ライダーBLACK!! アァール、エッックス!!」

「5人はプリキュア……ッッ!? あれ、いつもより3人多い!? ぶっちゃけありえな――」

「私は知らん」

 轟音をあげて、そのキュア何とかたちは吹き飛んでいった。マスタング大佐の一撃と共に。

 指先を、パチンと鳴らした。

 それだけで、錬成を起こした。それだけで、火花が舞い、爆煙が巻き起こり、そのキュア何とかたちを吹き飛ばしたのだ。

「人間兵器」――国家錬金術師。それが、ロイ・マスタングだ。

(ほのお)の錬金術師》の二つ名は、伊達ではない。

「……これで、満足かね?」

 笑みを絶やさぬまま、マスタングはまさるに問いかける。

 今度は、その指先を、まさるに突きつけて。

「満足も、何もねぇよ」

 しかしまさるは、眉ひとつ動かさずに、言い放った。

「答えは、最初からずっと同じ。意地でも、プレゼントを渡すんだよ。誕生日なんだからな」

 そして駆け出す。曇りひとつない、()()いた眼。それが確かに、マスタングにも見えた。

 と――いきなり足払いをかけられた。

 エドワード・エルリックだ。

「バカか、お前。錬金術師相手に子供が立ち向かえるかよ」

「なっ、何すんだ!?」

「――錬金術の基本は、等価交換」

 真面目な顔で、エドワードは語りだした。

「何かを得るためには、同等の代価が必要となる」

「はぁ!?」

「人は何かの犠牲なしに、何も得ることはできない――」

「知るかよ」

「その『犠牲』が、『世界』だとしたら。お前はどうする?」

 質問の意味がわからない。

 そんな表情が、ありありと浮かんでいる。それを知っていても、敢えてエドワードは問うた。

 彼は錬金術はもちろん、自分たち兄弟の過去も。背負っているものも。ついでに言うなら、マスタング大佐の過去も――何も知るまい。仮に一部でも伝えようとしても、先と結果は同じだろう――全ては徒労のはずだ。

 しかし、問うた。

「世界中の誰もが、認めなかったとして。このまま世界全てを、敵に回したとして。神様にも嫌われて。翼をもがれて、地面に叩きつけられて。それでも、成し遂げねばならないことがあるか?」

 マスタングは、何ら表情を変えぬまま、指を下ろさぬまま。近づいてくる。

「それだけの犠牲を払っても、叶えたいか?」

 無言で。アルフォンスが、兄を見つめる。鎧の身体で。

「……………………」

 答えに窮する時間は、あまりないようだった。

「何が言いたいか、わかんねぇけど…………」

 かすれた声で。小さく。

「俺は誕生日を祝う。誰が何て言おうとな」

 だが、はづきに聞こえるように。断言した。

 はづきが、両手を胸元に当てる。暖かな、ポカポカした気持ち。押さえきれない想いが、体中に広がっていく。

「…………二言は、ねぇな?」

 質問ではなく、確認。

 返答も聞かずに、エドワードはマスタングと真正面から対峙した。

 両手を当て、錬成する。右腕から飛び出した、鋭い刃。

 それが義手――機械(オート)(メイル)であることを。彼ら兄弟が背負う十字架であることを、まさるたちは知らない。

(わり)ぃな大佐、俺、こっちにつくわ」

「……らしいな。ならば仕方ない。命令違反ということで軍法会議にかけ君の処分を――」

「あぁら、残念。国家警察機構を通じて軍上層部から遠征の通達を受けたのは、あんたたち東方司令部だろ? 俺は直接、何の指令も受けてねぇぜ」

「上官の命令に逆らうと?」

「今更何言ってんの?」

「……いいだろう」

 マスタングも、本気になった。標的をエドワードに絞り――対峙する。

「おい、お前――」

「祝ってやるんだろ?」

 まさるに振り返らぬまま、エドワードは答える。

「大切な日なんだろ? 渡してやりたいんだろ? プレゼント」

 とだけ言い残し、マスタングに向け突貫していった。

「今度こそボコってやる、クソ大佐!」

「全く――君は変わらないな、鋼の」

「あん?」

「相変わらず、(まと)が小さい」

「小さいって言うな!!」

 人間兵器と、人間兵器がぶつかり合っていく。

 それを、とりあえず無視して。

(……やっと、だな)

 ほっとため息ついて、彼は思った。

(やっと、俺の言い分をわかってくれる奴と、出会えたよ)

 きょろきょろと、周囲を見回して。

 もう誰も何も邪魔は入らないだろうと、確認し。

「……藤原」

「まさるくん……」

 ふー、やれやれ、と肩をすくめた信子が。

 カツン、とアルフォンスの鎧を叩いた。

「……何?」

「気が効かないわね。こういう時くらい、自重するものよ?」

「……優しいんだね、君」

「私はあいちゃんにしか興味ないもん」

 その信子の口元が、必要以上にネコクチになっていることに気づかないフリをして。

 アルフォンスは、二人の視界の届かないところに移動した。

 それに感謝しているのか、否か。ともあれ、遠慮なくまさるははづきに向き直った。

 この時のために、彼はずっと走り続けたのだ。

 誰に邪魔されようとも。誰に何を言われようとも。

 最後まで離すことのなかった左手のプレゼントを――今度こそ。渡すために。

「……………………」

 すっかり夕陽に染まった空の下で。まさるは。

「…………………………………………」

 まさるは。

「………………………………………………………………」

「まさるくん?」

「……………………………………………………………………………………こえが」

「?」

「…………………………………………………………………………………………………………こぇぁ」

「???」

「…………………………………………………………………………………………………………出――」

 声が。

 出ない。

「…………あ!」

 ポン、とはづきが手を打った。

「まさるくん、いつになく大きな声出しっぱなしだったから、喉が枯れちゃったのね?」

「……………………」

 こくこく、とまさるがうなずいた。

 そして。

『……………………』

 一同絶句。

 迷うことなく。エドワードは横にどいた。

「どうぞ、大佐」

「うむ」

 大爆発。



 後に、マース・ヒューズ中佐の報告書には、こう書かれた。

 外れた「ネジ」が産んだ世界のひずみは、「声帯ポリープ」によって埋められたと。



・エンディング:「消せない罪 / 北出菜奈」(『鋼の錬金術師』1stEDテーマ)


4.エピローグ

 左手の軽い火傷と、喉の炎症。その他擦り傷、打ち身など。

 概ね二つくらいの疾患を抱えたまさるの闘病は、何だかんだで全治二週間くらいかかったのだった。

「……あー。あああ。あーああーあーあーー、あーああーあーあーー」

「よかった。すっかり治ったみたいね」

「……ああ」

 結局あれから、あのヘンな錬金術師とか言う連中とは顔を合わせていない。

 一応、おあつらえ向きにメロンが見舞いに送りつけられてきたが、喉を治療中のまさるに食べられるはずもなく、全てはまさるの母とはづきと長谷部とむつみの口の中に消えていった。まぁ、関係のないことだが。

 もちろんヘンなライダーも、ヘンなガンダムも、ウマなんとかというナマモノも、異星人もガンダムフォースもロサ・ギガンティアさんもゲットバッカーズも月の水兵さんもグランセイザーも自称・トレジャーハンターも……そんな諸々は襲い掛かってこない。いたって、平和な入院生活だった。

 平和というか、それが本来の日常なだけなのだが。

「まぁ、ホワイトデーまでずれこまなかっただけマシか……」

「そんな、いいわよお返しなんて。お誕生日プレゼントだけで」

「そういうわけにもいかないだろ」

 言って、向き直る。

 はづきの眼を、じっと見つめて。

「これだけは、言わせてもらうけどな」

「何?」

「お前がどう思っていようと、俺の気持ちは変わんねぇから」



 気づくと――はづきの右手には、件のプレゼントが握られていた。

 押し付けるように渡したのだろう。その刹那の記憶が、はづきにないというだけで。

 無理もなかった。

 彼女にとっては、それどころじゃなかったから。



 矢田まさるにとっては、何の変哲もない言葉なのだろうが。

 藤原はづきにとっては、それはあまりに衝撃的な言葉だった。

 飛び上がるくらい嬉しくて。

 顔を抑えるくらい恥ずかしくて。

 ……正直、二週間遅れの誕生日プレゼントのことも、どこかに飛んでいってしまって。



「恋愛というものは、一方的な勘違いと思い込みだけでも始められるものなのだよ。ホークアイ中尉」

「大佐、サボってないで仕事してください」



 すなわち矢田まさるは、「誰が何と言おうとプレゼントを渡す」、すなわち「はづき本人がどう思おうと、自分ははづきの誕生日を祝う」という意味で言ったのだが。

 それは、まぁ、それで。

 根っこは同じ意味だから、不問ということで。


公開日:2004年02月28日