『一年越しのFriends』 //////////////////////////////////////////////雪化粧/////////////////////////////////////////////// 町は空も町並みも、空気も白く染まっている。 お昼の時報も近いというのに、外は夏の夜のように薄暗い。 嵐の前触れのようにガラスがガタガタ揺れ、鍵が軋む。 暖房が完備されている室内とは言え、降りしきる白い粒は、見ているだけで寒々しい。 それでも、中にいる人々はそれどころでは無い様子。 「今のパートは半音上げてください。では、もう一度初めから。」 初老の婦人がそう語ると、室内一杯に並んでいる人々が、各々の楽器を片手に曲を奏で始める。 始めは一つだった音色が、まるで手を差し伸べられるかように寄り添い、増えていく。それが幾つか繰り返 されると、いつしか重厚なメロディに完成されている。この不意打ちに気づいた頃にはもう遅い。同じに聞こ えて一つ一つが微妙に異なる音色は、折り重なるようで折り重ならず、まるでクレープのように積み重なり、 聴く者を包み込む。個性の異なる楽器達は、お互いを尊重し合うかのように見事に調和されて、まるで仲のよ い親友のよう。特に、ヴァイオリンとピアノは最高に相性がいいみたい。 室内が春のような暖かささえ醸し始めた頃、外の悪天候が邪魔でもしたかのように、不意に鐘の音が鳴り響 く。録音で無い、本物の奏でる重量感のある音色は、真剣な眼差しの彼女達の指先を止めるには十分な迫力。 彼女達の前に立つ婦人も、手に持つ紙束を側の机に放り上げ、自身の緊張状態を解いた。 「今日はここまでにしましょう。あと、藤原さんは前へ。」 「え?あ、はい。」 緊張が一気に解かれ、たわいもない雑談で華さく中、1人の少女が前にでる。 大きなまんまる眼鏡に、大きなオレンジのリボンが目印の少女は、一流のガラス細工職人が作り上げた彫刻 を思わせ可憐さ。お城に住むお姫様のようにか弱い印象を受けるけれど、その瞳は深く、まっすぐに自力で立 ち上がる強い意志が感じられる。今は急な呼び出しに、そわそわしちゃっているけれど。 「今のままでも十分素敵な曲なのですが、できればピアノとヴァイオリンのパートと同じくらいの感じで、他 の楽器のパートを書き直して欲しいのですが。」 「…すみません、できません。あの曲は、…今の私には、これ以上良くする事なんてできませんから。」 婦人が前にでてきた少女を相手取り、紙に書き込まれた楽譜を指さしながら、少女を覗き込む。少女は、多 少考えた後、きっぱり首を振る。組んでいる腕がギュッと縮こまるあたり、相当臆しているはずなのに。 その答えに、婦人は少し嬉しそうに頷きかける。 「……分かりました。つまらない事を聞いてすみませんでしたね。もう帰って良いですよ、お迎えさんも来て いるようですから。」 楽譜の束を整えながら、婦人は目で扉を指す。つられて少女がそちらに振り向く。確かに、扉から覗き込む 影が一つ。きょとんとしていた彼女は、少女と目が合うと、ニコッと手を振り始めた。 少女は、婦人に対してポニーテールがなびくくらい深く、手早くお辞儀をした後、鞄を手に取って扉を飛び 出した。急いでいるとは言え、今までのお嬢様な雰囲気から考えると、ちょっとはしたないかも。 そんな少女に微笑みかけながら、誰1人いなくなった室内で、婦人は1人上を見上げた。ゆったりと大らか な開放感の広い天井からは、ポツポツと滴の当たる音が耳に当たる。 「藤原さんもこの一年間の間に、精神的に大分成長したようですね。」 「ごめん、さっちゃん。待たせちゃった?」 「ううん、大丈夫だよはづきちゃん。私も今さっき来た所だから。」 手を合わせて頭を下げるはづきに、苦笑しながら手を振るさちこ。扉の前で少々お話しした後で、2人は足 を進ませる。誰も見かけない廊下で、彼女達の弾ませる会話が小鳥のさえずりのように響いていく。 さちこは、はづきよりちょっと背が高く、髪もふんわりとボリュームたっぷり。すらりと整ったスタイルで 紫の制服がピタリとはまる。鶯色の瞳はまんまるで、背格好から考えると、少し童顔気味。心なしか、顔も丸 っこい感じ。でも、落ち着いた仕草のおかげで、子供っぽさは見えてこない。 「今度演奏する”Friends”って、はづきちゃんが去年作曲した曲って聞いたよ。ホント?」 「ええまぁ…。去年、どれみちゃん達との思いで作りにと思って作った曲なんだけど、偶然先生に知られちゃ って。それで、音楽部のみんなと演奏する事になったの。」 「相変わらず凄いね。ついこの間海外遠征したかと思ったら、今度は自作の曲でオーケストラなんだから。」 「そ、そうかな…?」 嬉しそうに語るさちこに対して、はづきは何だか浮かない顔。そんな様子を察したのか、さちこは不思議そ うにはづきを覗き込む。はづきは何だか、ボーっとしているよう。 「どうしたの?何だか浮かない顔してるけど?」 「ええ?そ、そんな事無いわよ。」 さちこの問いかけで、雪解けのように顔をはっとさせるはづき。そのまま、愛想笑いで返事を返す。焦っち ゃっているみたいで、少し声が上ずってるけれど。 さちこはそんなはづきの手を、無言で握りしめた。驚いているはづきをよそに、さちこははづきの手を優し くさすり、手袋を被せていく。その様子は傷の手当てをしてくれるママのように寛大で暖かく、はづきはされ るがままの状態で、少しばかりおっかなびっくりにさちこを見る。 「はい、今日ははづきちゃんの誕生日でしょ?だから、プレゼント。」 はづきに対し、笑顔で手を取るさちこ。その暖かい眼差しに、はづきは頬を赤らめ照れ笑い。手袋は目立ち にくい紺色で、モコっとしたボリューム感がとても暖かそう。 「ありがとうさっちゃん。私の誕生日、覚えててくれたんだ。」 「この天気じゃなかったら、どこかお食事にでもお誘いするつもりだったんだけどね。」 ドアの外は相変わらずの猛吹雪。夜のような空から降り注ぐ散弾のような雪は、みっちりと囲い込むように 外を覆い尽くしている。確かにこれでは、外に出かける気にはなれそうもない。 はづきは窓越しに見える悪天候に、また顔を曇らせる。 「はづきちゃん、もしかして今日誰かと…」 「ウォ〜ッホホホ!相変わらずそう言う所は鈍いですわね、伊集院さ〜ん!」 突然予期もしなかった声の出現に、2人は顔を合わせてそちらに振り向く。 彼女は、大きくてしなやかな体格でモデルのようなスタイル。少しきつそうな目にクロワッサンがいくつも 折り重なったような独特の髪質。2人とは、違った感じでお嬢様といった風貌。 声も高らかに、自信たっぷりの彼女は、嬉しそうに2人の元に歩み寄る。 「玉木さんは何か知って…」 「矢田君ですわよ、や・だ・く・ん。学校が離れて滅多に会えないわけですし、誕生日とバレンタインが重な る今日なんて、会うのに都合がよろしいでしょう?」 玉木は天井を指さしながら、得意げに早口でまくし立てていく。心なしか誇らしげで、とても嬉しそう。 一方のはづきは、まるで心を雪かきでえぐられたかのように顔を背ける。発作でも起きたかのように胸を抑 え、とても正常な状況には見えない程。隣にいるさちこが、はづきを心配そうに見つめる。 「大体女学院で彼氏持ちだなんて悔し…校則違反ですわよ!その辺り、どう弁解するおつもり!?」 息を吐かせぬまま、一方的に喋るだけ喋った後、玉木ははづきを指さす。対するはづきは、胸を抑えたまま 涙がポロポロとこぼれ落ち始めていた。予想外の彼女の様子に玉木とさちこは、思わず一歩退く。 「まさる君は…まさる君は、ただの幼なじみよ!」 「はづきちゃん!!」 はづきはそう叫ぶと、1人階段を駆け下りる。腰の抜けた玉木をよそに、さちこが懸命に呼びかけるも、彼 女の姿は見る見るうちに小さくなり、そして消えてしまった。まるで春一番の風のように強く、そして脆く。 |
公開日:2004年02月16日