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     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「…………見ろ、マジク」

「…………はい、お師様」

「…………食事だ」

「…………そうですね、お師様」

「…………俺は今――この世に生を受けて初めて――『生きる喜び』というものを、感じているのかもしれない」

「…………お師様ぁ!!」

「…………そうだ、きっとこれが――夢にまで見た、そして触れることすら叶わなかった……理解することすら許されなかった……『生きる喜び』なんだ!!!!」

「…………はい! お師様!!」

「いや、何言うてはりますの」

 残念なことだが、あいこのツッコミはこの時ばかりはこの二人の耳に入る余裕はない。

 目の前のテーブルに広がる、家庭的だが見事な、そして――普通の(・・・)食事。

 そう、普通の食事。普通。当たり前の献立に、当たり前の外観に、当たり前の味付け。こちらの世界の食事など、オーフェンすら食したことはない。だが、(ほお)を伝う感涙をいまだ止めるに至れないオーフェンにも、同じくマジクにも、見ればわかる。見れば。

 その得体の知れない――程ではないが、確かに食べ方のわからないメニューはちらほらある――食事が、よく食わされている某じゃじゃ馬の某一撃必殺料理、いや凶器とは全く違った、体にも心にもいい美味しい食事であることは。

 そう――彼らは、閉店したMAHO堂2階のロフトのマジョリカたちの部屋を借りて、早めの夕食を頂戴(ちょうだい)しているところだったのだ。

「あれ? クリーオウさんは料理されないんですか? やっぱり違う世界だと――」

「ううん、作ってるわよ。それと、さっきも言ったけど、わたしのことは『クリーオウ』って呼んでくれていいからね、はづき」

「やめるんだっ、クリーオウ!!」

 はい、ごめんなさい、と返答したはづきをよそに、オーフェンが叫ぶ。慌てて。

「俺たちの先人が悠久の時間をかけて創り上げた文化というものに対し、致命的な誤解を与えかねない言動は――」

「わーわーわー!! 何でも、何でもないんです!!」

 うかつにも、本音を思わずつぶやいていた師の口をマジクがふさいだ。

「せやけど、ホンマに助かりましたわ。ちょうど人手が足らなくて」

 何だか気まずくなりそうだった空気を正すべく、口を開いたのはあいこだった。オーバーオールの上にエプロンを羽織って、今しがた自分の作った料理を持ってくる。

 何でもこの少女は、家の家事をほぼ自分だけでこなしているらしい。この世界――いやこの国では、家事は保護者たる両親がほぼ全てを担うのが一般的のようなので、これは確かに凄いことだ。色々と事情があるようだが、そこはオーフェンも聞かないでおいた。必要以上に、彼女たちのことに首を突っ込むことは避けたい。何より、迷惑なのは彼女たちだからだ。

「こんな働きもんの皆さんに手伝ってもらえるなんて、恐縮ですわ。遠慮せんと、存分に食べてってくださいね」

 流暢(りゅうちょう)(なまり)の口調――「関西弁」と言うらしい――の少女の屈託のない笑顔、そして気づかいに、オーフェンは先の第一印象を即座に撤回した。彼女が本気で謝っていたように、あの口論は本当に口が滑っただけなのだろう。

 気は強いが、それ以上に気立てのよい優しい少女が、あいこだった。

 まあ第一印象云々は、会っていきなり九歳の子供を三回蹴りつけ一回殴り飛ばした自分のほうが、よっぽど悪いのだろうが。

 ……そう。あの後、唖然としていた三人にオーフェンは事情を簡単に説明し、買い出しを済ませMAHO堂に戻った。

 その後自己紹介もそこそこに済ませて、フラワーガーデンMAHO堂は開店したのだった。

 無論アルバイトたるオーフェンたち三人も、必死で働いた。普通にしていれば美形のクリーオウ、マジクは、新人の売り子として活躍していたようだし、オーフェンは専ら力仕事だったが、何故か一部の成人女性の話題を集めていた。どういうわけでそーなったのかは、その場にいる店員の誰もが知らなかったが。

「ああ、すまねえな……だが、家のほうは大丈夫か? もう夕方だぞ?」

「気にせんといて下さい、あたしが作りたいだけなんやから……それに、今日はお父ちゃん――家族のもんが夜勤で、誰もいてませんしね」

「そういうわけにもいかねえだろ。片付けは俺たちでやるから、食べ終わったら俺が送ってくよ」

「……おおきに。すみませんね、何から何まで」

「ってことは――これ全部、ぼくが片付けるってことですね……」

 ペコリと礼をするあいこに続いて、師の言葉の底意を察したマジクがボヤく。ま、いつものことだ。

「…………でも」

 はづきが口を開いた。かすかに気を落としているようにも見える、微妙な表情で。

「魔女界とも違う世界から来たっていうのに、ほとんど変わりないんですね、私たちと」

「そうでもないさ」

 返答してオーフェンは、しかしどう説明したものか迷っていた。

 文化、政治、思想――例を挙げれば切りがないし、かといって、共通する部分だってそれなりに多い。

 しかも、相手は仮にも九歳児だ。自分たちの住む世界の知識自体、どこまで理解できているかだって、わからない。

 ならば、彼女たちにとって一番分かりやすい例を挙げるしかないだろう。そう、《魔女見習い》である彼女たちにとって、すぐにわかる例を。

「ところでお前ら――」

 刹那(せつな)、マジクがいきなり立ち上がった。あわあわと身体を震わし、こちらを見据える。

 クリーオウの椅子の近くの床で寝そべっていたレキ――ご飯を食べない種族であることは説明してあった――も、ひょっこり起き上がる。

 そんな彼らをよそに、オーフェンはばっと両手を広げ、自分の格好を示す。

「学校に行くまで、どうも俺は住民に避けられてたみたいなんだが――やっぱりこの格好がまずかったのか? クリーオウや私服に着替えてたマジクは普通に接客できてたから、こいつらの服装は問題なかったみたいだが……」

 補足。見習い魔術士であるマジクもまた、師を真似た黒づくめの格好をしているが――おまけに黒マントまでしていた。さすがにこれはこちらにきてからすぐに脱いだが――、売り子をやるのにそれはまずかろうということで、水色のパーカーを着ていた。ついでにクリーオウのほうも、いつものシャツにジーンズという出で立ちから、黄色のワンピースに着替えたりしてた。何故か。

「それ以前の問題でしょ。オーフェンの場合」

 クリーオウの意見はとりあえずさておいて、お手伝い――魔女見習いたちのほうを注視していると、まずはづきが少し悩むように言った。

「…………いえ、別に?」

「いいんだ。遠慮せずに答えてもらって構わない」

 とは言うものの――オーフェンは、彼女が「遠慮」して答えに窮したわけではない、と見抜いていた。

 彼女の眼を見れば、わかる。その丸い眼鏡の向こうに見える、自分たちへの奇異の視線。それは今なお、消えていない。冷静な判断は、彼女には期待しないほうがいいだろう――と、こっそり結論づけた。

「じゃあ目付きね。目付き。まるっきりヤクザみたいな目付きを、まず何とか――ん? どうかした、レキ。やっぱりオーフェンのやぶ睨みが怖いの?」

 何故か慌てるように、足をよじ登ってクリーオウの前までやってきたレキの様子に、クリーオウが首を傾げた。そのレキは、オーフェンのほうを向いてうなり声を上げている。警戒心丸出しであったが、その理由はクリーオウには分からずにいた。

「……そやね。黒革のジャケットなら、まぁ見なくはないし。全部が全部黒で統一してるから、ってのもあるんやろうけど――どっちかって言うたら、そのバンダナが原因とちゃいます? あとは、やけに頑丈そうなブーツとか……」

「そういうもんなのか。ありがとう、参考になった」

 その返答には偽りがなかった。礼の気持ちにも。付近の住民の格好をそれとなく観察した上で出した彼の結論とは大差なかったが、やはり実際にその世界に住んでいる者の忌憚(きたん)なき意見は、やはり貴重だし確信も持てる。得られただけでありがたかった。

 それはそれで有意義な問答だったが、実はオーフェンの本意は別のところにあった。

 それを踏まえて、彼は魔女見習いたちを見つめた。はづき、あいこは気づいていない。それはいい。それを予定しての行動だった。

 が――

 ちらりと横目で、最後の一人の姿を見た。その少女は積極的に会話に参加する気はないのか――それでもはづきと共に配膳を手伝ってはいたが――、自分たちを遠巻きに眺めていた。もともと個人行動の多い性格だということは、ララから聞かされてはいた。このMAHO堂を手伝うようになったのも、店替えをしてからのことらしい。それまではマジョリカとは違う師のもとで、魔女見習いをやっていたのだという。

 そのせいなのか、または彼女の元々の性格的なものからなのか――それは分からない。完全に溶け込め切れていない、というわけでもないようだ。しかし、ちょうど今のように一歩引いた位置で皆を見つめるのが、この五人目の「おジャ魔女」たる彼女のポジションであることは間違いないようだった。

 その少女は――まだ、会話に加わろうとしていなかった。そればかりではなく、逆に距離を取ろうとしているようにも見えた……まるで、こちらの真意に気づいたかのように。

(こいつ…………まさか?)

 次の瞬間、目が合う。するとオーフェンは、その紫色の瞳に自分の瞳が重なったような錯覚を覚えた。

 思考が、一瞬ブレる。吸い込まれるような瞳。ディープ・ドラゴンの暗黒魔術――「視線」によって発動するその魔術を、彼は何度となく受けていた。死の縁にさらされたこともある。精神攻撃によって人格全てを破壊され、廃人にされた。それだけで済んですぐ治療できたのは、ひとえに彼の《牙の塔》での精神制御の訓練の賜物(たまもの)だった。

 ふと――彼は気づいた。何故そんなことを思い出したのかを。

 理由は簡単だ。彼は今、反射的に、その精神制御を行っていたのだ。

 ならば彼の精神は、一体何に対して反射したのか――それを確認すると、彼は胸中で毒づいた。馬鹿馬鹿しい。こんな子供に、何を恐れる? 

 その原因たる、当の少女は――微笑していた(・・・・・・)。先の写真よりずっと精巧に作られた、彼女独特の笑顔。それは人形のようであり、それでいて自身の意思の光は強すぎるくらい瞳に浮かんでいる。全てが計算づくの、笑顔。わざとらしく媚びるわけでもなく、かといって自然に浮かんだ笑顔でもない。

 そんな笑顔を見て彼は、自分が思いの外動揺していたことを、背を流れる冷汗で悟った。

 先のララの説明が、頭によぎる。彼女の職業――理解するには少々の時間を要したが、何とか把握できていた。それから考えれば、納得もいく。

 つまり彼女は――これ(・・)が職業なのだ。

 ディープ・ドラゴンが精神に干渉する魔術を扱うが如く、彼女はあらゆる大衆の精神に入り込み、魅了する――特殊な能力(タレント)

「……で、何してますの、マジクさん」

 意識をテーブルに戻す。あいこに呼ばれた弟子は、椅子から立ち上がって後退りしながらとうとう隣の部屋――ルーフガーデンまで逃げ込んでいた。閉めかけたドアの隙間から顔だけを出し、びくびくと戦慄(せんりつ)し続けていた。

 ふと見ると、彼が防御の魔術の構成を編んでいることに気づき、オーフェンは苦笑した。危険意識が上がっているのはいいのだが、現在のこの状況下で一番危険視しなければならない相手に対しては、注意の一つも払ってはいない。仮に採点をするならば、ものの見事に赤点だった。

「な――何考えてるんですか、お師様っ!!」

 あいこの言葉を無視して、マジクはオーフェンに叫んだ。とりあえず危険が去ったことを察し、彼のほうも魔術の構成を解いていた。

「…………え?」

「何や? 何があったんや?」

 その言動の意味がさっぱりわからない――まあこちらのほうが当たり前だが――はづきとあいこをよそに、オーフェンは再びその少女に――おんぷのほうに向き直り、問う。

「お前は……どこまで気づいてた?」

「…………いいえ。ただ、マジクさんやレキがあなたを恐れ始めたのを見て、あなたが何かをしようとしていることならわかったけど」

 涼しい顔で言ってくる。が、オーフェンはそれすら演技かもしれないと訝った――そもそもこの彼女の発する全ての言葉は、何かの劇の台詞であるかのような、これもまた計算づくであるかのようなものだらけであった。感情を極力抑えた、台詞。

(ひょっとすると……こいつにとっては、日常全てが演技なんじゃねえのか?)

 それ自体、珍しいことではない。誰かに望まれる姿としての、自分。それを演じることなら、誰しも経験があるはずだ。それもまた自分自身の姿の一部なのだ、と割り切ることができれば――諦めることができれば、「社会」というものに適合することができる。しかし、その諦観をもって自分自身を眺めることができない者は――すなわち自分のようなはぐれ者になる。

 だが少なくとも、オーフェン≠ノは、決して諦めることのできないものが、あった。

『社会だとか責任だとか。そんなことより、やらなけりゃならないことが俺にはあるからな』

 そんな台詞を言ったのは、いつだったか。

 だが、クリーオウに会う前ということなら、わかる。

 その頃の自分は、その「やらなければならないこと」を果たす上で、最善の策が何であったのかを、冷静に判断できていなかった。自分がそのために引き起こした行動によってどれだけの人を傷つけたのかを、まだ知らなかった――それこそ、自分が今何を起こしていたのか見当もついていないこの魔女見習いたちのように、何もわからないまま、追い求め続けていたのである。

「……まあ、70点だな。多少のひいき目はあるが、そこまでわかれば上出来だ」

 少なくとも、あのバカ弟子よりは判断能力がある――そのことが自分のことのように情けない面持ちになって、オーフェンは種明かしを始めた。

「つまりだな。俺はついさっきまで、この部屋全てを吹き飛ばす威力を持った魔術を発動しかけていた」

(ま……あのガキの――おんぷの表情に気を取られて、構成を解いちまったがな)

 さらりと言い切って、胸中でも少々付け加える。彼女たちに、自分が発した言葉の意味を飲み込ませる時間を作るつもりで。そして彼女たちが取り乱す前に、新たな問いを提示する。

「気づかなかっただろ? 当たり前のことだが――こういうことさ。お前たちの使う《魔法》という能力とは、全くの別モンということだ」

「いつ……気がついたんですか?」

 呆然とするはづき、あいことは対照的に、冷静に――少なくとも表情だけは――おんぷが問うてきた。なかなかいい質問ではある。彼女は気づいている――自分たち《魔女見習い》が《魔術》を感知できないのと同様に、彼ら《魔術士》も自分たちの《魔法》を感知できないということを。すなわち、条件は同じだということを。

 だから聞いてきたのだ。自分たちの扱う《魔法》と《魔術》の違いを、どうやって気づいたのかを。

「魔女界に着いてすぐさ――実は、これは俺がよく使う手でね。相手が魔術士かそうでないかは、この方法を使えば一発でわかる。ついこの前も、魔術士と名乗ってきた相手のハッタリを見破ったばかりだしな。
 で、昨日魔女界にすっ飛ばされた後、俺たちは魔女たちにとっ捕まえられたが、その時俺だって抵抗はした――が、俺が彼女たちに危害を与える魔術を放とうとしても、それに気づいた素振りはなかった。それですぐに俺は、その世界が俺たちの世界とは違う世界だと気づくことができたわけだ。少なくとも、俺たちの住むキエサルヒマ大陸とは違う、ということをな」

「――せやけど、どうして気づかなかったとわかるんですか?」

 次に質問してきたのはあいこだ。割と、落ち着いてきたらしい。そのことも、これから説明するつもりだったのだが、先に疑問に気づいたようだ。

「確かに……あ、ひょっとしたら、その《魔術》でも、相手が何を考えているかがわかるんですか?」

 続いてははづき――へぇ、とオーフェンは感心した。そして納得する――彼女たちは、確かに《魔女》なのだと。

 見事な観察眼と冷静な判断力を持っていたおんぷはもちろんのこと、この二人も魔法についての知識は多いようだし、考察も充分できている。例えば、はづきは今きちんと「魔術」という言葉を使った。マジクを弟子にしたばかりの頃に、彼は真っ先に弟子に説明した――自分たちの扱う力は、これからは《魔法》ではなく《魔術》と呼べ、と。そして自分たちが「魔術」という単語を常に使用していることを読み取り、きちんと正しい言葉遣いをしたということなのだから、年齢の割に大したものである。

 はづき、あいこもまた、ただの九歳児ではないということだ。

「……半分正解だ。だが、俺には使えない分野の《魔術》だがな。俺やマジクが使えるのは――」

「お待たせー、ハナちゃんぐっすり眠ったよ。ねー、ブニュちゃん」

「だからわしゃあ、ブニュちゃんじゃないと言っておろうに」

 と。割り込む声に、一同は振り返った――どれみの妹、ぽっぷだ。

 どうやらあの巨大な木――ライフウッドという、魔女界の樹木らしい――のある部屋から戻ってきたようだ。彼女も途中でMAHO堂に合流し、営業を手伝っていた。閉店後は夕食をごちそうしたいというあいこの言葉を汲み、進んでハナの面倒を見ていた。それらの様子を見て、随分としっかりしているとクリーオウもマジクも思ったようだが――

「……そうだな。実際にやって見せたほうが(はえ)ぇか」

「え? ねーねー何の話?」

「ああ、ちょっとした実験だ。おいお前、俺のほうをずっと見てろよ」

 問うぽっぷに、オーフェンがざっと説明すると――

「我は流す天使の息吹!」

 彼が手をかざした方向――すなわち、ぽっぷのほうへと強風が吹いた。その風が狙うのは、ぽっぷが腕に抱えていた「ブニュちゃん」こと――マジョリカ。

「わっ! ブニュちゃん!」

「おおおおおっ!?」

 突然吹いた風の威力――これでも本来の威力と比べれば、かなり抑えられていたが――に、思わずマジョリカを放してしまうぽっぷ。風の勢いに乗って、奥の階段のほうへと飛んでいく、かに見えたが。

 何やらやけに慌てた様子の人影が、それを追っていくのが見えた。

「おっ――ととととと!」

 その人影――マジクが、見事にマジョリカをキャッチしたのを確認して。

「よしよし、以心伝心。見事だ弟子よ」

「さっきから何やってるんですか、お師様……何度もびっくりさせないで下さい」

 ため息をつくマジク。と、当のぽっぷは怒った様子でオーフェンを見据えてくる。

「なっ、何よ!? ブニュちゃんに何するの!?」

「だからだな――いや、その前にだ。一体何なんだ、その『ブニュちゃん』ってのは」

「ブニュちゃんはブニュちゃんだよ」

「…………おい」

「あああ、ええっと、ぽっぷちゃんがつけたマジョリカのあだ名なんです。ブニュブニュしてるから、ブニュちゃんなんですって」

 半眼でつぶやいたオーフェンを見兼ねてか、はづきが丁寧に説明してきた。

「ああ、すまねえな――ってお前、そのまんまじゃねえか」

 はづきに手を挙げて礼を述べ、すぐにぽっぷのほうに向き直り、ツッコむ。が、ぽっぷの憤慨は止まらない。「ブニュちゃん」をマジクから奪い取るように受け取って、言う。上目使いでこちらを睨んでくるその表情に恐れはなく、本気の怒りが見て取れた。

「ほっといてよ。それより、どういうこと!?」

「だから単なる実験だよ……悪かったな。つまり、だ。《魔女見習い》であるお前は今、俺が魔術でマジョリカを吹き飛ばそうとしたのには気づかなかったよな」

「……うん」

「せやけど、マジクさんは気づいた――《魔術士》である、マジクさんは」

 ぽっぷがうなずくと、今度はあいこが口を開いた。

「オーフェンさんが手をかざした時点で、マジクさんはもう席を立ってましたからね。ってことは、マジクさんにはオーフェンさんが何しようとしてたのか――どんな《魔術》を使おうとしたのかがわかった、っちゅうことですね。さっきオーフェンさんがこの部屋を吹き飛ばそうとした時、逃げ出したみたいに」

「惜しい、90点だ。マジクは《魔術士》じゃない。まだお前たちと同じ『見習い』だ」

「……細かっ」

 ボソッと半眼でツッコむあいこ。そしてマジクも、弱々しい抗議の眼差しを向ける。

「お師様ぁ」

「うるせ。防ぐ気があったんなら、他の連中も連れて逃げろってんだ」

 言うだけ言って、オーフェンは周りを見回した――はづき、あいこ、おんぷ、ぽっぷ。《魔法》という名の未知の力を使う、《魔女》の見習いたちを。

「これが答えだ――こうやって、俺は気づいたのさ。少なくとも、お前たちが《魔術士》じゃあないってことを。お前たちの《魔法》と、俺たちの《魔術》が、全く違った概念のもとにある力だということを、な」

 そして、最後に付け加えた。

「わかったろ? 俺たちは、お前たちとは違う世界の人間なんだ。間違いなく」

 言葉に含みを持たせ、結論づける。ここだけは、はっきりさせなければならなかった。お互いに、変な共感は無益な衝突を招くこととなる。

 彼女たち魔女見習いにも、それは伝わったようだった――顔を見合わせ、揃って言う。

『それって、魔女界の魔女と何が違うの?』

「…………………………………………」

 しばしの絶句。

「そりゃあ…………そうよねぇー?」

 レキをなでながら、クリーオウがつぶやいた。魔術は彼女にとって専門外なので、会話に参加できなかった鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように、ちょっとだけ(あざけ)った笑いを浮かべて。

 半眼のまま、暗い表情でオーフェンは何かを決意した。斜視を続けるその双眸(そうぼう)には、何やら妙にねじくれた炎が、鋭く真っ黒な輝き――どんなだか――を放っているのが、見て取れたり取れなかったり。よくわからんが。

「…………よし。こうしよう。今から《魔術》の発動の仕組みを教えてやるから聞け」

「ちょ、ちょっとお師様、何もそこまでしなくたって……」

「やかましい、ここで引き下がれるかってんだ。というわけで、マジク。お前がやれ」

「ええっ!? どうしてですかっ、何でわざわざぼくが……」

「あいつらへの罪滅ぼしついでだ。とっととやれ」

「だったら自分でやって下さいよ。ぼくは関係ないんですからね、お師様があのお団子の()をめい一杯蹴飛ばしたのも、知ったこっちゃありませんよ」

「じゃあ、お前の復習も兼ねる。しっかり説明してやれよ、お前のおとうと弟子だぞ」

「お、おとうと弟子……って、本気で言ってるんですか?」

「ンなわけねえだろ。だが、子供相手に――しかも異世界の人間種族にわかるような説明ができれば、充分合格だろ」

 ため息をついて、マジクは諦めた。師のちっぽけな意地を代わりに引き受けて、自分が一番最初に学んだことを繰り返そうとする――

「…………じゃ、しょうがないから説明するけど。先に言っておくけど、わかんなくていいからね。君たちにはどうやったって使えない力なんだから」

「いきなりやる気を削ぐような出だしすんなよ、お前」

「お師様は黙っててください。とにかく、使えっこないんだ。別に嫌味でなんでもなくて。どうしてかって言うと――ぼくたちのように《魔術》を扱える《魔術士》は、みんな先祖に《天人》というドラゴン種族を持ってるってこと」

「ドラゴン? 素敵!」

「一気にファンタジーらしくなってきたやん」

 目をキラキラさせながら合いの手を入れるはづき、笑みを浮かべるあいこの表情を見て、オーフェンは嘆息した。多分、彼女たちが今抱いている「ドラゴン」のイメージも、自分たちの世界におけるそれと一致しているのだろう――そんな気がした。

 すなわち、「でっかくて、うろこがあって、羽根があって、火を吹いて、しかも金銀財宝を腹の下に敷いて満足顔のトカゲの王様」を。彼の胸元にある、ドラゴンのペンダントのようなものを。だがそれは魔術を扱う「ドラゴン種族」ではなく、単なる大型爬虫類(はちゅうるい)だ――古都アレンハタムで、マジクにしてやった講義を思い出しつつ、オーフェンは割り込んだ。

「要は――《魔術》が使えるか否かは遺伝的な問題だってことだ。俺たち《魔術士》は、天人(ドラゴン)の血が混じった人間なんだよ。例外なくな。だから才能を持たない人間は、いくら努力したところで魔術は扱えない。例えば、クリーオウのようにな」

「うるさいわね。人が気にしてることを――」

「私たちの《魔法》は、魔女だけじゃなく、普通の人間にも使えるんですけど……」

 クリーオウがぼやいたが、はづきが喋りだすと不意に言葉を止める。

「ただし、最初は《魔法玉》っちゅう親指大の玉をポロン――まぁ杖みたいなモンに詰めて、練習するんですけどね。そんで、魔女の検定試験ってのもあるんですけど」

「はーい、あたしは今6級でーす」

「それに全部合格したら、私たち人間も《魔女見習い》から《魔女》になれるんです。そして、晴れて《水晶玉》が手に入る――例外もあるけどね」

 あいこ、ぽっぷ、おんぷも続く。そして最後にまとめたのは、ぽっぷの腕の中のマジョリカだった。

「ちなみに、わしやハナのように生まれながらの《魔女》は、最初から水晶玉を持っており……自分の魔法力が大きくなれば、その水晶玉も大きくなる。この辺りは、魔女見習い試験の1級に合格した人間と同じじゃ。小さな水晶玉を大きくすることで、魔女は自らの魔法力を高めていくわけじゃな」

(……「魔力」じゃなくて、「魔法力」か。あくまでも「魔法」という単語にこだわってるってわけだ)

 と――オーフェンは気づいた。無意識にマジョリカの台詞を分析していた自分に。つまり相手もまた、多くの情報を明かしてきているということだ。

「……ご丁寧にどうも。そこまで聞くつもりはなかったんだけどな」

「そちらさんがきちんと説明してくれるんですから、こっちも種明かさんとフェアやないでしょう」

 愛敬(あいきょう)のいい笑顔で答えてくるあいこに、オーフェンは苦笑した。聞くつもりは本当になかったし、聞き出すつもりで説明し出したわけではなかった――が、興味がないと言えば嘘になる。以前、こちらの世界に来た時には接しなかった能力だ。後学になるかどうかはわからないが、知っておいて損はないだろう、多分。

「かもな……じゃ、今度はこっちの番だ。マジク」

「はいはい。それで――ぼくらが扱う魔術は、正確には《音声魔術》と呼ばれるものなんだ。声、つまり呪文によって魔術を使う。だから、呪文の声の届かないところには魔術の効果も及ばないし、声をそのままの状態で保存することもできないから、その効果だって永遠には持続しない――でもまぁ、防御魔術とかには例外があるみたいだけど。声を出さなければ発動しないんだから、水中にいたりとか息ができない状態だったり、あるいは(のど)や声帯に異常が発生したら、魔術は使えなくなる」

「呪文……私たちにも、あるにはありますけど――」

「見習いだけじゃな。魔法を使う上で、呪文が必要になるのは」

 はづきがどう説明したものか迷っていると、マジョリカがフォローを入れた。

「水晶玉を持つ生まれながらの魔女にとっては、呪文などの長い動作は必要ない――まぁせいぜい、指を鳴らす、髪の毛を動かす、程度の動作で充分じゃな」

「……でも実は、呪文そのものには意味がない(・・・・・)んだ。《音声魔術》にとっては」

「え?」

 マジクはそう説明し返すと、不意に口ごもった。はづきの、そして一同の視線が集中する。だが、まだ口は開けない。

 どう話せばいいものか迷う――自分たち魔術士の感覚を、クリーオウのような魔術士でない人間にわからせること自体、無理があった。それを見兼ねてか、オーフェンが口を挟んだ。

「ほれ――さっき俺がやってみせただろ。俺たちの《魔術》を、《魔女見習い》であるこいつらは感知できないっていう実験。あれの種明かしをしてやれよ」

「……あ、はい」

 うなずき、混乱した頭の中の情報を整理する。何も全てをわからせる必要はない。彼女たちがわかる範囲のことを、わかりやすい表現で語ればいいのだ。

「ちょっと、話を戻すけど。《魔術》というのはそもそも、術者の理想とする現実に、世界を改変する力――って難しすぎるか。……つまりは、自分の描く理想を、現実と書き換えることができる力なんだ」

(最初っから、それを話しておけばよかったんだ)

 胸中でうめくオーフェン。その微妙な視線を受け流しつつ、弟子は続けた。

「魔術を発動させるプロセスは三つ――まず一つ目が『構成』。自分が『そうなって欲しい』と考える状況を思い描いたら、魔術士はその通りの状況を特殊な記号のような形――まあこれは魔術士にしかわからない表現方法なんだけど、その『構成』に置き換える。この作業が、構成を編むということ」

「そして――その『構成』を、マジクさんは見ることができた」

「うん。さっき、お師様がとびっきり危険な破壊の魔術の構成を編んでいたのも、マジョリカさんを風で吹き飛ばそうとしたのも、ぼくにはしっかり見えていたってわけ」

 先の実験の意を理解したはづきが言うと、マジクはちょっと誇らしげに説明した。

「見えたところで、それをどうにかできなきゃ意味ないじゃない」

 が、クリーオウのツッコミがグサッとつき刺さる。一方、オーフェンは特に表情も変えずに――当然のことだったからだ――、解説を入れた。

「つまりこれは、魔術士にはお互いの構成が丸見えってことを意味する。だからさっきのマジクのように、マジョリカを拾いに走ることができる。どんな魔術が発動されるか――どんな世界に置き換えようとしているかを察知できるのさ……さて。いつまでも落ち込んでないで、次に行けマジク」

「……ううう。とりあえず、続けるよ。編むのが終わったら、その構成に充分な存在感を与える力――『魔力』を注ぎ込むのが、二つ目。十二分に魔力が注がれると、魔術士の目には構成と現実が全く同じ存在感を持って見えるようになる」

「えっと……駄目だ、全然わかんないよー」

「気にすんな。この辺は結構曖昧(あいまい)なのさ――正直、俺にも上手く説明できる自信はない」

 弱音を吐いてきたぽっぷに、オーフェンが声をかける。

 フォローしたつもりはない。事実を述べただけだ。

「そして三つ目――『媒体』」

「はーい、媒体って何ですか?」

「うーん、『仲立ち』とか……中に入って橋渡しをするもの、って言えばわかるかな」

「……大体」

 丁寧に答えてもらって、何とかうなずいたぽっぷ。確認して、マジクは進めた。

「で――この媒体によって、存在感を持った構成を目標に届けるんだ。例えば僕たち人間の魔術士の場合は、さっきも言ったように『声』が媒介に――仲立ちになる。構成が展開しているのは自分の周りだけだけど、そこで構成が目標に届くように叫ぶと、声が届く範囲まで現実と同じだけの存在感を持つ構成が広がっていく。そこで現実のほうが消去されて、自分の思い描いた望みが――魔術が発動するってワケ」

 そして――静寂が訪れた。説明そのものは、まぁギリギリ合格点と言ったところだが、理解させる相手に少々の、いやかなりの問題がある。その相手たる彼女たちに咀嚼(そしゃく)させるだけの間を開けた上で、オーフェンは静寂を砕いた。

「……以上か? マジク」

「え? ええ」

「不合格――59点だ」

「ええええっ!? お師様、どういうことですかっ!?」

 全身を乗り出しながら、抗議の意を示してきた弟子に、師は嘆息しながら採点のポイントを述べた。

「あの黒い悪魔――レキの説明を忘れてる。お前が俺の魔術の構成が見えたように、そいつにも見えていた……だから吠えてたんだ。だったら、その理由も説明してやらなきゃならんだろ」

「い、いや、何もそこまで……」

「すまないがほっといてくれ。これは俺の師としての義務だ」

 汗を浮かべながら止めようとするはづきを、オーフェンが(さえぎ)った。半分は本気で言っていた。理解というものは、それを理解していない他人に説明できるだけの技量を持てて、初めて完璧なものとなる。理解を具体的な言語に置き換え、それを順序立てて組み替えて口に出す――その作業の過程で、気づかされることも少なくないのだ。そして相手の質問に答えていくという作業もまた、(かて)となっていくのである。

「……ホンマ、厳しい人やなあ」

 呆れとも関心ともつかぬ表情で、あいこがつぶやく。それを横目に、オーフェンは再び語り始めた――長い長い講釈を。

「お前ら、さっき『ドラゴン種族』って言葉が出てきたのは覚えてるか?」

「ええ。ご先祖様がそうだとか……」

 はづきがうなずくと、オーフェンはクリーオウの頭を差した――正確には、頭の上を。

「そうだ。だが『ドラゴン種族』ってのは、その《天人(ノルニル)》だけじゃない。その黒い悪魔、まあクリーオウは勝手に『レキ』って名前をつけてるが、そいつも《ドラゴン》だ」

「ええっ!?」

「どう見ても黒い犬やん」

 はづき、あいこの相づちを背にオーフェンは、彼の定位置であるクリーオウの頭の上に乗っていたレキを抱きかかえ、二人に見せてやった。レキは器用に右前足を上げて、挨拶する。と、はづきは少々怯えつつもその可愛さに負けたのか、それとも自身の好奇心が抑えられなかったのか、右手で頭をなでてやった。レキも尻尾を振ってじゃれつき出したのを見て、オーフェンははづきに彼を渡し、言う。

「……まだ小さいから犬に見えるだろうが、正確にはそいつは狼だ。《深淵の森狼(ディープ・ドラゴン)》――詳しい説明は省くが、六種類いるドラゴン種族の一つが、そいつだ。で、そいつも魔術を使う――というより、魔術を扱う存在全てを《ドラゴン》と称するんだがな。
 そして、《魔術》である以上、原理はさっきマジクが説明したのと基本的には同じだ。違うのは――」

「違うのは?」

「媒体、発現形の二つだ」

 問うはづきから、オーフェンはレキを手に戻した。そして指差すは――鮮やかな緑色をした、そのドラゴンの目。

「こいつは《音声魔術》のように『声』ではなく、『視線』を媒体として魔術を――《暗黒魔術》を使う。見ただけで構成が広がっていくってわけだ。だから、視線の届く限り魔術の効果が表われる。声よりもはるか遠くまで効果を及ぼせる」

「逆に言えば、視線を遮るものさえあれば、魔術は発動せえへん、と」

 と、あいこ。

「それはその通り……なんだがな。遮るものは一瞬で破壊されちまうから、ちょっと隠れただけじゃ全く意味がない。爆発に巻き込まれて終わりだ。だが、例えば光の屈折とかをさせれば何とかなる――ま、概論はいいか。なぁマジク」

「ノーコメントです」

「みんな、お風呂に入る時には気をつけなきゃダメよ。何せこいつ――」

「クリーオウまで! しっつこいなあ、もう」

 憮然とした表情で言い返すマジク、そして彼を物凄い形相で(にら)んで忠告してきたクリーオウの様子に、ただならぬ気配を感じるMAHO堂の面々だった。

「それはともかく。残るは発現形について、だったな。こいつらディープ・ドラゴンは、暗示や精神操作を行う。暗示ってのは――生き物以外にも何かを『思い込ませる』ことができるってことだ。だからあらゆるものを燃やしたり(・・・・・・・・・・・・)消し去ったり(・・・・・・)することができる。
 精神操作は――そのまんまだな。生物の心を支配したり(・・・・・・・・・・)破壊したり(・・・・・)できる。要するに、無茶苦茶な魔術を扱えるってことだな。俺たち人間の魔術士じゃ、こうはいかない」

 淡々と語るオーフェンだったが、気がつくと目の前には誰もいなくなっていた。ついさっきまでは、はづきとあいこがいたはずだったのだが。視線を遠くにずらすと、二人はおんぷの左右の腕に抱きつきながら震えているのが見えた。はづきに至っては、レキに触った自分の右手を凝視しながら、半ベソをかいていた。ぽっぷも似たようなもので、マジョリカをぎゅうぎゅう握りつぶしていた。苦笑して、オーフェンは続ける。

「ってなわけで、そいつはまだ子供だが俺よりはるかに強い魔術を扱えるんだ。ま、よぅくわかったろ。俺たちがそいつを『黒い悪魔』とか、『邪悪な獣』とか、『地獄の魔獣』とか呼んでるわけが」

「ちょっとオーフェン、だからその呼びかたは――って、何よみんなまで。びくびくしながらこくこくうなずかなくったっていいじゃない」

「いや…………至極当然の反応だと思うけど」

 既に細い涙が頬を伝い始めているはづきとあいことぽっぷを見て、マジクがクリーオウにツッコんだ。か細く。そして一人無表情を決め込んでいるおんぷは。

「……大丈夫よ。もし本当にその子が危険な生き物だったら、オーフェンさんがこんなところまで連れてくるわけないじゃない」

 と、正論を言った。オーフェンも大きくうなずく。

「その通りだ」

「一回店吹っ飛ばされたがの」

「うるせえな。直してやっただろが」

 マジョリカの冷酷かつまっとうなツッコミを受け流し、オーフェンは言う。

「本来は全く人に懐かない種族なんだが、そいつはどういうわけかそこのじゃじゃ馬がいたくお気に入りらしくてな。よくわからねえうちに、俺たちの旅にまぎれこんだんだ」

「何なのよ、その引っかかる言い方。仲間でしょ、仲間」

「ま、そんな少数派の意見もあるがな。約一名の熱烈な支持しか受けてねェが」

「レキ、いいからやっちゃっ――」

「だああああっっっ!! やめんかっ!!」

 意味もなくレキを両手で頭上に上げながら――クリーオウとは何らかな精神的つながりがあるようなのでさっぱり意味ないが――、オーフェンが抗議する。絶叫をもって。

「何よ、さっきから言いたい放題――」

「――バァッカモォン!! いい加減にせんと、出ていってもらうぞ!」

 と、ぽっぷの腕から()い出てきたマジョリカが、何やらつぶやいていたクリーオウの耳元で怒号をあげた。

 声量はオーフェンもかくや、というレベルである。これにはクリーオウも驚き、椅子ごと倒れ込んだ。で、起き上がって一言。

「……冗談だってのに」

「全然そんな風には聞こえなかったぞ……」

「……とりあえず、オーフェンさんたちの中でクリーオウが異様に発言力がある理由は、わかった気がする…………」

 半眼でつぶやくオーフェンに、冷汗をたらしてララが言った。すると――

「そうか……お主も苦労してるんじゃな……」

「……わかってくれるか?」

「もちろんじゃ。ワシもなぁ、元の姿に戻るために、このおジャ魔女どもをかれこれ一年以上も抱えて――」

「ああ……俺も五年前《塔》を出てからは、ロクでもない奴らにロクでもない目に遭わされまくり、今も事あるごとに俺に襲いかかってくるバケモノ共と取っ組み合って、つまんねえ厄介ごとに巻き込まれ、しょーもない我がまま娘のしょーもない我がままに振り回され続け、バカ弟子には『カウントダウン人生』とか言われ……」

「……何や何や?」

「……どうも……何か相通ずるものが、あるみたいね」

 何か知らないが、ヘンな友情が芽生え始めてるっぽいマジョリカとオーフェン。

 首を傾げるあいこの言葉に返答しつつ、ララは深々と嘆息した。


→続き<3/3>

公開日:2003年07月08日