昼下がりのMAHO堂。 皆が厨房内で業務に励んでいる時、ももこは グラニュー糖の在庫を確認の為二階へ向かった。 在庫にまだ余裕を感じ、キッチンへ戻ろうとした 彼女の足を止める出来事が目前で起こっていた。 事情によりMAHO堂に戻ってきたハナがひとりで愚図ってい たのだ。その傍らには今まで全身全霊であやしていたであろう マジョリカとデラが疲れ果て熟睡していた。 苦笑いしながらベビーベットに腰掛け、膝の上にハナを抱き 上げた彼女の唇があるメロディーを紡ぎだす。 誰もがよく知るメロディー、彼女が大切にしているメロディー。 Auld Lang Syne(「蛍の光」の原詩) 過ぎ去りし遠い過去の日々 Should auld acquaintance be fogot, And never brought to mind? Should auld acquaintance be forgot, And days of auld Lang Syne? For auld lang syne, my dear, For auld lang syne, We'll take a cup o'kindness yet, For auld lang syne. 昔、中国のある人は、蛍の光や窓の雪明りで本を読んだといわれているが、 私たちも苦労して色々な本を読み、長い間勉強してきたものだ。 早いもので、気がつくといつの間にか月日がたっていて、今日この日、 とうとう巣立っていく日がきてしまった。 And here's a hand, my trusty frien', And gie's a hand o' thine. We'll take a cup o' kindness yet, For auld lang syne. For auld lang syne, my dear, For auld lang syne, We'll take a cup o'kindness yet, For auld lang syne. 別れというものは寂しいものだ。留まるものにとっても、行くものにとっても…。 これきりでもう会えぬかもしれない…そんな気もしながら、お互いに数え切れない程の想いを、 ただ一言、元気でね、お互い元気でね、と、心を込めて歌うのだ。 途絶え途絶えになりながら、歌い終わった彼女を見上げる ハナの瞳には、今にも泣き出しそうなももこの姿が映し出される。 俯くようにしてハナを抱きしめ、彼女は誰かに語りかけるように 呟きを漏らす ももこ)ゴメンね、もう『アナタ』のことでは泣かないって決めたのに…。 ゴメン ゴ、メ…ネェ うぅっぅうぁあ 押さえ切れない激情に声を殺して涙する『母親』の頬を、力一杯抱きしめら れながらも撫でるハナ。 その時彼女は初めて自分の状況を思い出し、ハナを抱き締めるうでの力を弱める。 ---------------------------------------------------- 数年前のLA・魔法堂… モンロー)へぇ、ももこは日本から来たの? ももこ)モンロー、日本知ってる…の ももこは拙い英語で聞きかえす。 モンロー)ええ、あそこには私のお友達が暮らしているからね。もうだいぶ会っていないけど、 元気に暮らしているかしら。 まだ英語に慣れない『お友達』の為に、モンローはできるだけゆっくりと話す。 ももこ)全然会ってないのにお友達なの? まだ幼い彼女は思った疑問をそのまま口にする。 モンロー)ええ、そうよ。私が今まで出会ってきて、何時でも会える人、 これから会わないかも知れない人、そしてもう会えなくなってしまった人。 顔を会わせられなくても、声が聞けなくても、その人たちは私の大切なお友達なのよ。 ももこ)私も? ももこも? モンロー)ええとても大切で、とてもとても大好きな私の『お友達』よ。 そう言いながら皺の刻まれた目じりを下げ、優しげに微笑んでみせるモンローが ももこは一番好きだった。しかし幸せな時間は永遠に続かなかった、マジョガエルへの変貌、 そして元の姿に戻ることなくモンローはこの世を去ってしまったのだ。 モンローがこの世から”いなくなった”日、魔法堂のそばにあるモミの樹の 元へ来ていた。かつて道端で息絶えたネコを抱いて泣きじゃくっていた ももこに彼女が言っていた 『失ってしまった訳じゃないの、次の命へと生まれ変わっていくのよ』 あの時は泣いている自分を慰めようと口にした作り話だと思っていた。 しかし今のももこにとってモンローの言葉は真実そのもの。 魔法堂の窓から何時も見えるモミの樹の根元へ彼女を安置し、 涙で歪む視界の中恩人に土を被せていく。 信じたくなかった、だって彼女は魔女だから。人間ではないから。 きっと目を開けてくれる。いつもと同じ声で私の名前を呼んでくれる。 両手で地面を掻き毟るように土を掴み、あり得ない現実を 想像しながら彼女は… 歌っていた、いつかモンローが教えてくれた歌を、嗚咽で途絶え途絶えになりながら 愚かしい程に純な願いを抱えて 別れというものは寂しいものだ。留まるものにとっても、 行くものにとっても…。 僅かな希望と共に砕けた自らの水晶球を見つめながら これきりでもう会えぬかもしれない…そんな気もしながら しかし…奇跡は…起こらなかった。 最後までモンローは私に優しかった。私のせいで人の姿まで失ってしまったのに 一度もそれを責めたことは無かった。でも… それが悲しかった、何より自分が許せなかった。誰よりも大切な恩人、そして 愛する人だったのに、私は彼女に何もしてあげられなかった。 家に帰っても部屋に閉じこもり、心配する両親にも口を開こうとしなかった。 泣き疲れて意識が朦朧としていた時、ももこの脳裏に様々な記憶がリフレイン していく。 アメリカに着いたばかりの頃の事 初めて友達ができた時の事 教会で聖歌隊として選ばれた事 魔女見習になった事 その時、必ず近くにモンローはいてくれた。 そして今日、夕日の射し込む寝室で彼女との 思い出が終わった。 ももこ)【今日でモンローとの思い出が終わっちゃう…。】 そう言いながら彼女から残されたピアスを取り出して見る。 ももこ)【”幸運を呼ぶ石”そう言ってたな…もしそれが本当なら モンローはマジョガエルになんかならなかったはずなのに…。】 『貴方と過ごした時間、本当に楽しかった…』 がば! 彼女のその言葉を思い出したももこは突然ベットから飛び起き、ピアスを眺めがなら呟く。 ももこ)マジョ、モンロー…【そうだ! 終わらせちゃいけないんだ! 彼女を“過去“にしてしまってはいけない!!】 今までの静寂が嘘のように慌てて部屋を飛び出したももこは貯金箱を片手に電話機へと走った。 テゥルルルルテゥルルルルル…ガチャ ももこ)Hiベス、ももこだけど! 私ね、ピアスを開けようと思うの! ----------------------------------------------------- 何とか寝かしつけたハナをベットに移し、彼女は誰に言うでもなく 語り始める。 ももこ)今でも思い出したら泣いちゃうけど、でも私強くなったよ。 貴方がいなくても笑っていける 貴方がいなくても友達と楽しく遊べる 貴方が…貴方がいてくれたから今の私がある だからモンロー、私から貴方に贈りたい詩(うた) お互いに数え切れない程の想いを、ただ一言、元気でね、 お互い元気でね、と、心を込めて歌うのだ。 これからも、ずっと一緒に! そう決意する彼女の耳には The stone which calls good fortune (幸運を呼ぶ石) が“二人の絆”としてこれからも輝き続ける。 どれみ)ももちゃーん? どうしたのぉーー! キッチンから届く親友の声に ”何時もの様に”明るく答える ももこ)ハーイ! 今行くヨーー!! |
公開日:2002年07月21日
第一次修正:2002年07月24日