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第二章

「な……なんでや、ねん」
「あかーん。腰が入ってないで、加賀美兄さん!」
 ……何やってんだ俺。
 学園の庭で、ハリセンを握りながら加賀美はうつむいた。
 彼をここまで引っ張ってきた、彼女の名はレモン。誰もがお笑い芸人を目指すという、ナニワン星のプリンセスだ。そのツッコミの腕は、星中で「天才」と謳われる程、らしい。
 さっきの天道とのやり取りを見て、加賀美に興味を持ったようで。どこへともなく走り出した加賀美に、こう言ったのだ。
『ウチがみっちり指導して、兄さんと天道さんを宇宙一のお笑いコンビにプロデュースや!』
 いえ。結構です。
 断りの言葉も、呆れた表情も、彼女の目には入らなかったらしい。
 まぁ、こういう流れには慣れている。もっと酷いのが身近にいるし、その酷いのの周りにもそういうタイプが集まっている。
「ええか? ウチに言わせれば、天道さんは最強のボケや。計算か天然かわからんあのキャラクターは貴重やし、下手にいじったらあきません」
 はぁ、そうですか。
「そこで、そのボケを可能な限り生かし、わかりやすくするためのツッコミ役として適任なのが、加賀美兄さんというわけや」
 おいおい、俺は天道の通訳でもスポークスマンでもないぞ?
「っというわけで! まずはハリセンの素振り1000回!」
「意味ねぇだろ」
 思わずハリセンを振り抜いた加賀美。流石に女の子の頭は叩けない、横から肩を軽く叩くに留めた。体格差が少々キツかったが。
「そうそう、その調子やで!」
 我が意を得たり。レモンは、笑ってサムズアップした。
「……そ、そうか?」
「かのウンチークは言っているわ!」
 加賀美が笑みをこぼすと、客席から声がした。その女の子が、人差し指を突きつける姿は、天道のそれを連想させた。が。
「99パーセントの才能と、1パーセントの努力って」
「……………………はぁ」
 誰だよウンチークって、お子様の教育に悪い格言だな、とツッコむ気も起きず、加賀美がため息を付いた。
「どうしたの?」
「……いや。俺の知ってる奴なら、きっと『おばあちゃんが言っていた、10割の才能と10割の努力だ』って返す気がして」
 ポーズまで真似て実演すると、女の子は興味深そうに応える。
「どちらにしても、才能がなくちゃダメってことね!」
「……そうなんだろうなぁ」
「ほらほら兄さん、練習再開や。手首はスナップ! 回転はスイング! 歩く姿は百合の花! これがツッコミの基本や」
「ツッコまねぇぞ。百合の花にはツッコまねぇからな」
「お、スルーも使いこなすなんて、流石ウチの見込んだ人や!」
 そんな感じで、レモンと共に特訓に励む加賀美だった。
 客と言っても、いるのは二人。菜月と、さっきウンチーク語録を披露した女の子だ。
 確か、あの娘の名前はシフォン。マスマティック星のプリンセスで、6歳にして生徒会長を務め、主席でもある天才少女だ。
 名門学園のエリートの中で、頂点に立つ王族と言える。だが、最近様子が変わったとは、S.P.Dのレポートによる情報。
「ふしぎふしぎ〜、とってもふしぎだわ〜!」
 二対に丸めたお団子頭の余り毛をくるくる回しながら。シフォンが歳相応にはしゃいでいる。菜月と、ボウケンチップに光をかざして遊んでいる。そこには「FUSHIGI」と書かれていた。
 ふしぎ――その名を冠する星から、今年新入生がやってきたという。あのシフォンが、わざわざ下級生のクラスに編入までしてチームを組んだのが、そのふしぎ星出身の《ふたご姫》だ。
 ロイヤルワンダー学園の伝説の鐘《ソレイユベル》。ふたご姫は、入学式でそのベルに認められ。宇宙で唯一の存在《ユニバーサルプリンセス》となり、《魔法》の力を授かった。
 が、「友達100万人計画」という、全校生徒を上回るであろう人数の友達を望んだ二人は、誰かのために魔法を使い続けた。
 そんな二人に、「ふしぎふしぎ〜」と目を輝かせながら付いていくシフォン。
 それが新学期早々、学園での名物になっているのだそうだ。
 と、加賀美は気づく。そのふたご姫は、今何処に?
「? 兄さん?」
「いや……どうして彼女、今日は一人なのかなって」
「ああ、チームメイトがケンカしてるんです」
「喧嘩?」
 あれで一応話を聞いていたらしい菜月が、手を止めてシフォンに尋ねる。が、当のシフォンは、しれっと答えた。
「『しばらく話したくない』って。前にも似たようなことがあったそうだけど、今回のは深刻みたい。
 もっとも、この学園の方針は『人生は競争。周囲はみなライバル』だから、珍しいことじゃないわ」
「そんな! 友達のこと、心配じゃないの?」
「……友達? 二人はチームメイトよ?」
 哀しそうな顔をする菜月。不思議そうな顔で答えるシフォン。
 S.P.Dのレポートには、こうあった。
 ふたご姫は、この学園に来る前。二人力を合わせて、ふしぎ星の危機を救ったのだと。星中の国々のプリンセス、プリンスの心を一つにまとめ上げ、闇を追い払ったと。
 わずか8歳の子供にできる芸当ではない。加賀美も目を疑ったが、宇宙は広いということだろう。
 そしてそんな二人の優しさが、シフォンの頑なな心を溶かすのでは。そう、期待されていたのだが……
 加賀美がうつむくと、レモンが真っ当な指摘を突きつけた。
「って、詳しいですね兄さん。今日、この学園に宝探しに来たばっかりだって言うとったのに」
「あ、ああ、ほらそこは! 俺も色々話を聞いてるっていうか、そうそう君のチームメイトは? 何も俺じゃなくても、他の二人をプロデュースすれば――」
 誤魔化そうと口を動かす。が。
「……?」
 加賀美が口を閉じると、辺りには菜月とシフォンの口論だけが響いていた。レモンの返事は、ない。
「……俺、何かマズいこと言った……みたいだな」
「ちゃいます! ただ、ウチが……」
「何かあったのか? もしかして、君のチームメイトも――」
「ウチが余計なことしたせいか、二人の様子がヘンになって」
 レモンの独白を、冷静に聞く加賀美。
「見事な天然振りで毒舌まで天然だったソフィーが、急にマトモな発言しかしなくなって」
「っていいだろ別に。プリンセスなんだから」
 否。ツッコまずには、いられなかった。
「そんなソフィーにツッコんでいるようで、実はいい様にやられていたアルテッサも、その天才的な『隠れボケ』の才能はどこへやら、か弱くてしおらしいプリンセスになってしもた」
「や、だからさ。別にプリンセスがお笑い向きでなくなっても、何の支障はないわけで」
「ウチのせいや……あの二人の天才的な掛け合いは、ウチ抜きで充分成立しとったんや。ほら、ジャニーズ星のたのきんトリオかて、ヨッちゃん一人だけ取り残されたっていうし」
「…………そうか。頑張れよ」
 地球ではそのヨッちゃん率いるバンドが、加賀美の番組のエンディングテーマを担当してるわけだが、それはそれとして。
 何やら落ち込んでいるレモンの悩みは、加賀美には高度過ぎたらしく、適当に返答するしかなかった。
 現在こそ威厳を持つ女王が、かつては多くの武勇伝を持っていた。ヤンチャな少年期の経験を生かし、立派な王族となった。
 よくある話だ。子供の時は嫌いだった野菜が、大人になってから食べられるようになったりするのと同じで。
 急激な変化というのは、誰にでも訪れる。天道と出会ってからの自分が、いい例だろう。
 そう、急に性格が変わったところで――
「!」
 性格が。変わった?
「ちょっと待て!」
「兄さん?」
「……もしかして。リオーネっていう、オレンジのポニーテールの子が、運動オンチになってたりしないか?」
「リオーネ? 確かにバレー部のルーキーとして期待されとったのに、最近急に動きが鈍くなったって」
「やっぱり――」
 蒼太が、妙に興味を持っていた理由が見えてきた。
 彼らボウケンジャーが、はるばるこの学園に探しに来たプレシャス。この変貌の原因が、そのプレシャスにあるとしたら?
 そして、その影響を、既に自分も受けているとしたら……
「あのな、レモン。実は俺、ここに来る途中見た夢で――」
「見たわよ……校則違反、減点5」
 と、割り込む声がした。
「えー、せっかく変身を見せてあげようって思ったのに」
 ふと加賀美が振り向くと、そこでは菜月が冒険ケータイ《アクセルラー》を構えながら静止していた。
「……何やってんだ菜月?」
「私たちボウケンジャーの仲間の絆を、この子に教えてあげようと思って」
「いや、だからって、変身する必要はねぇだろ」
 加賀美が頭を抱えた。自分たちにも、天然ボケキャラがいる。
 果てさて、変身に割り込んだ彼女は、フーキ星のプリンセス・マーチ。風紀委員らしい。そのまんまだが。
 イエローカードの違反切符を取り出した彼女は。
「そのボウケンジャーとかいう人たちが来たことで、新しい校則ができたの」
「校則?」
 オウム返しにする加賀美に、マーチ曰く。
「『変身』、『スタートアップ』、『撃龍変身』、『魔法変身』、『響鬼装甲』、『デュアル・オーロラ・ウェイブ』、『デュアル・スピリチュアル・パワー』、『メビウース!』、『X装着』、『蒸着』、『癒着』といった変身行為は、全て禁止になったのよ」
「多いなオイ!」
 思わずツッコむ加賀美。
「安心して……別にツッコミは禁止されてないわ」
「聞いてねぇし」
 こいつもある種天然なんじゃねぇの、とか思っていると。
「……なるほど。校則ですか」
『さくらさん!』
「私も、全部読ませて頂きました。風紀委員のかたですね?」
 突如現れたさくらが、菜月、加賀美に会釈だけで返事すると。ボウケンジャーの要たるサブチーフは、マーチの前で座り込み、優しく目を覗き込んで。
「『友達と仲良くしてはならない』、『友達を作ってはいけない』、『友達間で話す時は、なるべく三人以上で、2メートル以上離れてすること。連続し3分以上話すのは禁止』、『教室で友達と二人きりになる時は、窓を全部開けいつでも人を呼べるようにする』……これらは全部同じ、あるいは転用可能な校則ですね」
「え?」
 すらすら話す。マーチの動揺もよそに、さくらは。
「このように、重複する校則が22件。解釈次第で共用できる校則が140件ありました。また、拡大解釈で不当な適用がされる恐れがあるのも、これだけあります」
 マーチの手に、レポートを乗せた。かなりブ厚い。
「校則を遵守するのが学園生活の基本ですが、その校則に不備があっては元も子もありません。皆で守るために、できるだけ判りやすくするのも義務です。是非、検討してくださいね」
「う……うう…………」
 たじろぐマーチに、にっこりと笑うさくら。
 これにはシフォンも、レモンも驚いた。
「ふしぎふしぎ〜、ふしぎがいっぱい!」
「……地球には、まだまだツッコミの名手がおるんやなぁ」
「不思議でもツッコミでもありません。当然の指摘です」
 きっぱり言い切るさくらに、加賀美も目を輝かせる。
「……やっぱ超クール、岬さん以上かもな。俺も真墨みたいに、『さくら姉さん』って呼んでいいですか?」
「ダメです」
「即答かよ!」
「流石さくらさん! カッコイイ!」
「菜月。そもそもミッション以外で変身は禁止です」
「はぁい」
「加賀美さんも。いいですね?」
 最後に菜月をたしなめて、さくらが加賀美の瞳を覗き込む。
 変身――
 彼女は、知っているようだった。当然のことだが。
「変身? あなたも変身できるの?」
 シフォンが尋ねてくるが、加賀美は顔を伏せ。
「……いや。俺は」
 と、口を濁すだけで精一杯だった。
 それしか、出来なかった。



 かつて、加賀美は。
 2回だけ、《仮面ライダーザビー》に変身したことがあった。
 ZECTの精鋭部隊シャドウ。とある事情で、その指揮官がいなくなった時。彼らを守ろうと、立ち上がったのが加賀美だった。
 そんな彼を、《ザビーゼクター》は新たな主として認めた。
 だが――加賀美は、それよりも天道を選んだ。
 ZECTに従わないライダー、カブトを抹殺せよ。その本部の指令を拒否するために。
 加賀美は言った。天道を、友達だと思ってる、と。
 が、その天道は。当の天道は――
(おばあちゃんの言った通りだ……)
 空から降ってきたサバを、意気揚々と捌いていた。
 エリザベータから贈られた褒美である。
『エリザベータ様主催の、サバ味噌パーティーの準備だ』
 そう言って、天道は学園の調理場を借り。マイペースに、料理と洒落込んでいた。
 明石は、天道をこのミッションに誘う際、こう言った。俺たちに同行すれば、宇宙一のサバが手に入るぞ、と。
 天道は、そのために来たのだ。だから真っ先にエリザベータに接触し、彼女を担ぎ上げた。全てはサバのためだ。
 加賀美が何を思ったかは知らないが、自分にも子供の遊びに付き合う程度の甲斐性はある。こうして、子供の口に合うように、煮上がったサバ味噌の小骨を取り除くのと同じだ。
 持参したネギとミョウガを添え。煮汁をかけ、完成。
 天道流・宇宙サバ味噌。枕詞の宇宙に、特に意味はない。
「試食だ」
 と、天道が差し出したのは三皿。
 エリザベータ一人分ではない。今も彼女に甲斐甲斐しく付いている二人――シャシャとカーラの分もある。
 どちらもエリザベータ同様、セレブ星のプリンセスだが、何故エリザベータの付き人をやっているのかは、わからない。
 少なくとも、天道の興味の範疇にない。
 明らかに動揺している二人に、天道はあくまでもマイペースに。
「どうした、熱いのは苦手か?」
「そんな!」
「わたくしたちの分なんて要りませんわ!」
「うむ〜〜〜、それでよい〜〜〜」
 眉をひそめていたエリザベータも、二人の返答に納得した様子だ。天道は、それを見て。
「……。おばあちゃ――」
「総てを司る男って割に、レディのエスコートが、なってないな」
 と、割って入ったのは蒼太。
「何のつもりだ」
 天道の抗議も聞かず、蒼太はエリザベータに丁寧にお辞儀して。
「お会いできて光栄です、ミス・エリザベータ。これはきっと、運命だな」
「うむ、小市民にしては、まずまずのお手並みじゃ〜〜〜」
「いえいえ、まだこれからですよ。お近づきのしるしに、僕が見つけた絶景のスポットでお食事しましょう」
「うむ、よきにはからえ〜〜〜」
 機嫌を直したエリザベータ。しかし、天道は面白くない。
「おいお前。余計なことを――」
「つれないなぁ。よく言うだろ、全ての女性は平等に――平等に、ええと……」
 小声でこっそり話しかけた蒼太に、天道はわざと大声で答える。
「平等に美しい、だ」
「そうそう、それそれ。君たちみたいな美人が、悲しむ顔は見たくないってね」
 と、シャシャとカーラにウィンクする蒼太。
「? 何の話じゃ〜〜〜?」
「いえ何も。それじゃあ参りましょうか!」
「おお〜〜〜!?」
 右肩に軽々とエリザベータの豪華なソファを持ち上げ、左手のお盆にお皿を乗せて。余計なお世話を終えた蒼太が去っていった。
「全く。風間とやらも、これくらい気が回ればいいんだがな……」
 最近知り合った、《ドレイクゼクター》の資格者をちょっとだけ思い出す天道。が、すぐ忘れた。
「冷めるぞ、早く食べろ」
 残されたシャシャ、カーラに、食事を勧める。
 黙ったままだった二人が、サバ味噌を口にした。途端。
『…………美味しい』
「仕事は、納豆のように粘り強くするものだ。強くなるために、遠慮せず食べろ。それも仕事だ」
 言われずとも、二人はすっかり料理に夢中だった。そんな様子に、天道が優しく微笑む。
 とはいえ試食、量は少ない。楽しい時間はすぐに終わった。
 ごちそうさまの声の後、うつむくシャシャ、カーラ。
「あいつのところへ行かないのか?」
 顔を見合わせる二人。何やら迷いがあるらしい。
「天道様……」
「実は――」
「あのソファ、掃除も手入れも甘い。外側だけ取り繕って満足するのは、仕事と言えない」
 さえぎって、天道が喋り出した。
 俺に相談しても無駄だ、と言いたげに。
「サバの運搬方法も問題だ、鮮度を損なわないためにカプセルで飛んで来させるのはいいが、中の温度管理にも充分に気を遣え」
 俺は加賀美とは違う。俺はそんなに、お人好しじゃない。
「……お前たちは、あいつの友達か?」
 不意の問いに、カーラが慌てて否定する。
「そんな、滅相もない!」
「ならいい。友情とは友の心が青くさいと書くんだ」
「わたくしたちは……」
 今度はシャシャ。何かを口に出そうとして、躊躇する。しかしその前に、二人のためらいを意にも介さぬ天道が。
「だが、青くさいなら青くさいで、それを本気でぶつけなければ意味がない。そして、青くならねば果実は熟さない」
 そっと、天道が二人の皿を片付けた。
 校則でお残しは禁止されているのか、あるいはプリンセスとしてのたしなみか。どちらにせよ、皿の料理はきれいに食べつくされていた。子供には向かないと承知で添えた、付け合わせのネギとミョウガも。
 それだけでいい。天道にとっては。
「青魚も料理次第で最高の味になる。せっかくのサバを無駄にしたくないなら、決して眼を離さず、徹底的に尽くし続けることだ。うまくいくか、それは天の道℃汨諱c…」
「あなたは」
「一体――」
「おばあちゃんはこう言ってた」
 人差し指を天≠ノ向ける天道。
「天の道を往き、総てを司る男――」
 ふと。シャシャとカーラが気づいた。
 窓から、光が漏れてきている。あの輝きは、確か《ソレイユベル》のもの。あちらの部屋に保管されているのだろう。
 伝説のベルが選んだ、宇宙で唯一の存在《ユニバーサルプリンセス》。それはエリザベータではなく、あのふたご姫だった。
 しかし――その男は。
 その淡い光を、真っ直ぐ指差して。
「俺の名は、天道総司」



「この学園に『天の道』など必要ない……」
「……じゃあ、何が必要なんだ?」
 天道たちの姿を、物陰で見つめていたトーマ。
 真墨は、その背後をあっさり取った。
「貴様!? 何のつもりだ!?」
「お前の中に闇を見た。それだけだ」
 真墨のイメージカラーは黒。
 それは、闇に限りなく近い色だ。欲望のために他人など犠牲にする、ただ己の強さだけを求める、それが闇。
 彼の因縁の相手《闇のヤイバ》は、そう言って自分を闇の道に誘った。無論、真墨にその気はない。
 闇を解放しろ。欲望のままに力を求めろ――
 奴はそう言っていた。
(同じだ。コイツも……)
 S.P.Dファイルによれば、彼はワルプルギス星から来た「元」プリンスだ。王家復興のために特待生となり、生徒会副会長にまでなった。
 そのために手段は選ばない、というわけだ。「周囲はみなライバル」の意識が極端に強いのも、そのためだろう。
「あの、ふたご姫とやらがこの学園にやってきて。皆仲良く友達友達、か? そんな歌を唄いながら騒動を起こすたびに、闇の使い魔――獣、虫、植物などが現れるんだってな」
「……何の話ですか?」
 穏やかな表情に戻り、答えるトーマだったが。
 闇が現れる時、その傍にいつも彼がいるというのは、既に捜査で明らかになっている。彼はいつだってふたご姫の動向を注視し、妨害している……そんな疑惑があるのだ。
 そしてその疑惑は、授業中の二人をも尾行する彼の姿が確認されたことで、ほぼ確信に変わっている。今やS.P.Dが厳重に監視する最重要参考人となった、これは蒼太の情報だ。
 よって、ボウケンジャーである彼に、深い接触は許されない。
 だが、真墨は思う。
(コイツも……昔の俺と同じだ)
 だから放っておけないのだ。素直に認めた。
「はっきり聞くぞ。お前が、この学園の――」
「大変だぁ〜!」
「って何だよオイ!」
 情けない声に割り込まれ、イラっとしながら真墨が振り向くと。
「ううう〜〜、ごめんなさいぃ、えぐえぐ」
 立ち止まったノーチェが、なよなよした様子で涙ぐんだ。
「お前……」
 一緒に現れたファンゴが、呆れてつぶやくと。
 ノーチェがそっちのほうを見た。低い背丈で、斜視する彼に、ノーチェは。
「うう、ごめんよぉ〜〜」
「何がしたいんだお前は!」
 自分とファンゴ、両方に怯えているノーチェにツッコんだ真墨。
 ノーチェはオーケストラ星、ファンゴはグレーテル星のプリンスだ。ノーチェのほうは最初、誤植で「プリンセス」と調書に記されていたが、間違えられた理由がわかった気がした。
 片方は泣き虫、もう片方はぶっきらぼうな性格だが、何故二人が行動を共にしていたのか。
「そ、そ、それが……ファインが――」
「ふたご姫の様子が変なんだ。あんたたち、何か――」
「何だと!?」
 二人の言葉に驚くトーマ。彼にとっても予想外らしい。
 にもかかわらず、真墨は怒鳴る。もう、彼に構う時間はない。
「お前ら……そういうことは早く言え!!」
 その迫力に、ファンゴまでもが体を震わせた。
 事情は、少々聞いていた。だが早過ぎる。
(……ってことは、やっぱり明石のほうが当たりか!)



 明石は一人、学園の美術部部室にいた。
 薄暗い部室で。飾られていた風景画を見て、つぶやく。
「ブラック・サン……黒い太陽か」
 蒼太の情報には、つくづく助けられている。明石は改めて仲間と、その才に感謝した。
 かつてのふしぎ星の危機。それは、ふしぎ星の星力《おひさまの恵み》が弱っていたことに端を発する。
 それを感じ取り、無意識に筆で表現したのが――プリンセス・ミルロの、この絵なのだ。
 彼女の感性は、非常に俊敏だ。それに身体がついていけないから、挙動が遅くなるだけである。
 絵が散らばっている部室。ミルロの自画像だろう、しかしそれらは随分と個性的だ。
 瞳が闇に包まれ、周囲に闇のオーラすらまとっているミルロ。
 入浴中レインに抱きつき、のしかかっているミルロ。
 自作のスイーツ《しずくの生チョコレート》を抱えて微笑んでいる普通のミルロがいたと思いきや、何故か化け猫になっているミルロもいた。
 これらは全て、彼女の心の奥底にいるミルロなのだろうか?
 ゆっくりと、歩を進める。途中、見覚えのない人物画もあった。タイトルは『マフラーと砂の城』。活発な少女と、おしとやかな少女が、同じ柄のマフラーを巻いて抱き合っている絵だ。
 やがて、カチャカチャと、軽い音が聞こえ出す。
 奥にいる少女が、独り筆を振るう音だった。
 彼女の周囲に、無造作に散らかった人物画が目に入る。
 泣いているアルテッサ。無個性なソフィー。
 運動会の障害物競走で、アンパンに飛びつけないリオーネ。
 そして――ジェラシーという名の怪物に打ち勝てずケンカして、挙句に高熱を出し倒れたファインとレイン。
 全て……加賀美の見た夢そっくりに、描かれている。
(天道の言った通りだな)
(加賀美はすぐ誰かに影響されるが故、感受性も高い。あいつが一番に、この反応をキャッチできたというわけだ)
 この学園で起こったという、ふしぎ星出身の生徒たちの急激な変貌。その姿が、この絵に記されている。
 その絵の主は――プリンセス・ミルロは。一心不乱に筆を振るい続けていた。何かに抗うが如く。
 それをじっと見つめる明石。
 が、手が止まり。はた、と筆が落ちた。
「君は……」
 明石が声をかけた。
「何がエリザベータよ……」
 つぶやくは、強い意志を帯びた鋭い声。
 明石は、ミルロのキャンパスを覗き込んだ。そこに描かれたのは、ミルロの自画像。ただしその目は釣り上がり、皮肉げな笑みを浮かべている。彼女が決して、しそうにない表情。
 手に持つは、小さな杖。先端の三日月の中心には、しずくの形をした小さな宝石が飾られている。
 刹那、明石は見た。
 錯覚ではない。しかと見届けていた。
 絵の中の宝石がキラリと光って、絵から現出する瞬間を。
 絵の中の《しずくの杖》を、ミルロが手につかむ瞬間を。
「怒って扇子を折るのは、ふしぎ星一キレイな私の専売特許よ! オーホホホッ!!」
 目の前の自画像、そのままの表情で。
 加賀美の見た夢と、全く同じ表情で。
 ミルロが――高笑いをあげた。


update : 2007.03.24
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