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 まあとりあえず、それはテキトーに切り上げて。

「……さて。話戻すか」

 テーブルの下に隠れているマジクを筆頭に、これでもかというくらい混乱し切っていた一同――おんぷ除く――を見回して、オーフェンが解説を再開した。レキをクリーオウに返してやって、整理した頭の中から情報を取り出し、それを彼女たちにもわかるように変換しながら言葉に変える。

「人間の魔術士の扱える分野――発現形についてだが、これは二種類ある。人間の魔術士はな、俺やマジクのような黒魔術士と、白魔術士ってのに分かれるんだ。簡単に言えば、前者は熱とか波動とかの物理的なエネルギーや物質――肉体そのものを扱う。後者は時間と精神だ――さっきはづきが言ってた『何を考えているかがわかる』ってのも、こちらに属するもんだ。物理的に実在する事象と実在しない事象……なんて分けかたもあるな」

 もっとも、それほど噛み砕いているつもりはない。正直、簡単に言っているつもりもほとんどなかった。彼女たちの理解力に頼っている面も、なくはない。

 だが、それでいいのだろう。全てを理解させるには、彼女たちはまだ幼い。理解したところでどうだという話ではあるが、用心するに越したことはない。

 おそらく、マジョリカの側でむずがっているピンク色の頭の幼児は、もう何も理解できてはいないだろう……当然だ。そして、理解する必要も、理解させる必要もない。

 本人がどう思っていようと、幼すぎる(・・・・)のだ。その力≠フ意味を知るには、圧倒的に。

「一般的に白魔術のほうが技能的にははるかに高度で、威力も大きい。だが俺たち黒魔術士には、白魔術は使えない。しかしその白魔術士だって、ディープ・ドラゴンの暗黒魔術ほどの大きな威力は出せない――
 つまりどんな魔術士だろうと、思い描く全ての構成を、何でもかんでも現実にできるわけじゃないってことだ。魔術士本人の技量でも縮まらない差は、どうしたって残る。何にだって、限界はあるもんだ――お前らの《魔法》だって、限度くらいあんだろ」

 と、話を振った。先のように、相手方の情報を引き出そうというのである。今度は意図的であったが、その目的は単なる興味だった。

「無論じゃ」

 口を開いたのはマジョリカだった。警戒心は随分と薄れているようである。

「まず、お主が言っておるその『精神』に関わる魔法じゃが――心を読むだけならできるが、その心を変えたり記憶を操作したりする魔法は、禁じられておる。具体的には、相手の望むものを読み取ることはできても、その望むものを自分で変えることはできんというわけじゃ」

「……禁じられてる?」

 オーフェンが(いぶか)った。今のマジョリカの口調は、やや不審な点がある。

「その言い方じゃあまるで、『禁じられてはいるが(・・・・)使えなくはない(・・・・・・・)』って言ってるみたいだぜ?」

「さすがじゃな。その通りじゃ」

 あっさりと、マジョリカはうなずいた――がオーフェンは、彼女が一瞬だけ視線を彼女の弟子たちに向けたのに気づいた。

 何やら複雑げな表情をしている、四人の魔女見習いたちを――特におんぷの表情の変化は、特に警戒して注視していないと見逃してしまうほどのかすかなものだったが――。やはり深い事情があるようだが、気にせずオーフェンは魔女(ガエル)の話に耳を傾けた。

「お主は意外と思うかもしれんが……基本的に(・・・・)、ワシらの扱う《魔法》は何でもできる(・・・・・・)。万能魔法、とでも言うのかの。願いを叶える魔法とも言えるか……
 ともあれ制限こそ色々あるが、自分の望むあらゆるものを手に入れることができるのじゃ。持続時間の制限のあるものもあるが、ゼロの状態から物を新しく作り出すことだってできるし、知りたい情報を取り出すことだってできる。まぁ、練習を重ねねば自分の思い通りにいかんのは同じじゃが、やはり何でもできることには変わりない」

「…………何でも作れる――つまり、物質の生成ができるのか?」

「他には――時間を止める。これは9級にもなっていない魔女見習いにだって扱える魔法じゃ。ワシらにとっては、造作もない」

「……へえ」

「もちろん、最初から全てができるわけじゃないわ。見習い用の《魔法玉》じゃあ、扱える魔法力も限界がある。しかも魔法玉は使い捨てで、強い魔法を使えばその分だけ減っていく――そうやって、見習いは魔法の使い方を覚えていく。何でもできる《魔法》だからこそ、練習と進級試験によって扱い方を学んでいくわけなの」

 と、ララ。

「その魔力――じゃなかった。《魔法力》を制御させる手段として、《魔法玉》という簡易的な水晶玉を見習いのために用意した、ということですか」

 続いてマジク――名誉を回復せんと、真剣な表情で分析していたようだが、その解釈に間違いはなかった。とはいえ、いつもの師の鋭利かつ正確な評価がかけられてこないことに、マジクは軽い畏怖(・・)を感じた。おそらくこの師は――

「そういうことね」

 頭を縦に振るララに、マジクは語った。

「どんなに強い威力が出せたって、どんなに強い魔力を持っていたって、それを使いこなせなければ――制御できなければ意味がない。これは魔術士にとっても同じです。ぼくが実感したのは、ついこの間ですけどね」

「……何じゃ、随分と謙虚じゃな」

「色々と、学ぶことが多くて」

 マジョリカが茶化すが、マジクはあっさりと断言した。謙虚も何も、自分には隠すほどの力は全くない。自らの非力さなら、今までの旅で何度も経験した――ついこの間もそうだ。とある《死の教師》に殺されかけた時、彼は自分に欠けているものの一つ(・・・)を眼前につきつけられた。足りないものは、数え上げたらキリがない。

「…………で。次は?」

 オーフェンが先を促す。と、マジョリカは次の例を挙げた。目の前の魔術士――を自称する異世界の住人――が先にそうしたように、わかりやすい違いを強調して。

「命に関わる魔法もまた、禁止されておる。具体的には、怪我を治す魔法から――生き返らせる魔法まで、全てじゃ」

「つまり――」

 マジョリカの発言の意図を察し、オーフェンが若干言葉を詰まらせながら言う。全身の毛穴が開き切っているのが、自分でもわかる。痙攣(けいれん)し出した両手を組み合わせた。身体と心の震えを抑え込むために。

「禁を犯す覚悟さえあれば、蘇生させることはできる(・・・)、と――」

「もちろん、相当の魔法力を要する。成功例も聞かぬ。だが……『唱える』ことはできる。その魔法をかけることができる以上、可能性はなくはないんじゃ」

 遠回りに肯定し、マジョリカは一拍置いてから、告げる。

「……この辺りが、ワシら《魔女》側から見た、お主たち《魔術士》との違う点といったところじゃろうな…………驚くのも、無理はなかろう」

「いや――そもそもが、違う(・・)世界の話なんだ。納得はするさ。無理矢理な」

 かぶりを振って、オーフェンは応える。その通りだ――自分たちとは何もかも違う世界の出来事だ。自分には関係ない――そう言い聞かせ、オーフェンは心を落ち着けた。無理矢理に。

「じゃあ、話を進めさせてくれ。『禁』を課したというからには、それを犯すことへの代償というものも当然あるわけだよな」

 言って、オーフェンは気取られぬように視線をはづきたちのほうに移した――案の定、表情がこわばっている。これで事情は知れた――当初は興味もなかったのだが、彼女たちの《魔法》の力を知ってからは別だ。

「そうじゃ」

 それを踏まえて、オーフェンはマジョリカを見つめ返す。この話の主導権を彼女が握ったのは、自分が師だからという理由だけではないだろう――間違いなく、この師は自分の弟子を案じている。彼女たちの口から、禁呪について語らせることを避けたのだ。

「禁止されている魔法を使えば、それは例外なく自分に跳ね返ってくるんじゃ。心を操れば、心を壊す。怪我を直せば、その怪我が自分に移る。生き返らせれば、命を落とす――」

「――ちょっといいか?」

 手を挙げて、話を制するオーフェン。その半分は、魔女見習いたちの心中を(おもんぱか)ってのことだった。残りの半分は、もちろん本当の疑問。

「『命』とか、『怪我』って表現を使ったってことは、だ。人間を含む全ての生物を復元させることは禁呪でも、例えば単なる物質――そこらへんの壁や、このテーブルや食器やらを復元することは可能なわけか?」

「……そうじゃが?」

 首を傾げるマジョリカ。質問の意図がつかみ切れないらしい。

「今日の昼、お主とお主の弟子とで、店を直したじゃろう?」

「…………」

 マジョリカの言葉には答えないまま、黙り込む。思考の糸をたどり、今生じたこの齟齬(そご)の要因が何かを探ろうとする。まず、問うた。

「魔女の世界では、化学(バケがく)はタブーにでもされてるのか?」

「はあ?」

「要するに、自然科学が発達する土壌がなかったのか、って聞いたんだ」

「さっぱりわからんが……」

 どういう原理で生えたのか知らないが、その身体から出てきた細い両腕を組みながら、マジョリカが首を曲げた。その小さな体躯(たいく)ではひっくり返ってしまいそうだが、この際それは放っておいた。

「人間に限らず全ての生物は、例外なく化学反応で動いてる――ああ、どうせお前らにゃわからんだろうから、聞き流せ」

 と、手を振る。魔女見習いたち――特に五歳児の子供に。

「平たく言えば、人間だってそこらにある自然物質とは何も変わらない。全ての生命活動は、化学的な分析が可能だ。だから化学的な干渉によって、その活動を活性化させることも、止めさせることもできる」

「…………つまり、物を直すことと、怪我を治すことには、化学的にはそもそも違いがない、ってことですか?」

 割り込んだはづきの言葉に、オーフェンは大きくうなずいた。賛辞をもって。

「ピンときたようだな――そうだ。俺たち魔術士にとって、その二つは全く同じ範疇(はんちゅう)にある。有機物も無機物も――ええと、まあ生命活動の有無を問わず、ってことだが――、細胞で構成されてる。元をたどれば同じようなモンでできてるってことだ。ま、そだな……お前も学校に行ったら習うだろ。それまで待っとけ」

 最後のほうはぽっぷに向けて言った言葉だった。いくら魔女見習いであっても、幼稚園児が理科を習っているはずがない。《魔女》というアドバンテージすらない、これまで以上についてこれそうもない話をしていたことのフォローのつもりだったが、彼女は気を悪くしたらしい。

「…………フン、だ」

 無視してオーフェンは続ける。基礎学力は、どうやったって埋められない差だ。仲間外れとか差別とか、そんな話ではない。

「《魔術》による治療において、この差はない――細胞の復元という意味では、壊れた壁を直すことも、すり傷を治すことも同じってわけだ。だが、お前らの《魔法》ではこれを区別している。
 本質的には全く同じものを、わざわざ片方だけ禁じているってのが、ちょっと気になってね。思想の違い、と言われればそれまでだがな。むしろ、ないよりはあったほうがいいだろう。あとで魔術でいくらでも治せるから、自分の拳への反動を気にせず殴りつけるってのも、よくよく考えれば可笑(おか)しな話だしな。特にお前らみたいな子供にとっちゃ、精神衛生上、適当な処置かもしれない」

「…………はあ」

 いまいち飲み込めていないのか――まぁ無理もないが――、あいこが呆けた声を出す。

「何だか……ちょっと意外です」

 と。はづきが、失望とも取れるような表情を浮かべ、言ってくる。

「ファンタジーな世界から来た皆さんが、自然科学とか言うなんて思わなかったから」

「ファ…………」

 頭を抱えるオーフェン。

「お前な……一体、俺たちに何を期待(・・)してたんだ?」

「い、いえ別に、そんなつもりじゃ――」

「はい」

 と――マジクが手を挙げる。慌てて謝るはづきを遮って。

「あなたがたのその《魔法》が、発動するプロセスについて教えてください」

「だ、そうだが。マジョリカ」

 興味を持ち始めたらしい弟子の質問を受け、オーフェンがうながす、と。

「…………難しいのぉ。いや、あまりに感覚的すぎて難しいという意味じゃが」

「呪文唱えてポロン振って願い事言ってポン、って感じやからなぁ」

 マジョリカに続き、あいこもこめかみに指を当ててうなる。

「それじゃあ……こういうのはどうかしら」

 すると、今度ははづきが手を挙げた。彼女にはどうやら考えがあるらしく、眼鏡を押さえながら――それが癖のようだった――、話し出す。

「私たちの魔法は、『音楽』を媒介にして発動するっていうのは」

「ええっ!?」

「――ぐっ!!」

 めいいっぱい、マジクが驚く。オーフェンもむせていた。はづきはそのまま続ける。

「私たちが魔法を使う時に振るポロンなんですけど、これは魔女界の楽器≠ネんです」

「楽器?」

 クリーオウが繰り返すと、はづきはにこやかに笑ってうなずいた。

「はい――それを使って、音を奏でる。呪文だって、歌を唄うように唱えるんです。音楽を流すことで、魔法の効力が発揮される――そう考えれば、皆さんの使う《魔術》と一緒かなって思って……」

 プワプワと話し続けるはづきに、オーフェンは悟った――知的だが、天然系。蝶よ花よと育てられた箱入りのような特殊な環境にある人物なら、よく生じやすい性癖だと言える。

 ちなみにもう一つ生じやすいパターンは――その環境への反動で活発、粗雑、乱暴となる性癖。それの極致が、そこで座っているじゃじゃ馬というわけである。まあ彼女の場合、育ちは確かにいいので、実は言うほど粗雑ではないが。

「……あのな。じゃあ聞くが、お前らの描く《構成》ってのはどんなんだ?」

「…………特に何も」

「何も?」

「心に思い浮かべて、それを口に出す――それだけです」

「具体的には?」

「…………うーん…………」

 次から次へと飛び出すオーフェンの詰問に、はづきはとうとう悩み出してしまった。見兼ねてか、助け船を出したのはおんぷだった。

「……例えば。私が今ここで、はづきちゃんを魔法を使って助けるとする。でもそこで言うのは、『はづきちゃんを助けて』って言うだけで済むの。あとは心の中で、真剣に助けたいと思うだけ――さっきマジョリカが『願いを叶える魔法』って言っていたのは、そういう意味よ」

「なるほどな。具体的にどうこうして助けるかを思い描く必要はない。方法はともかく目的さえ設定すれば、あとは勝手に魔法が発動して何とかしてくれる、ってことなのか」

「ええ。もちろん具体的な方法は設定しておいたほうが、成功率は上がるけど――」

「他力本願もいいトコだな……どこに頼ってんのか知らんが…………」

 素直に、オーフェンはうめいた。

「これは去年、あたしらで探し人をしてた時のことなんですけど」

 あいこも例え話をあげた。

「その子を『見つける道具よ出てきて』とみんなで魔法を使(つこ)たら、焼きイモが振ってきました」

「焼きイモぉ!?」

 クリーオウも目を丸くした。

「『わらしべ長者』――色んなモンを交換し続けて幸せになるっていう童話が、あたしらの世界にはあるんですけど、そんな感じですわ。焼きイモがチョコレートと交換されて、キャンディと交換して、それをぽっぷちゃんが持ってってどれみちゃん家に戻ったら、その子がいてました」

「あー、ドドのことだよねそれ。その頃まだあたし、魔女見習いになってなくて――」

「……何なんだ、そりゃあ」

 呆れてつぶやくオーフェン。ぽっぷの思い出話を無視しつつ。

「ま、時々はこういうややこしいことも起こる、っちゅうことです」

 と、無理やりまとめるあいこだった。

「ぼくたちの魔術のほうが、よっぽど現実的ですね……」

「だな」

 マジクの指摘にオーフェンがうなずく。心から。今回の講義(?)の中で、これが一番的を得ていた弟子の発言だと思いつつ。

 そして。大きく――ため息をついた。

 これで、想像を遥かに越えて長くなってしまった《魔術》と《魔法》の話はお終いのようだ。

 ならば。一つだけ、はっきりとさせておくべきことがある。

「…………で、はづき。何だか妙に()ねた表情してるように見えるのは、気のせいか?」

「え……!?」

 いきなりオーフェンに名指しで呼ばれ、はづきが顔を上げる。

「午後ン時から、どーも気になってたんだ。単純に、年上の人に丁寧に話してるのかとも思ってたが、どうやら違ったようだな。むしろ俺には、俺たちを物語の登場人物――その幻想的(ファンタジー)、か? そんな幻のような存在(もの)を扱うように思えたんだが」

「そんなこと……」

 否定しようにも、はっきりと言葉が出てこないはづき。

 自分では、そんなつもりは決してなかった。だが、それはあくまでも「つもり」だっただけなのかもしれない。心のどこかで、自分の好きな本のお話のような世界観への憧憬――実際に自分が魔法を使うようになってからも残っていた――が残っていて、それが知らず知らずのうちに表に出てしまったのかもしれない。だとしたら――失礼にも程があった。

「そういった幻想的(ファンタジー)な世界の人間のクセに、やけに理屈っぽい魔法を使うんだなとか思って、期待外れだったか?」

「…………」

 もう、何も言えない。正直のところ、「それはそれで面白い」と思って熱心に耳を傾けていたのだが、それを口に出したところで何も変わらないだろう。

「憧れたり夢見たりするのは勝手だがな、これだけは言っとくぞ。俺たちもお前たちも、『人間種族』という一点においては同じ生きモンだ。さっきと言ってることが違うかもしれないが、これも事実だ。扱う魔術とか魔法とかが全く違うのは、これまでの話でお互いによくよく思い知ったようだがな、生物学的に考えりゃあ全く同じ筋道をたどった存在なんだぜ、俺たちは」

 この点、話し始めれば細かくなる。

 進化の過程として、数々の生物種が存在するなら――数々の世界も存在すべし、というのが、《並行世界》の基礎理論だ。

 わかりやすい例えがある。「科学」と「魔法」……この、一見相反する概念。このうち前者を突き詰めた世界があるとすれば、後者を突き詰めた世界もあるはずだ、と。

 科学技術が発展し、宇宙にまでその足を伸ばした人類がいれば。

 魔法技能が発展し、世界を構成する規律まで暴くことのできた人類も、同じように存在することが出来る。

 その結果が――互いに互いを《並行世界》と呼ぶ、この世界観だ。

 こちらの世界で言うなら、《国際警察機構》。自分たちの世界で言うなら《牙の塔》等の組織が、互いに互いとコンタクトを取ることで、発覚した二つの世界。

 何も、そこまで話す必要はないだろう……知る必要もない。だからオーフェンは、クリーオウやマジクにすら全てを伝えてはいない。

「大体、そんなおとぎ話みてえなヘンな期待をしたいなら、俺たちじゃなくて魔女にすべきだろ。れっきとした異世界に住む、れっきとした異種族なんだからな」

「…………ごめんなさい」

 しゅんとなって、黙り込んでしまうはづき。と、いつの間にか立ち上がっていたクリーオウが、(ひじ)で横腹をついてきた――かなり強めに。抗議の意を示したいらしい。さしものオーフェンも、バツが悪そうに続ける。

「…………まあ、だ。俺たちの世界にだって、お前らの使うような『魔法らしい魔法』、『魔法だから魔法』ってのも、あるにはあるんだ。それこそ空想的、非科学的、非現実的なものがな」

「そうなの?」

 と、ララ。

「ああ。お前らの言うところの異世界――つまり俺たちの世界は、いくつかの大陸で構成されている。俺たち魔術士が住むのが、《キエサルヒマ大陸》って名前の陸地なんだが、海を隔てれば別の大陸だって、いくらでもある。そこではやっぱり、俺たちとは違う文化による世界が広がってる。だから、《魔術》以外の魔法的な能力だって存在するのさ」

 まあ実は、各大陸の交流がされ始めたのは――というより、それぞれの大陸が他の大陸の存在を知ったのが――つい六年前のことで、しかもそれには彼自身も少なからず関わっていたりするのだが、面倒臭いので省いた。

「例えば《魔術》と並んで一般的なのが、《突き立てられた杖(スラストケイン)》に住む《魔道士》の使う精霊魔法、黒魔法、白魔法。《魔術士》にとって『魔法』ってのは特別な意味を持つから、区別するために《魔道》とも呼ぶんだがな。こちらの説明は簡単だ――それぞれ精霊と魔族と神を使役して力を引き出す。それだけだ。
 一方《剣の世界(ソードワールド)》では、この三つに加えて、万物の根源と定義される《魔法元素》――《マナ》を物質から引き出して使う魔法ってのも存在するんだが、《魔道》と一緒くたにすること自体間違いだろうな。俺は魔術同様、全く違う『魔法』だと解釈した。
 ついでにこれらの『魔法』の成り立ちを皮肉げに解釈して、精霊に()びたり物質を(あざむ)いたり、神族や魔族を恐喝(きょうかつ)したりして力を引き出す、なんて変わった方法論を使ってるのが《傾きかけた世界(ファイブリア)》の連中だが、これも概論だな」

「きょ……きょおかつ?」

「本質的には同じものかもしれねえぜ。祈ろうが頼もうが(おど)そうが(だま)そうが、力を借りて魔法的な効力を引き出そうとしてるってことでは、どれも同じだ。『現実の置き換え』という手段を取っている俺たちの《魔術》のほうが、むしろ例外的なんだろうな。世界的な基準からは」

 青ざめてつぶやくはづきに、オーフェンは苦笑して答える。

「さらに言うなら、『神』という概念も色々ある。俺たちの大陸でもそうだが、色んな宗派に分かれてるってのはどこの大陸も同じだ」

「そりゃ、あたしらかて同じです」

 と、あいこが言う。並行世界においても様々な――大規模小規模を問わず――種の宗教が存在することは、六年前に学んだ。が、そこまで説明することもないだろう。

「そだろ。んで、その宗教が違えば、使う『魔法』も違う。信仰する対象が違うんだから当然だ。話によれば、月が七つも見えるっていう《七つの月しろしめす大地(ルナル)》では、それぞれの月に対応した神に仕える種族がいるとかいないとか。妖精とか天使とか悪魔とかも含めて――」

「…………お師様、お師様」

「あんだよ」

「ぼくにもわかりませんよ、それ」

 マジクが忠告してくる。(ひるがえ)って周りを見回すと、マジョリカを含む一同は目を丸くしていた。あのクリーオウですら、ぽかんと口を開けたままだ。それを確認して、一言。

「安心しろ。俺にもわからん」

「わからんのかいっ」

 的確にツッコミを入れたあいこ。が、オーフェンはかぶりを振った。

「わかるはずがねえさ、全く異なる文化なんだからな。とはいえ文化交流がないわけじゃないから、《牙の塔》――俺が学んだ魔術士養成施設みたいなもんだが、まあその組織とスラストケインの有力国家の聖王都セイルーンが、お互いに特使を派遣して、比較検証を行ってるらしい。そのセイルーンの王女さんが中々のキレ者でな、回復系の魔術と魔道の研究を中心に、いたく熱心に進めてるんだと。お忍びでキエサルヒマにもぐり込んだりもしたって話まで聞いたぜ。この辺、俺には関係のねえ話だがな」

「…………ちょっと、面白そうかも」

 と、はづき。そうか、だからさっき自分たちの魔法を魔術になぞらえて説明しようとしたのかと、オーフェンは合点した。

 その意識に多少の問題はあったが、考え方としては面白かったし、魔術の知識をあのバカ弟子の説明でちゃんとものにしているのも、オーフェンは見逃さなかった。ならば、罪滅ぼしのために彼女の期待に応えてやってもいいと思った。少しは想像の翼を広げさせてやっても、バチは当たるまい。

「面白がりたいなら、こんなのもある。魔法的な能力にこだわらないなら、超自然的能力は他にいくらでも実在する。例を挙げれば、まず《念能力》ってのがある。《オーラ》と呼ばれる生命エネルギーを、六種の系統に分けて使役する強力な力だ。
 あとは――《悪魔の実》。それを食べると海の悪魔に呪われて、何らかの能力が身に付くんだと。水中での一切の身体の自由を奪われるという代償つきでな。《海賊》と呼ばれる冒険者兼略奪者の間に伝わる伝説だが、これもどうやら実在するらしいぜ。海賊に対抗する強力な軍事組織たる《海軍》――《世界政府》直属の精鋭部隊だが、そいつらの中にも悪魔の実の《能力者》がいるってんだから、眉唾(まゆつば)ってこともないようだ。俺も直接は見たことねえが、俺の先生が見たって言ってるんだ。ハッタリってこともないだろ」

「…………そうですか」

 うなずく――が、その眼鏡の奥は明らかに輝いている。先に水を差した、好奇心と興奮に彩られた光が。悪いことではない。ないが、一つだけ言っておきたいことがあった。

「他にも、例を挙げればキリがない。《桃源郷》と呼ばれる大陸では、人間以外の種族として《妖怪》なんて連中がいるんだが、そいつらと人間種族が共存し、妖術と化学の双方によって文化を築いてる……んだか築いてねぇんだか」

「どっちなんですか」

 マジクがツッコむが、オーフェンは既に説明疲れた様子だった。無理もないが。

「知るかよ。何か最近、色々とモメてるらしい。禁忌(きんき)とされてるらしい妖術と化学の融合が起こり、妖怪が暴走し始めたとか……俺にはなるべくしてなったような気もするがな」

 もちろんこの大陸にも、《妖術》あるいは《法力》という魔術的な能力が存在するが、さすがに省く。

「また、話を魔法技能に戻せば、『召喚』――異界の存在を直接(・・)呼び出して使役する魔法の体系を特別視してそう呼ぶんだが、その分野で再び注目を浴び出したのが、《魔法陣》を使用した魔法だ。
 使用者の精神の(たかぶ)りを利用して、発現させる召喚魔法らしいが、それは長い間遺失魔法(ロスト・マジック)とされていた……原理は不明だが、やはり魔術士同様遺伝的素質で伝えられた魔法らしい。《ミグミグ族》とか言ったっけな、神の踊り子とも称された、今は滅亡した人間種族の扱う魔法だ。だが――最近、その存在が確認されたとか。生き残りがいたってことで、《塔》でもセイルーンでも大騒ぎだ」

 そしてこの大陸にも、《光魔法》と《闇魔法》というこの召喚魔法とは違った魔術の体系が存在する。

 要するに。説明し出すと、キリがないのである。

「まあ何が言いたいかっていうと――世界は広い。これに尽きるな」

「そのまんまじゃないですか」

「そのまんまやないですか」

 マジク、あいこがツッコミをハモらせると、オーフェンは毒づきつつも、言う。

「うるせえ。だが――たとえ文化や技術や魔法が違おうとなんだろうと、変わらないものがある」

「変わらないもの?」

「人間が、人間であることだ」

 はづきの問いに、オーフェンはきっぱりと告げる。事実を。

「たとえそれがどんな能力だろうと――科学技術だろうが魔法技能だろうが、何であれ、それを扱うのは人間だ。だからどんなに技術が進歩しようと、それはイコール人間の進歩を意味する、ってわけにはいかねえんだよな。どうやら」

 沈黙が、辺りを支配する。間を置いて、オーフェンは語った。

「どんな能力だろうと、それを扱うのは人間だ――って、人間じゃない種族も探せばいくらでもいるが、それは置いといて。
 人間である以上、完璧じゃない。要は、暴走する危険性を言いたいんだ。その力がそれぞれ違うだけで、その能力による暴走はどんな大陸でも行われてる――例外なくな。人間が皆愚かだなんて言うつもりはないぜ……俺だって人間だ。自分の首なんか絞めて、得ることは何もない。
 ただ――いつだって、その能力は制御(・・)されるべきだ。自分の心で(・・・・・)

 言って、彼は椅子から立ち上がった。そのまま無言で、窓の前まで歩いていく。外を見ると、もう夕日が落ちかけていた――やはり家まで送らなければならないらしい。想像以上に引き延ばされた話を切り上げるために、彼は視線を外に送り続けたまま、まとめた。

「魔術士ってのは、要するに、魔術を扱う存在ってことだ。だが俺らは別に、魔術によって何でもできるわけじゃない――さっき説明したようにな。だが、たまにその錯覚に(おちい)ることがある。それは恥なんだよ。《魔術》という切り札を持っている――それが慢心となれば、魔術士は終わり(・・・)だ。
 自らの心で、自らを律する――魔術士とは、そう在るべき存在なんだ。こういう考え方は、どうやら世界的には魔術士特有のものらしいんだが――俺はそんなに珍しいこととは思わない」

 向き直る。幼くして力を得た、魔女見習いたちに。

 そして、我が弟子に。

 さらに、期せずして強大な力を頭の上に乗せることになった、じゃじゃ馬娘に。

 そんな、同じ人間である彼女たちを見回して、ふと見るは《魔女》と《妖精》。人間ではない彼女たちのその表情から、その人間に対し何を思うかは読み取れない。

「お前らが、何をしでかしたかなんて知ったこっちゃねえが――」

 と、はづきに。あいこに。おんぷに。ぽっぷに。

「決して、力に頼るな。必要以上の期待をかけるな。その力で何ができて、何ができないのかをしっかりと学び、それを自分自身で制御し、使い方を覚えた者だけが、力を扱える資格を持つんだ。それは魔術士であろうと、魔女であろうと――変わらない。魔術や魔法の扱えない人間だろうと、変わらない。それだけは覚えとけ」

 そう断言して、席に戻った。どこまで伝わったかは、わからない――だが、今わからずともいい。いつの日か、それを実感する日が、きっとやってくる。彼女たちが《魔女》であり続ける――否、人間であり続ける限り。

「さ――以上で終わりだ。悪かったな、下手な説教なんてする気はなかったんだが。とりあえず、食事は全部いただいちまおうぜ、マジク。クリーオウも食べ終わったんなら、せめて流しにでも持っていってやれ」

「わかってるわよ。わたし、席を立てるまで待ってたんだから」

 ブーたれつつも、既にきれいに重ねてあった皿を運ぼうとしたが、クリーオウはふと動きを止めた。こうすればおそらく手伝おうとする――どの道断るつもりだが――はずの少女たち、特に自分と同じお嬢様であるはづきすらも動かない。皆で顔を見合わせながら、何やら深刻そうな表情でうつむいていた。

「……どしたの?」

 首を傾げるクリーオウ。マジクも(はし)を置いて、少女たちを見つめる。

 だが、オーフェンは既にピンと来ていた――よくあることだ。今までの旅で、こういう類いの経験は嫌というほど重ねてきている。その疑念は、マジョリカとララのふさぎ込むような表情で、確信へと変じた。

 すなわち――厄介ごとの始まり。

 そして、その原因も、既にわかっている。首を突っ込むつもりは――何より彼女たちのために――なかったのだが、その扉の鍵を開けたのは、おそらく先の自分の説教だろう。ならばもう、逃れ得る運命ではない。絶望的な面持ちで、彼はその招かれざる門を静かに開いた。何度開いたかわからない――数える気もない、秩序を乱す混沌(こんとん)へのドアを。

 まあ、最初から自分に秩序なんてなかったんだと開き直れば、どうということはない。多分。きっと。彼女たちの万能魔法の内実を受け入れた時のように、彼はつぶやいた――

「……あの、お団子娘だな?」



     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「はーっはっはっは! なかなか筋がいいぞお前たち! マスマテュリアが産んだ大陸最強――いや、世界最強の英雄ボルカノ・ボルカン様が言うんだから間違いない! 何せ、最強ったら最強だ。かの《赤の竜神の騎士(スィーフィード・ナイト)》が忠誠を誓い、《王下七武海》の一角になるとも噂され、《幻影旅団》すら退(しりぞ)けたキング・オブ・英雄だ。ああ、目を閉じれば今もありありと浮かぶ、激闘の日々――」

「激闘、カツ丼!」

 と、佐川ゆうじ。

「かけすぎ厳禁……」

 と、太田ゆたか。

「七味とうがらし!」

 と、杉山豊和。

「……字、余りすぎ」

 と、ドーチン。いや彼は関係ないが。

「はーっはっはっは! 見事だ、見事だぞお前たち! さすがはこのマスマテュリアが産んだ宇宙最強の英雄ボルカノ・ボルカン様が見込んだだけのことはある! よし、この意気で、悪の権化・凶悪借金取り魔術士を三段オチで笑い死に殺してくれようぞ!」

「もちろん! だって俺たち、佐川のS!」

「太田のO!」

「杉山のS!」

『俺たち、世紀末お笑い三銃士、SOSトリオだから!』

「…………本当に、世紀末だなあ…………」

 深々とつぶやき、ドーチンは今日の自分たちの寝床となる予定のその公園――美空公園をとぼとぼと歩いていた。

 滑り台の頂点に立って高笑いを続ける――あの三人が、ギャグがウケているものだと勘違いしたのはそのせいだ――兄と、その下でオチてない三段オチを披露し続ける、SOSトリオと名乗る子供三人から離れるように。彼らと自分の関係性を、少しでも否定したいがために。無駄な努力とは知りつつも。

「ん?」

 すると、彼は公園の入口付近で、呆然と……(あざけ)るような……哀れむような……ふさぎ込んだようなそんな表情で、SOSとかいう子供たちを見つめる三人の女の子たちの姿を見た。時間が時間だけに家への帰り道なのだろうが、何かいけないものを見てしまったかのような目をして、彼ら三人を見つめている。

 一人目は、かなりの長身だった――比較的だが。それでも側の二人とは頭一つ違う。同年代――男女問わず――の中でも、相当高い身長の持ち主ではなかろうか。赤のジャケットのポケットに手を入れて、一点を半眼で見つめ微動だにしていない。

 二人目は、ふくよかな印象の女の子。外見なんてものは抱く側の印象一つだ。性格的なものを加重され、柔らかな様子を見て取れることだっていくらでもある。何が言いたいかというと、優しそうだと言いたいのだ。今の表情は、ちょっと青ざめているようだが。

 三人目は、薄茶色の髪を二つに分け、両肩にかからない程度のところで丸くまとめた女の子。見れば黄色い上着の胸元についた大きなポッケには、何かのエサらしい袋が大切にしまいこまれていた。だから動物好きなのか、とは限らない気もするが。

「…………あのー、こんにちは。ひょっとして、お知り合いですか?」

 歩いていって、聞いてみる。と、相手はこちらの格好に一瞬だけ閉口しつつも――もう慣れた――、返答の言葉を必死に探っている様子だった。

「…………いや、その、難しいところで……」

「……ちょっと、答えにくいかも」

 二人目の少女――飯田かなえが戸惑っていると、三人目の少女――岡田ななこはやや断言していた。明確な回答こそしてないが、結構あんまりな言葉である。

 と、一人目の少女――奥山なおみが一心に向けている視線の行き先に、ドーチンは気がついた。

 SOSのS。最初のほうのSである。佐川とか名乗っていたあの少年。わけの分からない身振り手振りで気づきにくかったが、どうやらその背はやや低めのようだった。自分たちと変わらない程度か。同年代――男女問わず――の中でも、相当低い身長の持ち主ではなかろうか……とか言ったら失礼だろうが、だったら高い身長のなおみにだって失礼だろう。

 そう、つまりはこういうことなのだとドーチンは点頭した。己が背という、同じであり正反対のファクターにおいて、大きな確執が二人に生じているのだと。

 その確執を胸に抱き、彼女は今の彼を見て、何を思うのか――とりあえず、ドーチンには知ったこっちゃなかった。で、その彼女はふと我に帰り、言う。

「……全くの他人です。それじゃ。行こ、二人共」

 断言し、会釈し、二人を(うなが)して、去っていった。そんな三人の背を見つめ、ドーチンは一人つぶやく。

「…………どこの世界の人間でも、一番苦労するのは人間関係なんだね……」

 それこそが人間の姿なのだと、あの黒魔術士なら言うだろうか。そしてお互いが一番苦心している人間関係の相手が、そのお互い同士という皮肉。それもお互い煙たがっていても、決して切ることのできない関係――それと似たようなものを、彼女たちも抱えているとすれば、人間ってなんて(ごう)を背負った生き物なんだろう。

 まあ、僕たちは地人なんだけど。そうしっかりとオチをつけて、ドーチンは空を見上げた。

 いつの間にか陽は落ちている。徐々に黒い色彩を帯びていく、名も知らぬ異世界の街の片隅で、ドーチンは何よりも明日の食事の心配だけを考えていた。


公開日:2003年07月08日