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   第二章 第二の人生もまた(くら)

 彼女は朝が嫌いだった。別に理由などない。朝が来るから、嫌いなのだ。

「……そして、鶴ヶ丘市内の家屋にも同種の局地的被害が発生。家主は不在、唯一の住居人は――七梨太助(しちりたすけ)。……ヘンな名前。ま、いいわ。この子への賠償の申請書は……これでよし」

 これで何度目になるのだろう……黄色に屈折した光を瞳の中に映しながら、彼女はうつむいた。別に感傷的になった覚えはない。うつむきたかったから、うつむいたのだ。

 この世の、ありとあらゆる事象に明確な理由などない――それが、彼女の信念だった。

 やる気を出せと人は言う。彼女は問う。「やる気」ってどんな状態のことを言うのか、と。

 人間の感情なんて不確かだ。それは日々移ろいゆく天気予報≠フようなもの。山の天気は変わりやすいというが、あのよくわからない試験の結果資格を得る気象予報士の喋る妄言のほうがよほど、当てにならない。

 だが。

 かと言って、予報をやめるわけにもいかないのが、難しいところだ。

 何もしなきゃしないで、困った話なのだ。全くもって、人間は難しい……

 そんな取り止めのないことを考えながら、彼女は紅茶を口にした。別にこだわってなんかいない。特売のティーパックだ。人間の味覚だって、不確かだ。

 ただ、コーヒーが苦手だから、紅茶を選んだだけだ。

 そう――意味なんてない。

 だがそれは、「無意味」なことを理由に「不作為」を行ってよい、という言い訳ではない。

 結局、彼女は、何が言いたいのかというと……

 目の前の書類は、まだ全て書き終わっていない。と。そういうことなのだ。

 本城こころ。

 彼女は姿勢を正して、再び指を動かし始めた。これで何度目か数える気にもならない、「オーフェン」という名を(つづ)るべく。



     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「…………ヒマだ」

 言われなくてもわかる。手足をだらーんと伸ばし、カジュアルだがやけに小奇麗な服や、短く縛って背にたらした青い髪につくであろう汚れも気にせずに、その河原で寝転がっているその姿を見れば。

 歳は――まあ、自分より二、三歳上といったところだろう。おそらく、この街の――美空町の人間ではない。

 以前彼女が言った台詞の節々から考えるに、どうやら中学生のようだ。例えば「生徒」と言う単語は中等部以後のものであり、小等部ならば「児童」というはずだ……とか何とか、はづきが言っていた気がする。

 さっきから「だろう」とか「おそらく」とか「ようだ」とか、推量系の言葉回しばかりしているが、仕様のないことだ。何せ彼女は、自分が何ものであるのかを、誰にも説明したことがない。名前すら名乗っていないのだから、大したものだ。だがまあ、実害も興味もないし、ちょっとした借りもあったので、彼はそのままにしている。

 仕方がないので、彼の級友の一部は、彼女を「不良ねーちゃん」と呼んでいるらしいが……正直、彼には気に食わない呼称である。よって、特に彼は彼女を何らかの呼称で呼んでいない。「おい」とか、「あんた」とか、そんな曖昧(あいまい)なもので済ませている。それもどうかと思うが。

「…………ヒマだ〜〜、何か面白いことないかな」

 再びぼやく。思うに、面白いか面白くないかは個人個人の判断によって決まるので、そんなに面白たがりたければ自分が楽しめるものを、何でもいいから見つければいい――と、ここまで考えたところで、その少年は嘆息した。

 つまり彼女は、自分および自分を取り巻く人間を面白がろうとしているのだ。はた迷惑もいいところである。

 とはいえ――少年自身、彼女を(うと)んでいるわけではない。むしろ、気は合っている。

 何度か交わした会話から感じ取れる、社会とか大人とか、そういった不確かなものへのやり場のない怒り。自分にもなくはない。

 別に彼女や自分以外の子どもにだって、多かれ少なかれ存在しているだろう。それを上手くやり過ごすことができれば、「いい子」とか「優等生」とか称賛される。が、それらを制御することができなければ、「悪い子」とか「不良」とかのレッテルを貼られる。

 その意味で、彼女も自分も後者であった。

 この考えが誤りであることを知ったのは、一年前。自分の担任によって、そして級友で幼なじみのお節介なお嬢様と、やっぱりお節介な級友の親友二人(当時)によって。

 周りの人間全てが、自分勝手な思い込みのまま、レッテルを貼り続けるわけではないことを知った。「いい子」全てが嫌な奴とは限らないし、「悪い子」全てが実はいい奴だったりするとは限らない。本当に救いようのない奴であることだって、充分ある。

「あ〜ヒマだ、ところでお前のラッパのレパートリーって『キラキラ星』だけなのか?」

 不意に起き上がった少女に早口で話を振られ、少年は――矢田まさるは小さくコケた。

 トランペットのマウスピースを口元から外し、訂正する。

「『ラッパ』じゃない、『トランペット』だ。ついでにキラキラ星は準備運動みたいなもんで……」

「わかったわかった。ったく、普段はぶすっとしてるクセして、そのラッパのこととなると急にムキになりやがって」

「だから、ラッパじゃなくてだなー」

「わかったってば。それよりお前、何かあったのか?」

 いきなりの話題転換、そしてその内容に、まさるは左眉(ひだりまゆ)を吊り上げていぶかる。

「…………ああ?」

「ラッパの音が、いつも以上に上手く出てねえし」

「…………」

 その指摘に、ふと思い出した。幼なじみのお嬢様が、いつだったか、こんな比喩を言っていた覚えがある――で、直後、何でもないから忘れてと慌て出したことも――。

「楽器は、魔法を使える」のだと。

 演奏者の気持ちを、願いを、その旋律によって表すのだと。

 それが真実ならば、彼女の指摘も無理はない。確かに自分は荒れている――いや、言い訳にしかなっていないが、荒れているのはクラス全体だ。クラスをいっつも引っ掻き回す中心人物に、突然ふってわいた幸運。自分にはそんな大層なものでもない気がするのだが、つまりは「彼氏ができた」という事実。それが、クラスの雰囲気を一気に一変させた。

 だがそれは、調子にノッてノリまくっている中心人物、すなわち春風どれみ――前述のはづきの親友の一人で、彼自身にとっても幼稚園の頃からの付き合いである――だけが作ったものではない。精神を惑わしているのは、結局のところ自分自身が未熟だからだ。平常心を失い、いつも通りに振舞えないのは自分自身のせいだ。

 結果、騒々しく事件も耐えないが、非常に仲のいいクラスとして校内でも評判だった4年2組は、児童も教師も、本人たちすらもが想像だにしなかった状態に追い込まれていた。交わされる会話に、笑顔は失われた。あったとしてもその笑顔は、奥歯にものが挟まったような、引きつった笑顔――最初から計算ずくの()びた笑顔しか見せていなかった女子も約一名いたが、現在はそうでもない――。

 そんな空気に当てられて、今日も教室を飛び出してしまった自分もまた、未熟ということなのだろう。

 だが、今のあのクラスには、できるだけ近づきたくないというのも本音としてある。あんな級友たちの姿は、もう見たくない。

 そして何より――

「…………別に」

 不機嫌に、すなわち説得力のカケラもない返事をする。ついでに、

「あと、もう『ラッパ』にはツッコまねーぞ」

「ケチ」

 うめき、再び少女は寝っ転がった。両手を組んで後頭部に当て、空を眺める。

「…………なあ」

「何だよ」

 やる気なさげに返答しつつ、まさるは彼女の様子がいつもと違うことに気づき始めた。

 いつもの彼女は、何をするでもなくこの河原――彼がトランペットの練習をし、どういうわけか色んな級友の相談場所になりつつあった河原――に寝そべりながら、ボーッとしているだけだ。自分もまぁ比較的には無口なほうだという自覚はあるので、結果的に何の話をするでもなく、彼女はトランペットの音色を聞いている。まぁ、たまに級友がやってきたりすれば、二、三個からかいの捨て台詞を残して退散する。その辺り、自分の立場をわきまえているつもりなのか。

 だが今日のように、自分から積極的に話を振ってくることは、滅多になかった。ましてそれが数回となれば、初めてのことである。出会ってから一ヶ月程度しか経ってないのも、また事実だが。

「……ヘンだよな。この街」

「は?」

「もうちょっと、明るい街だと思ってたんだけど。この頃、何かヘンだ――」

「……………………」

 彼の、その幼さに不釣合いな知性――知恵でなくて――の輝きを持つ瞳に映るのは、確かな驚き。

「……かもな」

 その内心の驚きとは裏腹に、返答は短かった。

 そして、いつものようにマウスピースに口をつける。想像以上に動揺していた心を落ち着け――別に彼女が茶化したからではないが、最近覚えた新しい曲に挑戦しようと、ためていた息を一気に放出する。マウスピースからトランペットの管へと伝わるのは、彼の息と意志――

 ……………………

「…………どした?」

 ぷしゅー、と情けない音がかすかに聞こえ、少女は問う。驚きをもって。

 それはトランペットの初心者が通る、避けては通れない道だった。トランペットの高く鋭い音を出すためには、普通に縦笛を吹くように空気を吹くだけでは駄目だ。吹き方や唇の形に、独特の特徴を要する。すなわち唇をも震わせて、音を出すのである。よって、ただ音を出すだけでも、経験なしでは難しい。よって、初心者はまず着脱可能な吹き口であるマウスピースだけを取り出し、その単体だけで音を出せるように何べんも練習する。それができて初めて、マウスピースをトランペットの先端に取り付け、音階を出す練習を始められるのだ。右手の人差し指、中指、薬指で三つの弁を開け閉めするのが基本だが、それだけではない。同じ弁の形でも、吹く強さによって音階は変わる。この辺りは縦笛と同じ要領だが、やはり難度は段違いだ――

 文章で説明するのは難しいが、ある程度の曲を吹きこなせる――と、少なくとも当人は思っている――まさるにとって、そのような凡ミスは余程緊張でもしていない限り、起こさないということだ。たぶん。

 この少女がトランペットについてどこまで知っているかどうかは知らないが、少なくともその失策が彼の身に何かが起こったという何よりの証左となっていることくらいなら、わかる。

 てなわけで、問うた少女にまさるは首をギギギギギ、と動かしながら顔を向けて。

「ぷー?」

「……いや。落ち着け」

 よっぽど動揺しているらしかった。器用に音で疑問符を浮かべるまさるに、少女は半眼で告げた。まさるはトランペットを下ろし、コホンと咳払(せきばら)いしてから言ってきた。

「――じゃなくて! ちょっと、こっち来てくれよ!」

「お、おい!?」

 いきなり手をつかまれて、少女はまさるの先導の通りに、橋の下に身を隠した。「隠した」ということは、すなわち、身を隠さねばならない相手が現れたということだが……

「いいから、見ろよ、あれ!」

「…………んん?」

 彼が指差す方向を、こっそり見やった――反対側の岸の道に、二人の男女が歩いている。手をつないで。まぁ、それはいいのだが。

 遠目ではわからないが、男のほうは多分大学生くらいの年齢だろうか……それもいい。

 つまりは、「バ」カップルか何かだろう。そういえば去年、初めてこの街に足を踏み入れた時に見かけた、修羅場に突入していたインラインスケートの格好の「バ」カップルが近所迷惑でウザかったものだから、その辺に転がっていた空き缶二つを、器用にも二人両方の頭に直撃させてやったことを思い出した。それこそ、どーでもいーことだが。

「……で?」

 これは、まさるの慌てた意味がわからなかったから、質問したわけではない。

「あたしは見たまま、ありのままの感想を、包み隠さず言ってしまっていいのか?」

「……できればヤめといてほしいんだけど」

「ロリコ――」

「だからやめろって!!」

 無理やり少女の口をふさぐまさる。しかし、少女の指摘を否定する気にもなれなかったのが、正直なところである。

 そう、問題は男女のほうの「女のほう」にあった。

 ……面識は、彼女にもある。見かけたのは数度、話をしたのは一度きり。この河原で会った時、いきなり自分をこの少年の姉かと寝言を言ったので、めいいっぱい蹴り飛ばしてやったのを思い出す。起き上がれば、今度は「はづきちゃんに年上のライバル出現」とかトンでもないことを言い出したので、さらに蹴り飛ばしてやった。この時は確か、軽く十メートルはスッ飛ばしてやった記憶がある。

 だが、話は聞いている。このマセガキの彼女――と、彼女は勝手に決め付けていた――たるお嬢様の親友だそうだ。クラスの中心人物で、そのはづきを含む三人(現在)の親友と、お節介を焼くことにいっつも奔走しているのだという。

 そうそうこの四人は、「MAHO堂」という店を手伝ったりしているとか。少女自身は行ったことはないが。この間まではアクセサリーショップだったのが、今年の二月にいきなり何の前触れもなく唐突に花屋、もといガーデニングショップに新装開店したのだろうだ。アクセサリーの売れ行きの不振により、時流に乗った便乗商法に(くら)()えしたのではないかと、少女は思っている。

 ともあれ、繁盛はしているらしい。去年のMAHO堂を知る者が見れば、仰天してのた打ち回ることが請け合いなくらい。

 それと店の改装と同時に、店主の娘夫婦の赤ん坊を故あって預かり、自分たちで世話しだしたということだ。それは素直に感心した。小四の子どもが世話するなど、並大抵なことではままならない。少女にとってそれは想像の域を出ないので、具体的にどう難しいかはわからないが、それでも大したものだと思う。

 で、何で、こんなことを少女が思い出したかというと。

「……なかなかやるな、というか、それでいいのかお前の人生、というか……オイ、どういうリアクション取ればいいんだ?」

「…………ノーコメント」

「あ、逃げたなお前」

「春風個人の問題だ。あるいは、単に従兄弟か誰かと歩いてるだけなのかもしれないし。大体、俺が気にしたって、どうしようもねぇだろ……」

 と、口にしたものの。

(……本当にそうか?)

 疑問は、晴れていない。確かに前にも、彼女に彼氏ができたという騒ぎが起こった。結局それは立ち消えたのだが、その時の相手はせいぜい中学生だ。しかし今度は……少々、いやかなり勝手が違う。

 恋愛に年齢差なんて関係ない、などという言葉は「大人になってから」通用するものだ。いや、少しでも現実に眼を向ければ、そこには何らかの別の理由が存在する、と考えるのが自然だろう。

 それすらわからなかったのだろうか、あの少女は。そこまで無知だとは思っていなかったが……

「…………決めた」

 と。いきなり少女が口を開いた。嫌な予感に、まさるに警戒心が走る。

「あいつら、ちょっと()けてみる」

「……は?」

「だって、何か面白そうじゃん。じゃあな」

 そう言い残し、駆け出した。今から走れば、追いつける程度の距離だ。

 そんな彼女の無軌道な言動に、まさるは軽く頭を抱えた。思い出すのは、先の彼女の言葉。この街の――美空町の空気がヘンだという指摘には、彼にもうなずけた。この街の人間ではない――と思われる――彼女だからこそ、感じ取れたのだろう。

 そしてそれは、この街の空気から一歩引いた、アウトサイダー的な位置にいる自分にとっても同様だ。

 何かが、ヘンなのだ。

 具体的にはさっぱりわからない。しかし、ヘンなのだ。

 街も、クラスも、あのお節介な連中も、何もかもが。

 その原因が、もしあのお節介なお団子頭の少女の奇行に、あるのだとしたら……?

「ったく、メンド(くせ)ぇなぁ……」

 ため息をついて、彼はトランペットをケースにしまった。それをしっかりと抱えると、

「……待てよ! しょーがねえから、俺も付き合ってやる」

 すぐさま、彼女を追いかけた。その少女を、自分の姉か何だかと勘違いした級友たちの推察も、無理はないものだったという実感と共に。そして、あのお団子頭の級友を追いかける口実ができたことに対する、安堵を押し殺して。



     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 同じ頃、美空小の4年2組の教室にて。

「……ありがとう、玉木さん。こんな時間まで」

 その少年は、待ち合わせの時間通りにやってきた。

 時刻は、午後0時半。下校時間は、既に過ぎていた。

 児童のほとんどが下校を終え、あと1時間でサッカー部の昼練がグラウンドで始まろうかという時刻だ。無論、校舎内でも各部、各クラブの練習のため、一度帰宅し昼食を食べ終えた後、早くも戻ってきた熱心な上級生の姿も、ちらほらあった。

 が、美空小では部活動やクラブに入るのは5年になってからが普通だ。4年生である彼らが校舎内にいることは、滅多にない。

 まして、まだ1時にも満たないこの時刻では、部員もやっと集まり始めたというところである。

「……で、何ですの? 相談というのは」

 声をかけてきた級友に、真剣味の欠けた表情で返答したのは、腰まで届く長い金髪の先を大きくカールでまとめた少女だった。

 下の名前は、麗香。隣のクラスでも有名な、自信過剰な女子である。その高慢な態度も、高圧的な高笑いも、今は彼女の中に抑えられている――いや、この最近、と言ったほうが正しいか。

「それが、春風さんのことなんだけど――」

「は?」

 目の前の席に座った級友の言葉に、麗香は思い切り首を傾げた。

「どうしてわたくしに、春風さんのことを聞きますの? 確かに最近ずっと、様子がおかしいみたいですけど。全く、ケンカなら一週間前藤原さんとしてたはずなのに、節操のない方々ですわ。でも、それだったら、妹尾さんや瀬川さんにお聞きになったほうがいいんじゃありませんこと?」

「そりゃあ、僕だって相談したいけど――みんな、色々忙しいみたいだから。あのお店のこともあるし、赤ちゃんのことだってあるし。それに本来こういったことは、学級委員である僕たちが何とかすることだと思うんだ」

「ふぅん、学級委員だから――ねぇ」

 真剣な表情で言ってくる彼に、麗香は頬杖をつき、やはりやる気なさげにうめく。

 学級委員。確かに、彼は学級委員だった。一年前、副学級委員から昇格したのだ。それも――

「3年の2学期、わたくしに2対27で圧倒的な票差をつけて当選したあなたが、その圧倒的な支持率に応えるために点を稼ごうと」

「…………そんな言い方やめてよ。正直、まだ気にしてるんだから。いくら何でも――」

 言葉を濁したその級友――宮本まさはるの、その様子を見て麗香は心中でため息をついた。この彼は、全く変わっていない。

 これといって特徴もなく、何をやっても二番目。そんな彼が、どれみたちMAHO堂三人組(当時)の助力のもと、学級委員選挙に立候補したのが、その3年の2学期のことだった。二期連続当選を目指していた自分と、どれみたち。対立がエスカレートする中、まさはるのとった行動とは――立候補の取りやめであった。

 自分たちが騒動を起こし、クラスの和を乱すなら、自分から争う理由をなくそうというのである。

 だが結局、そのまさはるの行動はクラスで評価され、27対2というあんまりの開票結果が出、当選した。

 それ以来、学級委員は彼が担当し、麗香は副学級委員の座に甘んじていた。人一倍目立ちたがり屋である彼女にとって、これはずっと屈辱だった、が。

 どうやらこの彼は、その時の圧倒的な大差すら、気にしていたようだった。

 その考えすぎとも思える優しさに触れ――うっとうしがりつつ、麗香は言う。

「――とにかく! 春風さんたちとはとぉぉっても仲の悪いわたくしに、春風さんのことを聞くこと自体、間違ってますわ。そんなに気になるなら、むしろわたくしが関わらないほうがスムーズに解決できるんじゃありません?」

「……そうかな」

「当たり前ですわ」

「僕には、玉木さんも春風さんも、実はとても仲が良さそうに見えるんだけど」

「ええっ!?」

 席から飛ぶように立ち上がって、麗香は叫ぶ。

 その指摘は、全くの予想外だった――彼女にとっては。何を言っているのか、わからなかった。

 わからなかった……はずなのに、何故か顔が赤くなる。何故か。

「何を言ってるんですのっ、あなたは!?」

「だって、ほら――例えばさっき言ってた、春風さんと藤原さんのケンカの時でもさ。実は僕、あの後関先生に相談したんだけど、大丈夫だからそっとしておいてやれ、って先生は言ってたんだ。それで次の日には、二人共すぐに仲直りしてた……」

「つまり、『ケンカするほど仲がいい』とおっしゃりたいの? それはそうかもしれませんけど、だからってそれをわたくしと春風さんに当てはめなくても――」

「まあ、いいか」

「よくありませんわよ!」

 全力で否定する麗香を無視して、まさはるは言う。

「でも…………今度の喧嘩は、そういうケンカとはちょっと違うような気がするんだ」

 その言葉に、麗香は口をつぐんだ。それは彼女自身、感じていたことだったから。

 あまりの険悪なムードに、からかう気にもなれなかった。それほど、今回の彼女たちの喧嘩は重々しかった。そしてその物々しい空気は、いつしかクラス全体へと移っていった。

 だからこそ……何とかしたいのだろう。前に出ようとしない分、ある意味どれみたちよりもお節介な、この学級委員は。麗香は静かに席に着き、つぶやいた。

「…………そうかも……しれませんわね」

「クラスのみんなも、元気がなくなっちゃったし……もちろん、玉木さんも」

「わたくしが?」

 再び首を傾げる麗香に、まさはるはきっぱりと断言した。

「今週に入って、一回も玉木さんの高笑い聞いてないから」

 しばし、気まずい沈黙――

「あの…………あなた、いちいち数えてらしたの?」

「いや、そこまでは――でも、やっぱり変だと思って。気づいたのは昨日だけど……それに、これまでの会話の中で、いつもの玉木さんだったら僕の意見に対して、笑いながら否定しているはずだと思うし――」

(う…………)

 動かぬ証拠を突きつけられ、麗香は胸中で呻いた。まさはる本人に自覚はなさげだが、確かに彼の言う通りだ。

 いつもの自分なら、「そんなはずありませんわホーッホッホ」とか何とか言っているはずだった。が、その発想すらなかったのだ。それも、ここ最近ずっと。やる気がなかったというか、笑う気も起きなかったというか。

 そして、それはおそらく、自分だけではない。島倉かおりという学年新聞の記者は、いつも撮って撮って撮りまくっているはずのカメラのフラッシュを、クラス内で光らせることもなくなった。授業中を問わず活動している「SOSトリオ」というサッブいお笑い集団の放つギャグも少なくなり、今日はとうとう一度もギャグを聞かなかった――それはそれでいいことかもしれないが――。ヒーローオタクの男子も、怪獣オタクの男子も、女子プロファンの女子も、ホラ吹きで空想好きの女子も、普段からは想像できないくらい静かなものだった。

「とにかく――このままじゃ駄目だと思う。別に全ての責任を春風さんに押しつけたいわけじゃないけど……春風さんの様子がおかしいんだったら、何とかしたい。悩みがあるんだったら、できる限り助けてあげたい。それで、春風さんにいつもの笑顔が戻ったら、それがみんなに伝わって、クラスも元通りになるんじゃないか――そんな気がするんだ」

「つまり、去年あなたの選挙運動に協力してくれた、春風さんに恩返ししたいと」

「それもなくはないけど……それに『恩返し』だったら、したいのはきっと、僕だけじゃない」

「え?」

「でも、理由なんてどうでもいいんだ。僕が、何とかしたいだけなんだから。とりあえずこの後一度家に帰ったら、すぐに春風さんの家に行ってみるけど――玉木さんも来てみない?」

「わたくしが?」

 まだ彼は諦めていないらしい――麗香はうんざりしながら、彼をどうやって説得すればいいか考えていた。

 すなわち、自分とどれみの仲が本当に悪いということを、どのようにしてわからせればいいのか、ということを。

 自分が出ていけば、事態は余計混乱を窮めるだけだ。麗香には、どう考えても、そうとしか思えなかったのだ。

「……今日の3時ちょうどに、行ってみようと思う。もちろん、強制はしないけど――それじゃ、どうもありがとう」

「ちょ、ちょっと!」

 言い残し、教室から帰ろうとする級友に、麗香は訳が分からず呼び止めた――自分勝手にも程がある。

「…………何?」

 ――が。いざ彼が止まったら、何を言えばいいのか分からない。困惑した頭の中から、何か適当な言葉でもないかと慌てて探し出す。で、見つかったのは担任の名前。

「だったら関先生にも相談したほうが、よろしいんじゃありませんこと!? わたくしよりは、よっぽど――」

「言ったよね、玉木さん」

 しかしまさはるは、こう言い残すのみだった。

「『学級委員は、実行力と行動力』だって――」

「……え?」

 それは確かに、去年の2学期の学級委員選挙の時、彼女自身が言っていた演説だった。

 そしてそのまま、教室を去る。

 ドアを閉じた音が響き渡ると同時に、とうとう誰もいなくなった教室。独り取り残された麗香は、級友の言っていた言葉、一つ一つをかみしめながら――

「………………え?」

 それでもさっぱり訳が分からないまま、席から動こうとしなかった。呆然としている彼女の耳には美空小独特のチャイムと、それに併せて外のサッカー部の練習――気の早い部員の自由練習だろう――の声が入ってきていた。まぁそうでなくとも、まさはるが席を立つと慌てて廊下から去っていった、二人の教師の存在には気づかなかっただろうが。



     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 その日の練習は、やけに長かった――原因は二つ。

 一つは、自分にやる気が全くなかったということ。時間の流れは、常に一定とは限らない――主観的な見方をすれば、それは緩急自在だった。嘘だと思うなら、感情が(たかぶ)っている時に時計の秒針を見てみればいい。楽しい時は早く、つまらないときは遅く見えるだろう。自分勝手な気のせい以外の何物でもないが、そう感じられるのだから仕方がない。少なくとも今日の彼には、そうとしか思えなかった。

 さてもう一つの原因は、残って片付けを命じられたこと。集中力が欠けミスも多かったのだから、周りの立腹も、この仕置きも当然といったところだった。

 で。彼――小竹哲也は今、グラウンドに転がったサッカーボールを集め……ていなかった。不機嫌そうに蹴りつけては、散らかしまくっている。

 よって、転がっているのは彼のせいだった――というより、全部彼が散らかしてるのである。つまりそれは、彼ではない誰かがボールを集めてやっていた、ということである。

「…………お前な。大概にしとけよ」

 半眼でつぶやく男子――木村たかおが、その主だった。いや、正確には違う。

「こうじもいい加減呆れて帰っちまったし――その辺でやめとけって」

「じゃあ、お前も帰れよ」

 そう吐き捨てる親友に、木村はため息をついた。ちなみに「こうじ」というのは、同じ4年生のサッカー部の友達だった。クラスこそ違うが、三人で行動することもあった。彼もまた、残された小竹につき合ってやっていたのだが――もう帰ってしまっている。

 無理もないことだった。1組にも噂なら流れているだろうが、実際にその空気を味わったわけではない。現在の2組に、何が起こっているのか――その実態は、彼には悪いが2組の人間にしか計り知れないだろう。

 もっとも木村とて、この騒動の原因はわからなかったが。だがとりあえず、この不機嫌と不愉快がタッグを組んで並んで歩いているような状態の親友のことなら、わかる。

「……グチだったら、いくらでも聞いてやるけどな。せめて練習くらいはきちんとやってくれよ」

「別にグチる気も起きねえよ」

「……………こいつは」

 小さくうめく木村。何とか(いきどお)りを収めつつ、口を開く。こうなれば、ストレートに言うしかなかろう。何せ、親友がこんな状態になってしまった要因なら、一撃で分かる。

「春風のことだったら、どうせまたすぐ――」

 小竹の反応は早かった。文字通り。恐ろしいほど。

「てめ……っ!」

 吐き出された感情と共に、いきなり自分の胸倉をつかんできた親友のその行動に対し、木村はやけに自分の精神が対照的に落ち着いてくるのを感じ、その意外さに疑問を感じていた――まるで、こんなことすらどうでもいいと感じているように。それこそ、やる気をなくすかのように。

 だが彼はそれを逆手にとって、冷静でいる自分自身を利用してやろうと思った。それで目の前の親友を少しでも落ち着けさせられるなら、それでもいいと思ったのだ。

「…………まさるの真似のつもりか? やめとけ、全然似合ってねえぞ」

「うるせェ! お前に何が分かる!? そりゃお前には小泉が――」

 木村の反応は早かった。文字通り。恐ろしいほど。

「待てコラ! 何でそこで小泉(あいつ)が出てくんだよ!?」

 いきなり自分の胸倉をつかんできた親友のその行動に対し、小竹はやけに自分の精神が対照的に落ち着いてくる……ことはなかった。さすがに。

「何言ってんだ! どうせここに残ったのだって、今日園芸部がミーティングしてるからついでに一緒に帰ろうとしてるつもりだったからだろ!?」

「…………え? そうなのか?」

 その親友の、余りに配慮に欠けた自分勝手な主張に対し、しかし木村は本気で意外そうな顔をして、続けた。ユニフォームの襟元をつかみ返していた木村の手が、自然に力なく離れていく。その手の行き先は、頭の後ろだった。後頭部をかきつつ、つぶやく。

「参ったな…………あいつ、また(・・)待ってなきゃいいけど。送ってかなきゃ――」

「いや…………マジでもう帰れ。バカップル」

 手を離し、半眼でつぶやく小竹の主張は、今度はどこの誰が聞いても正当性のあるものだったと断言できるだろう。いや、マジで。

「――なっ! そういう意味じゃねえよ! そろそろ暗くなる頃だし……」

「へえへえ、わかったよ。俺もすぐ帰るから。……悪かったな」

「…………おぅ」

 いまいち釈然としないものを感じつつ、木村も折れた。節々に納得の行かない部分こそあったが、どうやら小竹は落ち着いたようだ。何故か。

 でもまぁ、落ち着いたのならそんなことはどうでもいいような気がして――でもやっぱり、もし本当に小泉を待たせてたらそれはそれで悪いことしてるなとか考えつつ――、木村もボール集めに加わった。

 と。小竹が不意に立ち止まった。何かを落としたらしい。振り返ってみると。

「……ん? 確かそれ、春風が作ったっていう…………………………………………………………………………」

 小竹の拾いあげたそれは、不格好な……その、ええと、何というか、変わったというか……どうやって作ったのかは知らないが、まぁアクセサリーに見えるような見えないような、そんな造形の物体だった。

「……ああ」

 とてもじゃないが「アクセサリー」と明言できないその物体の名称を、何と言えばいいか言葉を必死で選んでいた木村をよそに、そっけなく答える小竹だった。しかし、その、ええと、何というか――略してアクセサリーっぽい物体は、彼にしては珍しいくらい丁寧に、ズボンのポケットへとしまわれていった。

「ひょっとして毎日毎日、肌身離さず持ち歩いてんのか?」

「なっ!?!? ん、んなわけねぇだろ……たまたまだよ、たまたま!」

「ホントかぁ? ったく、何気に健気っつーか、微笑(ほほえ)ましいっつーか」

「一年前小泉にもらったデイジーの花、どうしてんだっけ」

「ああ、もちろん今も押し花にしてしおりとして――って、何言わせんだよっ!!」

「…………なあ、俺の個人的事情は抜きにして、ブッ飛ばしていいか?」

 半眼で言いつつも、小竹にンな気はこれっぽっちもなかった。いや、勝手にやってろって意味でなくて、楽しそうならいいということだ。この今のクラスの状況下で、いつも通りやってるんだから大したもんである。素直にそう感じていた。

 まぁ意訳に意訳を重ねれば、「地獄に堕ちろバカップル」という一文で片付けられないこともないのだが。

 で、真っ赤になりながら、いまだに何やら言い訳めいた言葉を述べ続ける親友を完璧に無視して、小竹は後片付けを再開した。彼は思う。木村に言った言葉に嘘はなかった――半分だけ。さすがに毎日は持ってきていないが、テスト前とか試合前とか、ここぞという時にはいつもそれを隠し持つのが、彼の習慣となりつつあった。実は何回も壊れているのだが、必死に修復していたりする。

 そして……今週に入って。2組が最悪の状態になってからというものの、彼は本当に肌身離さず持ち歩くようになった。

 一年前、どれみたち三人(当時)が、MAHO堂の手伝いを始めるようになったばかりの頃……まだ、アクセサリーショップだった頃だ。

 どれみのアクセサリー――「魔法グッズ」というのが正式名称らしいが――を持っていたことで、つぶれた工場でこっそり飼っていた小犬を、家で飼えるようになった。根拠は全くないが、そんな気がしたのだ。そうそう、その過程の中で廃工場の大穴に落ちてしまった時も、崩れてきたドラム缶を伝って上がって助かった、なんてこともあった。

 もちろん、それは偶然でしかない。

 だがそんな偶然が、あの不格好なアクセサリーっぽい物体を手にしてから、続き出したような気がするのだ。単なるジンクスなのかもしれない。そう思い込んでいるだけなのかもしれない。だが、そう割り切ってしまえるほど、彼はマセてはいない。その辺り、子供らしいと言えた。

 しかし子供であろうと、信じる心そのものに偽りはない。そして、例え思い込みだろうとなんだろうと、今のクラスの状態が何とかなるのなら、何とかしてほしい。そう思って、持ち歩いていたのだ。

(誰でもいいから……あいつを、あいつらを、助けてやってくれ――)

 そんな願いを込める。彼の危機を何度も救った、そのアクセサリーっぽいものに。

 いや形状がどんなものだろうと、どれだけボロボロだろうと、それは彼にとっては間違いなく「お守り」たり得るのだ。だが、決定的に違っていたのは――



 ……本当に、「小泉」は待っていた。

「……………………マジかよ、おい」

 最後まで小竹につき合うつもりの木村だったが、小竹に「もう大丈夫」と言われ、独りにさせてやろうとして先に帰り、校門まで歩いてきたら……こーなってたのである。

「あはは……ごめんなさい。ちょっと、お話したくて」

 テレつつもその女子は――小泉まりなは、しっかりと木村の横についた。前髪一直線、と言ったのは誰だったか――まあ矢田まさるなのだが――、おしとやかというかおとなしめの外見である。そして、中身も。

 特技は早起きだけとかはづきに言っていたらしいが、それだけでも充分凄いと、木村は思い直していた。自分もサッカー部の朝練には行くが、それは自発的にやっているわけではない。だが今の彼女は、ただ好きだからという理由で早起きし、校内の花壇の手入れをし、教室の花の世話をしあまつさえ掃除までしていた。

 一年前それを「点取り虫」と称したのは、自分自身だ。その事件以来……なのだろう。自分たちに色んなつき合いが――いやヘンな意味でなくて――始まったのは。

 ――木村と小泉。客観的に断言させてもらえば、ほぼクラス公認の仲の二人であった。ヘンな意味でなくてどんなつき合いなんだという話である。てなわけで、認めてないのは木村本人だけという(うらや)ましい限りの二人なのである。

 もちろん、その「カップル」という単語には「バ」という接頭語(?)がつく。

「クラスじゃ、ゆっくり話できそうもないし…………」

 確かに、そうだった。たとえ花壇(かだん)とかにいたとしても、クラスの誰かに見つかったりするし。

 だが、既に落ちかかっていた夕日に照らされた彼女の暗い表情は、そんな楽しげな風景――からかわれる側にとっては、ハタ迷惑以外の何物でもないが――が原因となって話ができない、という意味で言ったのではないことを、何よりも物語っていた。

 そんなまりなの表情を見つつ、網に入れたボールを抱えた木村はちょっと回想に浸ったりした。自分も、MAHO堂の三人――現在は四人――に世話になったことがある。グッズ一個と、デイジーの花一輪――そこまで思い出して、いきなり木村は赤面した。

 何のために、というか誰のために買ったのかを思い出したのだ。

「……木村くん?」

「な、何だよ何でもねえよっ」

「え……?」

「い、いや、そうじゃなくて――(わり)ぃ。で、話ってのは何なんだよ?」

 勝手に動揺して、勝手に怒鳴って、勝手に謝る木村の様子を不思議がりつつも、まりなは口を開いた。

 実は、これといった相談など、なかった。

 だが――寂しかったのだ。会話をする相手が、クラスにいなくて。早起き仲間(?)のはづきすら、どれみなどのフォローをするのに苦心していて疲れているようだったし、他の話し相手も見つからなかったのである。

「木村くんは……どう思う? どれみちゃんのこと――」

「はっ!? だ、だって小竹の奴のこともあるし、俺はそもそも」

「…………え、何のこと? さっきから変だよ……ひょっとして、調子悪いの?」

「あ!? あああああ、違うのか。そりゃそうだよな、ハハハ」

 バカ丸出しの木村であった。というか、「そもそも」の後にどんな言葉を続けようとしたのか、是非知りたいもんである。

 深呼吸一つして、木村は表情を引き締めた。そう、違う。そんな――どんなだか――問題ではない。真面目な問題なのだ。太めの眉をきりりと上げて――しかしそれでも、彼女の緊張を和らげるために、軽い調子で口に出す。さっき、小竹に言いかけていたことを。

「……どーせそのうち、すぐにフラれんだろ。去年も似たようなことあったし」

 おんぷが転校してきて、間もなくだったか。ちょうど今週のように、どれみに彼氏ができたという話がクラスで飛びかった。しかも相手は、同じクラスの樋口まきの兄である中学生の秀三。だがまきの話では、兄にはつき合っている相手がいるとのこと。というわけで、騒動が騒動を呼んで大騒ぎとなったのである。

 結局うやむやの中で――悪霊が原因だとか何だとか――、誤解とか勘違いとかそういう話になった……気がする。自分で思い返してもさっぱり訳の分からない事件であったが、とりあえず印象的だったのは終始不機嫌だった親友の姿だった。ああ、あと何故かおんぷの言動に、注意を向けていたはづきとあいこってのもあった。

「それで春風が『世界一不幸〜』とか言って、みんな笑って元通り、一件落着――ってのが一番理想的なんだけどな」

 どれみにとっては落着でも何でもない気もするが、まぁそれで元の(さや)に納まるなら、確かにクラスにとっては理想的ではある。誰より安堵(あんど)するのは、やっぱり小竹であろうが。

「そうかな。そうだといいんだけど…………」

 だが、疑問を(てい)したまりなの態度も、道理にかなっている。

 まず。どれみはその「彼氏」の存在を認めただけで、具体的な人となり、年齢、出身といったあらゆる情報を公開していなかった。しかも、親友たるはづき、あいこ、おんぷにすら。しかし、かといって――

「全部春風のついた嘘でした――ってのは、絶対あり得ねえしな」

「うん」

 それは間違いなかった。はづきたちだけでなく、クラス全員が思っていることだろう。

「あいつは、そんな奴じゃない」

 断言する。照れも動揺もせず――一切の迷いなく。誇張でも過大評価でも何でもなく、本心から、木村はそう思っていた。

 もちろん、まりなも。

「でも……だからこそ、ぎくしゃくしちまってるんだよな」

 つまり、「どれみが嘘をつけるような人間ではない」ということを皆がわかっているからこそ、「どれみがその彼氏のことを紹介しない」ことへの不自然さが際立って、混乱してしまっているのだ。

 そして、その紹介しない理由は誰にも分からないのだから、なおさらということだ。

「ねえ……木村くん」

 まりなは、木村の目をまっすぐに見つめて――言葉を紡いだ。か細く。たった一言を。

「私たちに、できることってないのかな」


→続き<2/3>

公開日:2003年07月08日