初めから、わかっていたことだった。
二人が、「ふたご」として生を受けた時。その運命は決まっていたのだ。
「決着をつけましょう、ファイン」
長く青い髪をした姉が、静かな声で呼びかける。
その澄んだ声に、ためらいはない。全てを押し殺し、全てを受け入れた者が出す、涼やかな声。
「クィーンになれるのは、只一人だけよ」
その声とは、あまりに不釣合いな言葉。あまりに残酷な現実。
「私は絶対に負けない」
それを全力で否定するは、赤い髪の妹。
戦わなければ、生き残れない。人はそう言う。
そんな現実は認めない。絶望を、認めてはいけない。
「1つでも命を奪ったら、レインはもう後戻りできなくなる!」
対照的な、熱い声。命の息吹を感じさせる、灼熱の太陽を連想させる、激しい思い。
姉は応える。その思いに敗けぬ、凍て付いた覚悟を胸に。
「私は、それを望んでいるっ!」
姉の覚悟を受け止めるために、妹は。
妹を乗り越え先に進むために、姉は。
それぞれの選択肢〈カード〉を手にした。
「……いや」
ごくごく素直な感想を、加賀美は口にした。
「どっちかが、どっかの国に嫁げば、どっちもクィーンになれるだろ」
『変身!!』
「聞けよ人の話っ!」
ふたご姫をハリセンでなぎ倒して。無意味な戦いは止まった。
どう戦うつもりだったのか、変身ってもどう変身する気だったのかなんて、加賀美は知らない。
「ナイス、兄さん!」
「……ああ」
レモンのサムズアップに、適当に答える加賀美。
今や学園中で、こんな騒ぎが起こっている。誰もが、無軌道な言動と無意味な絶望、不必要な争いを起こし、暴走している。
てなわけで加賀美は、レモンと共に。そいつらをツッコんで回っていた。
「ふしぎふしぎ〜、あんなに仲良しだった、ふしぎ姫が」
「ふたご姫だろ」
「ふたご姫やっちゅうねん」
シフォンも、ふしぎふしぎ言いながら後を付いて来ている。
と。明石が駆けつけた。
「無事か、加賀美!」
「明石さん! 良かった、蒼太さんも」
「皆を止めようとしてるのか。ご苦労様」
安堵する加賀美。彼らと合流できたのは、幸いだ。
「だが、ここからは俺たちの出番だ! 行くぞ、蒼太!」
「OKチーフ!」
後は、彼らに任せよう。
『レディ!』
自分は、子供たちを守るのに専念――
『ボウケンジャー・ドレスアップ!』
?
今なんて?
「ドレスアップぅ!?!?」
呆気に取られた加賀美を無視し。二人は、そのまま変身完了した。や、変身したのはいいんだけど、決めゼリフがおかしい。
「輝く冒険者、ボウケンレッド!」
「きらめく冒険者、ボウケンブルー!」
『ユニバーサルプリンセス!!』
???
「明石さん? 蒼太さん?」
何だこれ? 夢か、俺はまた夢を見ているのか?
と。
「こんなバカげたことをやってる場合じゃない」
混乱する頭に水をブッかけるが如く、冷たい言葉を投げかけたのは真墨。
「真墨! なぁこれは夢か? 夢なのかっ!?」
「目を覚ませ加賀美。これは現実だ」
「現実? ああ現実だよな、そうだよな」
「そうだ現実だ。どうしてこんな連中が力を持っているのか、俺はその現実に、もどかしさに無性に腹が立った。だがあいつらなりに努力しているのを見て、いつの間にか考えが変わっていた」
「いやお前が目ェ覚ませよ。何言ってんだお前」
そろそろ、現状がつかめてきた加賀美である。
「……あの、これって」
「ふしぎふしぎ〜、ボウケンジャーも暴走し始めた」
「だな。それで合ってる……と思う」
レモン、シフォンにうなずく加賀美。いや、でもまさか。彼らはサージェスのプロフェッショナルだ。こんなあっさり――
「俺はお前を見守ろうと思った。蒼太、お前だからだ。俺は……俺は、お前のことが」
「って落ち着けーー!!!!」
加賀美が両手でフルスイングしたハリセンが、真墨の後頭部にクリーンヒットした。
「何、ズルイぞ蒼太! 俺は1話から真墨を助けたりしてたのに、どうして蒼太ばかり!?」
「待ってくださいチーフ、僕はあいつのことなんて全然何とも思ってな――」
「何とも思ってない相手を選ぶか。ちょっとした冒険だな!」
「……彼らは何を言っているの?」
ふしぎーと言うことすら出来なくなったシフォンに、加賀美は。
「それは俺にもわからない。わかりたくもない。だが、やるべきことはわかる――明石さん、蒼太さん、失礼します!」
「ああ……行くで兄さん」
宇宙を越えてタッグを組んだ、二人のツッコミ師が。
『――いい加減にしろー!!』
何やら取っ組み合いの喧嘩を始めた赤と青の人の脳天目掛けて、正確無比にハリセンを叩きつけた。
途端、静かになる庭。
……深呼吸して、加賀美が切り出した。
「状況を整理しよう。俺はここに来る途中、今と同じように――皆が暴走している夢を見た」
「夢?」
「そうなんだレモン。さっきも言いかけたけど、君が言ってた友達の急な変化も、俺が既に夢の中で見た姿と全く同じだった」
「それじゃあ、これも」
「ああ、夢の通りだ。明石さんたちを見て、はっきり思い出した」
ゆっくりと、加賀美がうなずいた。
「夢の中のふたご姫は……シェイド王子だっけか。その黒い少年を巡って痴話喧嘩した後、高熱を出して倒れてた」
故に、夢の中でワームが――黒い闇の怪物が現れても、ふたご姫は現れなかったのだ。
加賀美が、さっきの一撃で変身の解けた、明石と蒼太の額に手を当てる。
……体温が上昇している。異常な程。
「何で明石さんたちが、その役になってるのかは知らないけど、間違いない。現に、二人とも高熱を――」
「ジェラシーという名前の怪物と戦う。ちょっとした冒険だな」
「いいから寝ててください」
いきなり飛び起きた明石に、ハリセンの一撃で容赦なく昏倒させる加賀美。もう先輩への敬意とか、気にしてる場合じゃない。
「! そういえばファインも、そんなこと言ってたわ」
シフォンが気づく。
「自分が怖いって……『私の中にジェラシーっていう名前の怪物がいて、自分でもどうしようもないの』って!」
「君もか。俺も夢の中で、そんな台詞を聞いたんだ。つまり、俺の見た夢が、この学園で現実になってるってこと――」
「まるで体の大切な一部をなくしちゃったみたい。これも、ちょっとした冒険だな」
「アンタそれ言いたいだけやろ」
今度はレモンが黙らせた。
「……そうそう、あんなことも言ってた」
「ふしぎふしぎ〜」
うなずきあう加賀美、シフォン。
と。
「……フン、俺は別に構わないぜ」
「目覚めたか真墨、いや全然目覚めてないな。そのまま眠っててくれお子様の教育に悪いから」
「俺は手に入りにくいものほど自分のものにしたくなる性格らしい」
「いいから――」
加賀美がハリセンを振り上げる前に。
「あんたたちね!!」
スタンガンを片手に、菜月が真墨に襲い掛かった。叫ぶ加賀美。
「どこ行ってたんだよ菜月!? 落ち着け、コイツは今――」
「このカバンと顔に見覚えあるでしょ!? マユのカバンどこやったか白状しなさい――!!」
「ってお前も暴走してたか。わかってたけどな」
「ぎゃあぁ〜〜!!」
止めに入ろうとするも、やっぱりやめた加賀美。MAXパワーの電圧を浴びる真墨の悲鳴は、聞かなかったことにした。
これで4人全員が、おかしくなっている。と、いうことは。
「サヤ!! どこ行ってたんですか、みんな心配して……」
「ああ、さくらさんまで暴走してるんですね。わかってますよ、マユとかサユとかカバンとか顔とか、夢で見ましたからね俺」
「だって! マユ引っ越しちゃうって聞いたから! マユと仲直りしたかったから!」
「引越しって何の話だ菜月、じゃなくてサヤだったっけ、ってあれ!? そうか、マユとかサユとかってこの学園にいないよな!? じゃあやっぱり、今でも俺は夢の中!?」
「アンタが落ち着け」
「おおっ!?」
大混乱の加賀美を止める、レモンのハリセン。国中に認められた天賦の才は、決してひいき目ではない。一撃で正気に戻した。
すると。しばらく、黙考していたシフォンが。
「……これ、知ってるわ」
「!? シフォン、どういうことだ?」
「ミルロの描いた絵よ。興味を持って、色々聞き出したの。今日、遂に完成したって。確かタイトルは――『マフラーと砂の城』」
「……それを、俺が夢で見たのか」
それは、ケンカした幼馴染の二人の女の子が仲直りする物語。
子供の頃、サヤの作った砂の城を必死で直したマユ。それと同じように、サヤのマフラーを編み直そうとしたマユだったが、マフラーの入ったカバンを盗まれてしまう。そうと知らずに、サヤはひったくり犯に挑んでいく。
そう、さっきみたいに、スタンガン持って。
……結構、物騒な話である。
「泣くなよ」
「マユだって」
「――と、こんな感じにお別れしてたの」
「……俺もそんな感じだった」
その内容を実演して見せているさくら、菜月を放置して。シフォンと加賀美がまとめた。
「私の計算では、この騒動の原因はミルロの絵にあるわ」
「ああ。きっと、そのミルロの近くに、俺たちが探しに来たプレシャスがあって。その影響で、皆おかしくなっちゃったんだ。
シフォン、俺をそのミルロって子のところに案内してくれ。明石さんたちの代わりに、俺が行く!」
「わかったわ、加賀美さん」
「よし、行くぞレモン! ……レモン?」
……迂闊だった。気づくのが遅すぎた。
レモンが、苦しげにうずくまっている……
「レモン! しっかりしろ、もしかしてお前も――」
「せ……」
「せ?」
「芹沢さーん!」
?????
「せりざわ?」
「せっせせっせせせせせせ」
「……お客様の中に、じゃなくてこの学園の中に、どなたか芹沢さんはいらっしゃいませんかー?」
「いないわ」
ヤケになる加賀美に、律儀に即答するシフォン。
壊れたテープレコーダーのようになったレモンの頬を優しく叩きながら、加賀美が呼びかける。
「レモン! 俺は加賀美だ、わかるか!?」
「せせせっせ……? 加賀美、兄さん?」
「そうだ、加賀美だ! で、芹沢って誰だ? CREW GUYS JAPANの前隊長か?」
「わからへん、せやけど……加賀美兄さん。ウチは、もうアカン」
「何言ってんだよ!?」
「ウチが、ウチでなくなっていく……ツッコミであるはずのウチのキャラが、どんどん天然で百合方面に変わっていく……キャラがカブってまう……それはアカン、それだけはアカンのや」
「そこを気にすんのかよ」
「……兄さん」
震える手で、レモンが何かを差し出す。
加賀美が見つめたそれは、黄金色に輝くハリセンだった。
「これは……」
「ウチの星に伝わる、《黄金のハリセン》や」
「そのまんまじゃねぇか」
「兄さん……ウチな。前、ちょっとした勘違いで、ツッコミができなくなって、ボケに転向しようと思てた。それを助けてくれたのが……ファインとレインやったんや」
「……そうか。お前の友達が……」
「そうや。二人が魔法の力を使って……封印したはずのハリセンを届けてくれた。『これぞ宇宙の授けた光の答え』やって」
「どんな光の答えだよ。せせこましい宇宙だなオイ」
レモンが、笑顔を作った。消え行く意識の中、必死に。
そう、その調子や……と言いたげに。
「加賀美兄さん、ツッコんでくれ。ウチの……代わりに……」
「レモン!」
「皆を、頼んだで」
その言葉だけ残して。
「…………」
レモンは、眼を閉じた。
「レモン……!」
加賀美が眼を伏せる。レモンの双眸は、もう開くことは――
「――芹沢さんの太ももーー!!」
「芹沢さぁーん! 逃げてー!」
もう開いたので、黄金のハリセンではたいて止める加賀美。
何がなんだか、さっぱりわからないが。
彼女が彼女でなくなった、それだけはわかる。
ならば、加賀美のすることは、ひとつ。
「お前の意志は、俺が継ぐ!」
預かったハリセンを、硬く握り締め。叫んだ。
「俺はツッコむ! レモンの代わりに!」
「……めんどくせー」
河原らしき場所で、ファンゴが寝そべっていた。
「……かったりー」
「何にも変わってねぇよ!」
一応、ツッコんでやった加賀美である。
「夢では何を助けてたの? こっちでは小鳥の巣を」
「……雨の中で子犬を助けてたような、違うような……トランペット吹いてたのは間違いないんだけど」
シフォンの問いに、曖昧な記憶をたどっていると。
「ちょ、ちょっとダメよ、校則違反よ……」
「マーチ!」
マーチが現れた。丸眼鏡のフレームを両手で押さえながら――うん、どう見ても様子がおかしい。
「どうしたのマーチ?」
尋ねるシフォンに、彼女らしくない慌てた様子でマーチは。
「眼鏡が! この眼鏡が意思を持って、ファンゴのほうに」
「眼鏡が本体かよ!」
どうも、眼鏡に引きずられているらしいマーチが、焦りながら叫ぶ。
「ダメよ、不純異性交遊は校則で厳罰だって!」
「不純で確定かよ! そもそも、純粋ならいいのか?」
どうやらマーチ自体は正気らしい。あの丸眼鏡そのものをツッコむわけにはいかず、加賀美は放置した。
と、シフォンが首を傾げる。
「純粋じゃないお付き合いがあるの?」
……ちょっと迷った後、加賀美は。
「子供にとって不純なだけだから、今は知らなくていいさ」
6歳の女の子に適した答えを出してあげた。
「フフフフフ……」
「今度は誰だ?」
「僕さ……真の黒幕、ノーチェさ……」
「な、なんだってー」
やる気なさ過ぎるリアクションを取る加賀美。
何か、闇に捕らわれてるっぽいノーチェだが、変わらず仕草がなよなよしてるので全然迫力がない。
無理すんな。向き不向き、適材適所って言葉もあるぞ?
加賀美の思いをよそに、自らのアイデンティティを求める彼は。
「僕こそが、この学園の騒動の元凶ガフッ」
「この学園に元凶など必要ない」
「お前のことじゃねぇか」
ノーチェを張り倒して割り込んだトーマ。即ツッコむ加賀美。
が、トーマはそのハリセンを、まとう闇のオーラで防ぎ。
「この学園にハリセンなど必要ない」
「えぐえぐ……僕って3話以降は背景その1としか機能してないよね……このまま前シリーズのショタポジションと同じように、出オチ要因なだけで終わるのかな……ガクッ」
3話以降もちゃんとした台詞があるだけ充分にマシなのだが、とりあえずノーチェは昏倒した。
まぁそれはそれとして、加賀美はトーマに向き直る。
「なぁ、お前ってさぁ。いっつもそうやって、24時間見張ってんのか。授業はいつ受けてんだ」
「この学園に授業など必要ない」
「学校じゃねぇだろそれ」
「この学園に学校など必要ない」
「ワケわかんねぇ」
「この学園にワケなど必要ない」
「……何が言いたいんだお前」
「この学園に言いたいことなど必要ない」
「自己主張しろよ! 自分を持てよ!」
「そうだ。この学園に僕など必要ない」
「えぇーー!?!?」
逐一ツッコんでいた加賀美の手が、ここで止まった。
すっかり気落ちしたトーマ。闇のオーラが、暗いオーラに入れ替わっていた。僕は落ち込んでます、と自己主張せんばかりに。
そのまま彼は語り出す。いわゆる愚痴を。
「考えてみろ。僕はいつもいつも、ほのぼのしたシーンに何の伏線もなく割り込んで、ふたご姫に変身させるためだけに闇の力を呼び出して……何がしたいんだ僕は」
「ああ。俺にもわかんねぇ」
「そうだ、僕などいなくても話は成立する。この番組に、僕など必要ない……」
「……トーマ」
副会長の名をつぶやく、シフォンの前で。
「……バカヤロー!」
加賀美が、トーマを殴った。素手で。
「この世界に、必要でない人間なんているか! お前は唯一の、誰も代われない特別な存在なんだ。迷わず闘えよ、お前にだって生まれてきた理由があるんだ!」
「この僕に理由など必要ない……そんなものはない」
「だったら、今から作れ!」
「……加賀美さん」
熱く語る地球人の名をつぶやく、シフォンの前で。
「……僕は、僕の生まれた理由は……」
「甘えるな!」
シェイドが、トーマを殴った。素手で。
「いや邪魔するなよ! 今何か言いかけてたぞ!?」
いきなり現れたシェイドは、加賀美を無視して。空を指差す。
「あの男を見習え!」
その者は、ピンクのウサギ耳フードを被って。ピンクのマントに白タイツ、王子様風カボチャパンツに、仮面舞踏会で付けそうなアイマスクを装着して。名乗った。
「聞こえる聞こえる、愛に悩む人々の叫びが! 悪に苦しむ人々の嘆きが! だってウサギの耳は長いんだもん!
愛と正義の使者・ウサミミ仮面2号、参上っ!!」
「……番組違うだろ」
加賀美の指摘に、シェイドはうつむきながら答える。
「あいつなりの償いだ。あいつはあいつなりに、償いが全然足りないとわかってるんだ」
――闇に囚われたブライトが、ふしぎ星を闇で支配しようとした頃。似たようにダークパワーに囚われ、地球を夢のない闇に閉ざそうとした男がいた。
かの男は今、その罰たる《ウサミミの刑》を受け。あんな見っともない格好で、無理矢理《ウサミミ仮面》としてヒーローをやらされているという。
因果応報、恐るべし。
と、トーマが復活して。
「! この番組にウサミミ仮面など必要ない!」
「やめてくれ、これくらいの罰が僕には必要なんだ! ああっ、ジャッジメントタイムやめて! デリート許可はやめてー」
「落ち着け。いいから」
加賀美の声にブライトは、いやさウサミミ仮面2号は。
「落ち着いていられるか! あの程度で簡単に許されるなんて、僕だって納得できない! これくらいしなきゃ、皆に『何食わぬ顔で場を仕切ったりするな』って言われるじゃないか!」
「……ウサミミ仮面2号」
開き直る男の名をつぶやく、シフォンの前で。
「甘えるな!」
シェイドが、2号を殴った。素手で。
「またかよ!」
いきなり鉄拳制裁したシェイドは、加賀美を無視して。自分を指差す。
「俺を見習え。最初にブライトを『世間知らずのお坊ちゃん』と追い詰めたのは俺だったのに、何にも償いなんてしてないぞ!」
「謝れよ! 今からでいいから!」
最後まで加賀美を無視して、シェイドが締める。
「いいかブライト、トーマ! 今まで変に期待を持ってたから、失意がデカかったんだ。今回は、因果応報がなくて当然くらいの精神でいくぞ!」
「わかったよシェイド! 僕たちは闇に支配なんてされてない、最初から夢だったんだ!」
「夢オチにすんな!」
「そうだ、僕たちには夢も希望も必要ない!」
「いい加減にしろ、お前らー!!」
「無駄な努力は笑うに似たり。かのウンチークも言ってるわ」
シフォンのウンチーク語録に、納得しちゃいそうになる加賀美であった。
「さぁ〜〜〜来い〜〜〜、カブトゼクタ〜〜〜!」
エリザベータの額に、カブトゼクターが直撃した。
倒れるエリザベータ。以上、さっきからずっとループ。
「だよな。完璧合ってる」
ツッコミ疲れてガラガラ声の加賀美が、うんうんうなずく。
『エリザベータ様!』
そこに現れたシャシャ、カーラ。
甲斐甲斐しく主を介護する二人。まさか無事なのか? 加賀美が期待すると。
「もう一度私たち三人で、《完全調和〈パーフェクトハーモニー〉》を奏でましょう!」
「わたくしたちのアルティメット・メイクアップで、世界中の人々を幸せにしましょう!」
「そうじゃ〜〜〜、わらわたちは、人類の自由と平和を守る仮面ライダーじゃ〜〜〜」
『来い! ゼクターたち!!』
カブト、ハチ、トンボのゼクターが、三人の脳天に直撃。昏倒。
涙を禁じえない加賀美が、そっとつぶやいた。
「……頑張れよ。仲間割ればっかの俺たちよりはマシだからな」
「ふしぎふしぎ〜。ヒーローなのに、仮面ライダーは仲悪いの?」
「あ、いや、それは」
「やっぱりヒーローも、これからは競争の時代なのかしら」
「ホント……何でなんだろうなぁ…………」
「……天道?」
ようやく、ミルロのいる美術部部室に到着した加賀美。
だが、そこに独り立っていたのは、天道だ。散乱している絵を丁寧に拾い上げ、一つ一つ壁に飾っている。
「……悪くない絵だな」
加賀美に気づいて。天道が、口を開く。
「この絵にもひよりと同じ、儚い優しさがある。凍りついた心も、少しだけ温かくなる」
天道が、一枚の絵を見つめた。
ミルロとレインが、障害物競走をしている絵だ。かなり初期に描かれた絵らしい、タッチが若干荒い。
が、その楽しさは伝わってくる。必死にアンパンに食いついて、成功を喜び合っている二人の絵。
それを淋しげに見つめながら、天道は。
「この絵を見て気づいた。加賀美、俺はもうダメだ」
「……え」
加賀美が、耳を疑う。
今度こそ……夢なのか?
夢ならば……自分が大声を出せば、覚めるはずだ。
「――何言ってんだ!!」
「天の道を往き総てを司る――か。トンでもない思い上がりだったな」
「お、俺は、俺はそんな天道、見たくないんだ!」
たとえ、これが夢でも。
越えようとした男の、こんな姿は。見るに耐えない。
その当人は、そっと一枚の絵を取り出す。明石に似た、登山家の絵だった。
「……俺は孤独だった。チョモランマの頂上を極めたクライマーに並び立つ人間は、誰もいない。頭上に広がる大空が、俺の仲間だった」
次に取り出すは、月らしき星に降り立った宇宙飛行士の絵。
「夢を求めて宇宙に乗り出した宇宙飛行士は、自分が飛び出した地球を振り返って見たという。
だが俺が目指すのは、宇宙のその先――天の道≠セ」
「……知ってるよ、天道。お前はあまりに万能すぎて、人間らしさを失っちまったんだ」
加賀美は、ずっと天道を見てきた。
加賀美から、たくさんのものを奪い。加賀美が、たくさんのことを学んだ。その人間を。
「加賀美、俺は総てを司ってなどいなかった」
天道が、先の絵に目を戻した。
か弱き心を持つプリンセス、否、一人の少女が。友と一緒に前に往こうと、明るく笑っている絵。
「俺には、友達がいない。友の心を知らずして、どうして総てを司ることが出来る?」
天道はじっと絵を見ている。見たことのない眼。見たくはなかった……友達の眼。
たまらず、加賀美は叫んだ。
「――俺がいる!」
「加賀美」
天道が顔を上げた。
かつて、天道は自分を「友達じゃない」と言った。
「友達」という言葉が一番嫌い、とも言っていた。
だが。それでも。
「俺が、お前の、一番目の友達だ」
今でも。加賀美はそう思っている。
友達だから、傷つけられない。
友達だから、一緒に戦いたい。
「それでいいだろう……天道」
それじゃ、ダメなのか?
なぁ、天道?
「天道ーーーっっ!!」
駆け出した。友のもとに。
そうだ。もしこいつの心が折れた時――
支えてやるのは、俺の役目なんだ。
俺は。
天道の。
友達なんだ!
「あ」
様子をじっと見ていたシフォンが、気づいた。
天道の構えに。
それは、居合い抜きに似た構えだった。
一撃で。一度の抜刀で。相手を確実に仕留める構え。
それが、《仮面ライダーカブト》天道総司の、必殺技。
「ライダー……キック」
天道の後ろ回し蹴りが、加賀美の横っ面にクリーンヒットした。
「な、なんで……」
「いつまで寝惚けてるんだ。眼を覚ませ」
そう言う天道の眼は、すっかり元に戻っていた。
傍若無人、唯我独尊の眼。天道総司の眼だ。
納得の行かない加賀美は、ゆっくり起き上がり。
「い、いや、俺は本気で……」
「やはり無事だったか、天道」
「明石さん!?」
突然現れた明石、いやボウケンジャーたちに、戸惑う加賀美。5人共、熱冷まし用の湿布を額に貼りつけている。
もちろん天道は、全く動じずに。
「当然だ。お前たちも、ミッションとやらは終わったようだな」
「ああ、急を要する故とっさの判断だったが、何とか最悪の事態は回避できた。ふたご姫は無事だ、加賀美たちのおかげだな」
「じゃあ、天道も明石さんたちも、わざとこんなことを!?」
「どうした、そんなにポカンと口を開けてると虫が入るぞ」
しれっと答える天道。そして、ボウケンジャーも。
「ちょっとしたボウケンだったな、真墨、蒼太」
「ふざけんな。もう二度とゴメンだぞ!」
「まぁまぁ、それだけ彼女の絵が凄かったってことで」
「私は楽しかったよ。ね、さくらさん」
「楽しむ以前の問題です。もしチーフたちが割り込まなかったら、あのお二人が大変なことになっていたんですから」
それぞれが、意識を支配されていた絵を取り出した。
喧嘩し高熱を出したふたご姫と、その原因の黒い少年の絵。
オリジナルの絵画『マフラーと砂の城』。
「つまり……」
「この絵にふしぎ姫が支配されて、ケンカしないように。そして、熱を出して倒れたりしないように、ボウケンジャーたちがその絵を奪って、代わりに支配された、ってことね?」
「……そうそう、それそれ。あと、ふたご姫だってば」
シフォンがまとめる。まとめ損なった加賀美がツッコむ。
あの絵でも、加賀美の夢でも。ふたご姫は高熱を出し倒れていた。もしそんなことになったら、闇に襲われるこの学園を守ることは出来なくなる。何より、病気が大事に至っては大変だ。
そうはさせじと、明石が一計を案じたわけだ。結局は違う暴走をしたわけだが、それは加賀美が止めると判断したのだろう。
さらに、その一計だけで終わるボウケンジャーではない。
「チーフ、プレシャスから送られた脳波への信号はキャッチ完了です」
さくらの言葉に大きくうなずき、明石が。
「よし、これからが本番だな。ミッション再開だ!」
そして、天道も。
「俺は独りで行く。偶然、お前たちと行き先は同じようだがな」
「それは奇遇だな。では、ボウケンジャー、仮面ライダーカブト、アタック!」
明石の号令に応え、スーパーヒーローが出撃した。
「ふしぎふしぎ〜、この人たち、正気に戻ってからも、も〜っと! ふしぎふしぎ〜」
「……俺も。不思議、不思議……」
すっかり興奮した様子のシフォン、頭痛の止まらない加賀美と共に。