東京駅0番ホーム発の銀河鉄道線から発車した、ロイヤルワンダープラネット行きの車内にて。
「おい真墨、その辺にしてくれよ」
「無茶言うなって……ククク」
何やらツボにハマったらしい、同い年の冒険者の笑い声を聞きながら、加賀美は頭を抱えた。
轟轟戦隊ボウケンジャー。生粋のトレジャーハンターを集め、サージェス財団が結成したプロフェッショナルたち。
密かに眠る危険な秘宝――《プレシャス》を守り抜くために、あらゆる困難を乗り越え進む冒険者たちは、今日も命がけの冒険に旅立っていた。
で、何故か。そのミーティングの席に、加賀美がいる。
「好きで見たわけじゃない。けど、妙に気になって」
「……良かったじゃないですか。夢の中でも、天道さんと一緒に戦えたんだから」
「菜月、加賀美さんをからかわないでください。彼はZECTからお借りした、大切な協力者です」
「はぁい、さくらさん」
ZECTでの上司、田所から急に出向命令が下ったのだ。別に左遷というわけではない。今年から、表に出る機会の増えたサージェスとの、将来の連携を見据えた田所の発案だった。
で……それに、何故か天道もついてきたのだが。
彼は今も、厨房にこもりっぱなしだ。食事は一期一会、毎回毎回を大事にしたいという天道は、道中ずっと料理し通しだった。
心から、料理が好きなのだろう。自分が食べるためではなく、人を喜ばせるために、全身全霊を賭けるのを惜しまない。
傍若無人、傲岸不遜。だが誇大でも妄想でもない天道が、時折見せる優しさの一つだ。
「まぁまぁ、いいじゃない。もっと聞かせてよ」
「蒼太さんまで!」
「違うって、純粋な好奇心だよ。知りたがりなんでね、僕」
笑って言う、2歳年上の冒険者。
これでも加賀美は体育会系だった。高校時代に野球部で、上下関係は厳しく叩き込まれた。だから今も、年上の蒼太らは先輩として扱い、きちんと敬語を使っている。
なので、こう頼まれては、何とも拒否しにくい。
仕方なしに、加賀美は再び語り出した。さっき見ていた、夢の――正確には悪夢の内容を。
異常といって差し支えないものだった。真面目に精神鑑定とかされたら、ゼクトルーパーのマシンガンブレード抱えてワームに特攻してそのまま果ててしまおうかと思うほどだ。
もっとも、ボウケンジャーが興味を持つのもわかる。
聞いていたのと、性格が違うのだ。夢の中の登場人物が、皆。
高飛車な女の子が気弱になったり、活発な女の子が運動下手になったり。
一番驚いたのは、データでは「自己主張が弱く、だが優しい」とされていた水色のドレスの少女が、どういうわけか。悪の女性幹部よろしく、高笑いを響かせていたことだ。
「……しかも、ミラーボールのドレスを着て」
「ミラーボール?」
菜月が首を傾げる。想像できなかったらしい、当然だが。
「うん、ミラーボール。ダンスホールによくある丸いアレが、そのまんまドレスのスカートになって。ライトを受けて輝いてた」
「悪趣味だな……」
「プリンセス・ミルロ。《ふしぎ星》しずくの国出身のお姫様。絵画が好きで、時には絵を介して意思を伝える程の気弱な性格。けど、芯にはしっかりした優しさがある……」
真墨に続き、割って入った蒼太が、宇宙警察――《S.P.D》から送ってもらったデータを、そらでスラスラ読み上げ。最後に、感想を一言。
「とても、そんなドレスをお召しになる性格とは思えないな」
「ちゃんと調書読んでこなかったんじゃないのか?」
「そんなことない! 何べんも読み直したさ、何たってあの宇宙警察〈スペシャルポリス〉からの依頼なんだから!」
真墨の言葉を、きっぱりと否定する加賀美。
そう、今回のミッションの舞台は、宇宙だった。
犯罪を取り締まるのが宇宙警察の使命であり、宇宙のプレシャスの管理は本来管轄外だ。そこで、宇宙警察地球署署長の紹介で、ボウケンジャーが派遣されることになったのだ。
スペシャルポリスといえば、誰もが知る憧れの職業の一つ。加賀美の興奮も無理はなかった。そして、蒼太も。
「何たって、地獄の番犬£シ々のご使命だからね。何かあると思って、調べてみたんだけどさ」
「お前、宇宙にまで情報網持ってたのか?」
「まぁね」
呆れて、真墨がため息をつく。ホント、油断ならない奴だと言いたげに。
「僕たちが向かってる《ロイヤルワンダープラネット》の、『ロイヤルワンダー学園』。ご承知の通り、そこは全宇宙の王子様、お姫様が集まって、国王や王妃になるための英才教育を受ける、名門中の名門だ」
「はい。ウチの野球部の後輩の、友達が世話になったっていう、《ハモニカ星国》のお姫様らしき女の子も通ってたって――」
「けど、今の教頭に変わってから、急にキナ臭い噂がたち始めた」
「何かあったんですか?」
「教育方針が変わったんだ。規則でガチガチに固めて、お互いを無理に競わせ敵対させる。友達を作るなんてもっての他、って。そのくせ教頭は、自らの保身にもご執心でね。高額の援助を受ける大富豪に甘く出たりと、教育に悪いことばかりしてるそうな」
「友達……」
その言葉に、興味深く相槌を打っていた加賀美が、顔を伏せる。
と、黙考していたさくらが口を開いた。
「なるほど。未来のキング、クィーン同士の競争を煽れば、国際問題にも発展する恐れが、というわけですね」
「その通り。で、ここからは僕の友達の、《トライアングル星雲》の諜報員〈カゲビト〉さんたちから聞いた話なんだけど、もうとっくにS.P.Dも動いてるって。そっくりさんの王女に化けたスペシャルポリスや、地球署と懇意の天空聖者〈まほうつかい〉の先生にも協力を依頼して、潜入捜査を始めてるんだってさ」
「だから、俺たちにお鉢を回したわけか。宇宙警察に目をつけられたと知ったら、証拠隠滅でもされかねないし」
真墨の指摘に、ゆっくりうなずく蒼太。
「そういうこと。それから……さっき話した、《ふしぎ星》のプリンセスたちが今年入学してから、さらなる騒動が――」
「その辺でいいだろう、蒼太」
「チーフ」
突然、明石が切り上げた。ずっと沈黙していたのは、タイミングを見計らっていた、そんなところか。
「俺たちの任務は――プレシャスの確保、それだけだ。そちらはそちらで、宇宙警察のプロフェッショナルに任せておけばいい。互いの邪魔はしない、それもまたプロのやり方だ」
「了解しました、チーフ」
素直にうなずく蒼太。
ボウケンジャーの頼れるリーダーである彼は、かつて伝説となったトレジャーハンターで、さらにサージェスのプロフェッショナルでもある。天道とは違う意味で、最強の万能選手だった。
「明石さん」
「どうした加賀美、不満か?」
「いえ、俺は賛成です。……ただ。たぶん、無理かなーって」
「どういう意味だ?」
チーフの問いに、加賀美は困ったような、それでいて嬉しいような、今ひとつ釈然としない表情で、答えた。
「俺たちが何もしなくても、天道が」
「あーー、それもそうか」
合点のいった真墨が、頭を抱えた。
「あいつなら勝手に接触して、勝手に衝突しかねないな。何たって、俺たちの基地に何事もなかったかのように潜入して、あわや明石と直接対決かと思ったら――」
「『妹が見学したいと言ったから、連れてきただけだ』って言ったんだっけ? 面白い人だよね、天道さん」
「……あいつ、ンなことまでやってたのか」
菜月の言葉に、今度は加賀美が額を抑えた。
つまり天道は、自分たちよりずっと前から、ボウケンジャーに接触していたということになる。
まぁ、天道だから、仕方ないな。加賀美は納得した。
「信頼してるんだな、天道のことを」
その心中を察したか、明石が声をかけた。
「……はい」
ちょっと迷った後、加賀美は答えた。素直に。
「あいつは確かに、自分が世界の中心にいると思ってて、過去未来現在全ての時代において最も完璧な人間だと思ってて、地球人口60億人の中で誰よりも一番優秀だと思ってて。歴代の仮面ライダーでも最も偉そうなライダーで、プレシャスが世界の宝なら俺は宇宙の宝だとか言う奴で――」
誰も加賀美にツッコまない。全部合ってるからだ。
「でも、あんな奴でも、ちゃんと『ヒーロー』なんだ」
加賀美は、今でも覚えている。
自分の弟に擬態したワームを巡る事件のことを。
自分が初めて、ライダーに変身した時のことを。
自分が囮にされ、己の力に疑問を持った時のことを。
いつでも天道は、俺に力を貸してくれなかった。
それでいいのだ。それが、天道総司という男なのだ。
あいつはいつだって自分本位のまま、誰かを助けてしまう。
逆に言えば、自分のやりたいようにやるだけで、結局は根底に優しさがあるのだ。困った人を放っておけないのだ。
「え〜〜、まもニャく〜、ロイヤルワンダー学園前〜。終点だ〜こんニャロメ〜〜!」
……上手く言えないけど。
天道なら、きっと何とかしてくれる。
車掌のアナウンスを聞きながら、加賀美は。ようやく自分も、天道のことが解りかけてきたんだと実感していた。
「っっとぅぇぇんどぉぉおおーー!! 何やってんだーー!!!!」
「うるさいぞ加賀美。申し訳ありません、エリザベータ様。こいつは俺と違って、品も学も礼も知らない凡人なのです」
「うむ、苦しゅうない〜〜〜」
あの教頭も媚を売るという、セレブ星のプリンセスにして超大富豪の娘というエリザベータ。いかにも、天道と真っ向から衝突しそうな相手を前に。天道が媚を売っていた。しかも。
「って敬語!? お前が敬語!? あり得ない、って言うか似合わねぇ! 天道、俺そんなお前を見たくなんか……」
「おばあちゃんが言っていた――」
不意に、天道が中空を指差した。多くの人々を導き、または道を外れた者に裁きを与えた、《天道語録》のポーズだ。
が。
「長いものに巻かれるのも悪くないって」
「嘘だッッ!!! お前のおばあちゃん、そんなキャラじゃねぇだろ絶対!」
「……失礼な奴だな。お前が、おばあちゃんの何を知ってるって言うんだ」
「それでもヒーローかお前は! わかったよ、だったら俺がこの学園を何とかしてやるよ! お前の替わりになっ!」
叫び、ズカズカ足音を立てながら去っていく加賀美を見て。
「天道〜〜〜、あの小市民は一体何を申しておるのじゃ〜〜〜?」
「さぁ。俺にもさっぱりです」
極々正直に、エリザベータに答えながら、天道は。
(やっぱり面白い奴だ……)
と、胸中でほくそ笑むのだった。
そして、加賀美は気づかない。
あの悪夢と全く同じ声で、エリザベータが喋っていたことを。
彼女のデータは調書で知っていても、声は聞いたことのないはずの加賀美が。夢の中でその声も、特徴のあり過ぎる口調も全て、完璧に再生していた、ということを。
「……到着して10分も経たずに、あのコンビネーションか。流石だな、あの二人は」
何やら勘違いしてるのか、そうでないのか。明石は、割と本気で感心していた。
やはり、彼らを同行させて正解のようだ。
「さて。俺も、ミッション開始だ!」
他の4人は、とっくに別行動を取っている。まずは、学園内の調査。ここにプレシャスが存在するのはわかっている。
ならば、どこかに怪しい動きはないか。目途はついている――
周囲を警戒しながら、明石は歩みを進めた。蒼太の言う通り、ここは王族の通う学園とは思えぬ程、ピリピリした空気が流れているようだ。何せ……
(既に監視されているからな。天道たちは)
天道、加賀美の姿を、遠くの物陰から見つめる影を、それとなく明石が注視した。
一見、普通の生徒に見える。だがその瞳の色は尋常ではなく、何やらつぶやいている。
「この学園にヒーローなど必要ない……」
「……ふしぎふしぎ!」
「何て鮮やかなツッコミや……これはもしや!」
(……って多いな)
どう見ても怪しい一番目の男子生徒はともかく、残りの二人は王女として素行に問題があるんじゃないかと、明石は思った。