「私が想像してた、未来が歩き出した道に、未来はなかった」
ロイヤルワンダー学園が所有する伝説の鐘《ソレイユベル》の見守る講堂で、行われた入学式。
ここで今年、宇宙で唯一の存在《ユニバーサル・プリンセス》が誕生した。ふしぎ星のプリンセス・ファイン、レインの二人だ。
その講堂に、少女はいた。役目を終えたはずのソレイユベルを再び持ち出したのは、鐘に何かを問いかけているのか。
「誰もいない時空で、私は独り、進化してく――」
誰もいないはずの講堂。独り、詠っている。
「選ばれし者気取りか? 選ばれし者なら、ココにいる。俺だ」
ひと際通る声が、少女の声を掻き消した。
天道総司。天の道を往き、総てを司る男。
振り返った少女は――プリンセス・ミルロは、彼を見据え。
「オーホホホッ!! たとえ選ばれし者でも、この《ティアー・ドロップ》の力からは逃れられませんわ!」
しずくの杖の宝石の力で、吹雪を巻き起こした。
加賀美が顔と、シフォンをかばう。雪というより、みぞれに近いそれが手の甲に張り付く。さっと溶け、しずくに換わる雪。
その感触には、覚えがあった。何かは、思い出せないが。
すると。吹雪をものにもせず、真墨が睨みつけた。プレシャスを悪用する、ネガティブ・プリンセスを。
「よくも俺に恥をかかせてくれたな! この落とし前、俺たちがきっちりつけさせてもらうぜ!」
が、ミルロはさらりと返答した。
「あら、あれくらいの妄想、どこでもされていましてよ」
「何処でだっ!?」
「知りたいの?」
「いや全然」
シフォンの指摘に、ツッコミをやめる加賀美。
「人の言動を好き勝手に歪めるなんて、感心しないな。寂しがり屋さん」
「好き勝手に? 歪めたのは、私じゃありませんわ」
穏やかに呼びかける蒼太。が、ミルロは嘲笑する。
「人々は自分の都合で、好き勝手に。私たちを歪めるの。勝手に妄想して、本人の意思なんて構わずに。
あり得ない発言、不可思議な行動。自分勝手な思い込みで、偏った思想で。簡単に暴走させ――『人格〈キャラクター〉』を殺すの」
「……それが、あなただって言うの?」
菜月が問う。絵から現れた少女に。
「そうよ。本当に歪めたのは、『宇宙の授けた光の答え』よ!」
ミルロの笑みが、消えた。
「どういうことですか――きゃあっ!」
巻き起こる猛吹雪。轟音の中――さくらはうめき声を聞いた。
『オケケケケ……オケケケケケケ……』
『高嶺くん、どこー!? どこに行ったのー!?』
『ケロロくぅん、また今週もボクの出番がなかったよ……ドロドロドロ』
聞き覚えのない声。加賀美にも、それは聞こえた。
『ららる〜、ららる〜♪ アニメでは〜、常識人で空気読めないキャラに〜、換えられた〜♪』
『私なんか時代劇編以外じゃ全くいいとこなかった上に大富豪やトレーディングフィギュアでもハブられてるわよムキー!』
『でも都、あのフィギュアあんまり出来良くないそうよ?』
『え!? ホントなのくるみ?』
「んじゃ、いいじゃねぇか」
吹雪の中で平然と会話する女子高生(推定)二人に、ツッコむ加賀美。
ミルロは顔を伏せ、叫ぶ。ヒーローたちに。
「そう。この声は、人々の勝手な都合で、自分の出番を奪われたり。性格が歪められたりした人々の、怨嗟の声よ!」
「さっきの、唄ったりキレたりしてた二人はどうなんだ?」
「さぁ、もっと私たちの哀しみの声を聞きなさい!」
「聞けよ俺の話!」
加賀美のツッコミを飲み込む、猛吹雪。
耳をつんざく呻き声も、どんどん大きくなっていく。
『俺が主人公じゃなかったのか!? エンディングクレジットの順番が入れ替わったのを、監督も知らないって一体どういうことなんだ!? あんたって人はー!』
『「ジェバンニが一晩でやってくれました」だと!? デスノートの偽造を、たった一晩で!? そんな無茶苦茶な策で、僕の完璧な計画が頓挫したっていうのか!? こんな決着が許されるものか、僕はまだ負けてない、負けてないんだ……』
耳が、割れる。心が、裂ける。
「やめろ……やめてくれー!!」
耳を押さえても聞こえる。たまらず叫んだ加賀美――
『そうだ、俺は誰にも負けてない。影山にも三島にも負けてない、真のザビーの資格者は俺だ!』
「何やってんですか矢車さん」
知ってる声に、加賀美がツッコんだ。そういえばあのZECTの先輩、最近めっきり見かけなかった。
ザビーの資格を目の前で加賀美に奪われ、さらに元部下の影山にまで奪われた、その声の主は。気配だけで天道のほうを向いて。
『待っていろ天道。今度こそ、今度こそ俺の時代が帰ってくる。その時は――』
「ああ、好きにしろ」
好敵手の返答に満足したか。矢車の声は消えた。
「……帰っちゃったよ」
「そう、私も同じ――」
「ごめん、打ち明け話はもういいから。お腹いっぱいだからさ。それに、そういうことなら本物のミルロも充分――」
「私だって『プリンセス・ミルロ』よ!!」
加賀美が体を震わせた。少女の怒りに。
「私もミルロよ。ミルロなのよ。ふしぎ星一キレイな、プリンセス・ミルロよ!」
「ミルロはそんなこと言う子じゃない、って聞いたぞ」
「……私は、別のふしぎ星で生まれた、プリンセス・ミルロよ」
絵の中の少女の独白。加賀美に、彼女の表情は見えない。
「プロミネンスの力を得たふたご姫が、私は気に入らなかった。だから『プリンセスパーティー』を開催して、二人と勝負して。ギャフンと言わせてやりたかった」
「ギャフンて。古風だなお前」
加賀美に続き、さくらが冷静に問いかける。
「つまり、貴方の世界でのプリンセスパーティーは、貴方が発案したということですか?」
「……そうよ。私はプリパのドレスアップ対決で――」
「プリパ?」
「プリンセスパーティーの略ですわっ! あなた、何度も何度も何度も何度も、話の腰を折らないで、ムキーッ!」
「なぁ、お前って実は打たれ弱いだろ?」
「なっ、なんですって〜!?」
真っ赤になるミルロ。嘆息して、さくらが止めた。
「もうツッコミはいいです、加賀美さん。話が進みません」
「……はい。すみません」
「つまり、だ」
明石が切り出す。
「君の存在する『絵の中のふしぎ星』では、君がそのパーティーを仕組み、さらにはふたご姫にスカイドラゴンの罠まで張った。だがそれを破られ、さらには準備したミラーボールのドレスまでも、プリンセスの品位に欠けると指摘され、敗北した――」
「……よくご存知ですわね」
「君に関する絵は、全て確認させてもらったからな。だが――」
「そうよ。そこで、私の出番は終わった」
「! どういうことだ!?」
加賀美の問いに、絵を取り出して。明石が答えた。
「この絵以降、彼女が描かれていない。存在しないんだ」
明石の示す絵。スイーツ作り対決のプリパに、スポーツ対決。それらの絵の中に、ミルロの姿はない。何故か。
「……そんなバカな」
加賀美が、声を漏らす。
「その『絵の中のふしぎ星』で、お前にあのふたご姫は、何にもしなかったのか? お前がピンチになった時助けたり、衝突して分かり合ったり……普通は、そうするはずじゃないか!」
「なかったんだ、加賀美。その姿が、どこにも」
明石が、重苦しく答える。
「……つまり。その『普通』を、奪われたってことか」
「改心のイベントも、フォローも。与えられなかった」
「納得できない! そんなのって、ないよ!」
真墨、蒼太、菜月も。悲痛な表情で続く。
「そうよ……誰かの勝手な都合で! 私は、私自身を奪われたのよ! こちらの世界のふたご姫で、こちらの世界のミルロが現れた頃から、ずっと! 存在を消されたの!」
「落ち着いてください! 何故二つの世界が連動――」
さくらの詰問も聞かず、ミルロが杖を振り降ろした。
「私たちが人知れず流した、涙の重さを知りなさい……ボウケンジャー!! そして、仮面ライダーカブト!!」
すっかり凍りついた講堂で、再び吹雪が巻き起こる。両手でもかばいきれず、雪が加賀美の頬に張り付いた。
(……これって)
だが、その冷たさは――ぬるさは変わらない。さっと溶け、流れ落ちる。ようやく、加賀美が気づいた。
(そうか。涙に――似てるんだ)
勝手な都合に振り回され、存在を消されたものたちの、涙。
彼女はその、人知れず流された涙を背負っている――
「でも、だからって!」
加賀美は叫ぶ。納得のいかない結末なら、自分だって味わった。
あの時も、弟の敵を討ったのは自分ではなく、天道だった――
その理不尽な運命を招いたのは、自分の非力さだ。だからこそ、加賀美は叫んだ。天道、俺はいつかお前を越えてみせる、と。
「お前はどうする気なんだ。この学園を氷に閉ざす気か!?」
「そうよ。私たちの涙で、この世界全てを――」
『そんなことはさせないっ!!』
吹雪を遮る、熱い叫び。ボウケンジャーでも、天道でもない。
『この星は、僕たちが守る!!』
この星にも、ヒーローがいる。
「プリンス・ティオ、見参!」
「プリンス・ソロ、参上!」
「プリンス・アウラー、推参!」
ふしぎ星のプリンスたちだった。
絵に支配されることなく、彼らはここまでたどり着いたのだ。
「皆様がた、後は私たちにお任せください! 灼熱の火を放つ、我ら星の戦士たちに!」
「このままでは、姉上たちに顔向けが出来ません! 同じふしぎ星の仲間なら、僕たちで決着をつけます!」
「待っててアルテッサ、僕だってやる時はやるよ! もうこんなことはやめるんだ、プリンセス・ミルロ!」
3つのチカラを1つにし、別世界のミルロに向き直る。
そして、当のミルロは――
「……どちら様?」
『え?』
三人の星の戦士が、固まった。
「……非常に、残念なことだが。君たち三人の姿は――」
明石が、重苦しく答える。再び。
「これらのふしぎ星の絵には描かれていない。正確には、ティオ王子がほんの小さく描かれるのみで、後の二人は何処にも――」
『ら、ららる〜〜』
吹雪の中に消えていく、星の戦士たち。
「…………頑張れよ、お前たちも。俺は応援してるぞ」
たまらず声をかける加賀美。そんな彼に、ずっと黙っていた男が、独り冷たく問いかけた。
「……茶番は終わりか? なら帰るぞ、サバの鮮度が落ちる」
「天道、お前!」
「まさか。本当の悲劇は、これからですわ!」
ミルロが杖を振るう。吹いたり止んだり忙しなかった吹雪が、また巻き起こる。何度目だろうコレで。
『教えてくれ、俺は何故生まれてきたんだ』
うめき声も聞こえ出す。今度のは、これまでの誰よりも大きい。
『助けてもらった恩を忘れて女の子に暴言を吐き、物を盗んでも誰にも怒られず、子供の見てるパネルシアターを妨害しブチ壊しにもした! それなのに何の報いも与えられず、勝手に「一年後」に飛ばされて、都合よく改心したことになっていた!』
雪が集まり出した。その声の聞こえるほうから。何か、人の影が見え始める。高校生くらいの、少年の姿。哀しき少年の。
『暴走する車から子供を救っても、そんな自分を自慢するだけで、子供の心配すらしない! そんな人間が勝手に改心するなんて、許されるはずない。そんな人間がいていいはずない! 人間扱いされなかった俺は、人間と言えるのか!? 俺はどうして生まれてきたんだ、生まれてきた理由は何なんだ! ねぇ教えてよママ、教えてよヒビキさ――』
ハリセンの乾いた音が、辺りに響いた。
「いい加減にしろ。お前らの愚痴には、もう飽き飽きだ」
加賀美のハリセンを奪い、天道がツッコんだのだ。少年を。
「自分で出せなかった答えが、何故他人に出せる? だったら、最初から誰かになんて求めるべきじゃない」
「て、天道――お前って奴は!」
何処までも冷たく断じる。天道の非情さに、加賀美が叫んだ。
「人間は……人間は、お前みたいに皆強いわけじゃない。皆が皆、正しい答えを出せるわけじゃないんだ!」
「それでも、答えは自分で出すものだ。正しいか、間違っているか、そんなことは関係ない。もし間違っていたら、その責を全て負って。また答えを見つけ出せばいい」
「……その答えを出す機会を、人々の勝手な都合で削られたのが私たちよ」
次に天道に反論するは、哀しきプリンセス。
「貴方だって、私たちと、同じ目に合わない保障はなくてよ!」
「俺を誰だと思っている。俺様だぞ」
が、天道は意にも介さない。
「この宇宙に存在する全ての知的生命体で、誰よりも一番優秀。そして、プレシャスを超えるプレシャス――宇宙で最も稀少な秘宝が俺だ。何びとたりとも、俺の道を妨げることは出来ない」
その時。シフォンは見た――次空が歪み出す様を。
《カブトゼクター》。昆虫の王者を象るそれが、天道に呼ばれ飛来した。宇宙を越えて。
彼が望むことなら、全てが現実になる。
彼は、選ばれし者なのだ。
「たとえそれが、天≠ナあろうと」
カブトゼクターが、真っ直ぐ向かっていく先は、伝説のベル。
カブトゼクターは、一分の迷いもなく《ソレイユベル》に突き進んでいく。
宇宙で唯一の存在を選び出すソレイユベルを鳴らし、ふたご姫は《ユニバーサルプリンセス》となった。シフォンの目の前で。
「何故なら……」
だが、今。その鐘の音が、鳴っている。
祝福の音色とは違う。金切り音の混じった不快な音。
激突したカブトゼクターが、鐘を無理矢理揺らしたのだ。
「俺が『天道総司』だからだ」
その無理を、現実にする男が。カブトゼクターを手に取った。
彼の《未来〈アシタ〉》を、捕まえた。
「……変身」
《HENSHIN》
鼓膜が割れそうな程に激しい、鐘の音の中。シフォンは見た。
機械音と共に、太陽にも似た光を放ち。
《仮面ライダーカブト》が、学園に光臨するその姿を。
――天の道を往く、ヒーローの姿を。
講堂の外は、既に氷の世界――その吹雪の中に、姿を消したミルロ。代わりに現われ、往く手を阻むは雪の人形。
右手の《カブトクナイガン・ガンモード》で、それらを容赦なく撃ち抜き進む、仮面ライダーカブト・マスクドフォーム。仮面の戦士の揺るぎなき足取りは、何処の誰であろうと止められない。
続いて、ボウケンジャーも。吹き荒ぶ嵐の中に躍り出た。
「カブトを援護だ。レディ!」
明石の号令に合わせたのか、いや、偶然タイミングが合ったのだろうが。
「キャストオフ」
《CAST OFF》
カブトが、マスクドフォームの追加装甲を排除する。
『ボウケンジャー、スタートアップ!』
同時に、ボウケンジャーが、アクセルラーで変身した。
《CHANGE BEETLE》
ライダーフォームに脱皮し、真の姿を現したカブトの横で。
変身完了したボウケンジャーが、名乗りを上げる。
「熱き冒険者、ボウケンレッド!」
「迅き冒険者、ボウケンブラック!」
「高き冒険者、ボウケンブルー!」
「強き冒険者、ボウケンイエロー!」
「深き冒険者、ボウケンピンク!」
並び立つ6人のヒーロー。そして、明石が決める。
「果て無きボウケンスピリッツ!」
『轟轟戦隊ボウケンジャー!!』
が、天道は。
「……クロックアップ」
《CLOCK UP》
人間を遥かに越えるスピードで活動できる、ライダーフォームの能力《クロックアップ》で、その場から消えてしまった。
空気を読まないカブトに、加賀美が叫ぶ。
「! 天道ー! 名乗りくらい一緒にやれっての!」
「想定済みだ、あいつはターゲットを追ったんだろう。俺たちはプレシャスの回収に専念する。
加賀美、シフォンや他の生徒たちの避難誘導を頼む!」
「はい!」
明石の指示に、シフォンがしっかりうなずいた。
「って俺が頼まれ――ああもう、一緒に行くぞ!」
超高温を放つ《カブトクナイガン・アックスモード》を駆使し、行く手を阻む氷を溶かし続ける天道。
襲い掛かる雪人形も、クロックアップの超高速の中では木偶に等しい。だがその声だけは、脳にダイレクトに送られていた。
『僕は負けてない、僕はジェバンニに負けたんだ、Lを超えたのはジェバンニで、メロもニアも……』
腕時計に仕込んだノートの切れ端に、ボールペンを走らせる寸前で静止した人影を、《クナイガン・クナイモード》で叩き割る。
《CLOCK OVER》
「……お前は、お前自身に負けたんだ」
超高速の世界から帰還したカブトが、独りつぶやく。
目の前には、彼のターゲット。ミルロが立っていた。
辺りを舞っていた絵を一枚拾い上げ、ミルロが語る。
「私たち、紙の上のキャラクター――いいえ。全ての物語のキャラクターは、人間扱いなんてされてない」
カブトは、返答しない。仮面の奥の表情も見えない。その大きな両目で、ミルロを正面から見据えている。
「『設定なんて話をつまらなくするための縛り』と言われ、人間らしさを奪われる。展開を盛り上げるためだけに、都合よく倒され、都合よく復活させられる。平穏な日常生活に無理矢理戦いをねじ込まれ、そのせいで約束を破っても都合よく許される。
その矛盾を嘆き、消えていった犠牲者たちが、人知れず流した涙こそ――《涙のしずく(ティアー・ドロップ)》よ」
《しずくの杖》に、しかと固定した宝石を光らせ、ミルロは叫ぶ。
「私は、そんな犠牲者たちの涙を背負っているの。貴方に負けるわけには参りませんわ」
「……お人好しの苦労人か、悪役〈ヒール〉には向かない性格だな」
「別に苦労だとは思ってませんわよ! 世の中には私よりもっと、苦労してる人間がたくさんいますわ!」
加賀美の言った通りだ。彼女は打たれ弱く……人がいい。
「私なんてまだマシなほう……改心の機会はおろか、全ての歴史を黒く塗り潰された方々だっていますのよ!」
もう戦う意味はない――カブトは、構えを崩し。呼びかけた。
「ミルロとやら、お前は『改心の機会』と言ったな。つまり、自分は改心すべきだと知っている、その自覚があるということだ」
雪が、どんどん雨へと変わっていく。冷たさを奪われていく。
「……わ、私たちはその機会を――」
「おばあちゃんは言っていた……わかり切った答えを、わざわざ表に現す必要はないって」
カブトが、隠し持っていた彼女の絵を取り出した。
その絵には――リオーネが、レインに励まされ。「私は私らしく!」と、必死にアンパンに飛びついている姿があった。
「道≠ェ見えたなら、黙って往けばいい。それが、誰かと同じ答えだろうと。誰に邪魔されようと」
太陽の輝きの前に、全てが溶かされていく。
「竹の子は、慌てず騒がず煮込むものだ。1時間煮込んだものがこちらに……なんて都合よく、現実はクロックアップしてくれないからな。じっくり調理すれば、どんなに放置された竹の子だろうと、自然とアクが消えて甘みが出る」
《ティアー・ドロップ》が悲鳴を上げた。
杖と同化したはずの宝石が、転げ落ちた。
涙のしずくが、みるみる膨らんでいく。哀しみが暴走したのだ。
肥大化した自意識が、哀しみを怒りに変えていく。そこには、何の救いもない。
彼女の求めた答えは、涙の中には存在しない。
「まだ泣きわめくか? それとも――」
巨大化し、怪物と化した宝石を見上げ。ミルロは。
「……フン!」
鼻で笑って駆け出す。力を失った、杖を片手に。
と。先程、彼女が拾っていた絵が、再び雪の中を舞っている。それをつかんだカブトは。
「……やっぱり友情は青臭いな」
《CLOCK UP》
と独りごち、氷の巨人を前に、クロックアップした。
こちらの絵に描かれたのは、星の危機を救わんとするふたご姫に祈りを届ける、ふしぎ星の人々の姿。その隅っこで。
こっそりと、釣り目のプリンセスが一緒に祈っていた。
ミルロが走る。何も見えない吹雪の中を、走る。走る。
やがて、とある集団の姿が、ぼんやりと目に入った。
「これ、小市民〜〜〜。もっと穏やかに走れぬのか〜〜〜?」
「無茶言うなっ!」
ソレイユベルの鐘の音は、全生徒を正気に戻していた。
エリザベータをお姫様抱っこしながら、加賀美が全力疾走している。先頭で、シフォンが道案内していた。一刻も早く、氷の巨人から逃れようと、一丸となって突き進んでいく。
「うわっ!」
「ノーチェ! シャシャ、カーラ、彼女を頼む!」
『わかりました!』
エリザベータを二人に託し、加賀美は転んだノーチェの元へ。
よくよく見れば、ノーチェの足元をつかむ雪人形の姿が。
それを加賀美は、ゼクトガンで撃ち抜いた。
「皆は俺が守る! 守ってみせる!!」
彼は、あんな小さな銃で、生徒たちを守ろうとしている。
と――迷えるミルロの視界を、何かが横切った。
羽音を立て、加賀美に向かっている何か。それは……蜂?
「……ザビーゼクター!」
加賀美が、それに気づく。ザビーゼクターは、彼の目の前で止まっている。
「……お前、また俺に、力を貸してくれるってのか?」
あの時、シャドウのメンバーを守ろうとした時のように。
一度資格を放棄したにもかかわらず――
「…………ありがとう。でも」
加賀美が、ゆっくりと。首を振った。
「俺には、必要ない」
ゼクトガンを、ギュッと握り締めて。
再び、ザビーゼクターが、彼の前から飛び去っていく。
そんな彼の姿に、シフォンがつぶやく。
「ふしぎふしぎ……」
「不思議じゃない!」
――その瞬間。視界が、すっかり晴れた。
シフォンを一喝する加賀美の姿が、はっきり見えた。
「俺はあいつの友達じゃない。俺は、ライダーじゃなくていい。俺は、俺にはもっと、大事な道があるんだ!」
友達じゃなくても。ライダーじゃなくても。
出来ることはある。しなければ、ならないことがある。
それが――加賀美の往く道。
「! シフォン、逃げろ!」
加賀美が叫ぶ。先頭に向け、氷の巨人が雪の嵐を放っていた。
が。もうミルロに、往く手を阻む吹雪は見えない――
「……大丈夫?」
シフォンに覆いかぶさり、輝く息からかばったミルロ。
背中がカチカチに痛い。首筋から腰まで、凍り付いている。
けど不思議と、体は熱い。
「ミルロ!」
駆け寄る加賀美が、その氷を弾き飛ばした。
「…………加賀美さん」
いつの間に落としたのか。加賀美は、ミルロの杖を拾い上げ、差し出し。懇願した。
「――頼む。俺と一緒に、闘ってくれ!」
宝石をなくした杖。涙を失った、しずくの杖。
「……全く、仕方がありませんわね!」
それを見て、ミルロが微笑んだ。
目を吊り上げた、彼女らしい、不敵な笑みで。
「ありがとう。それから……」
加賀美も、笑って呼びかける。
「グッジョブ、ミルロ!」
「加賀美さんも、グッジョブ、ですわ」
太陽の輝きを知り、その熱さを胸に宿した二人が。
Gyu! とサムズアップを交わして、走り出した。
シフォンは、もう、不思議がらなかった。
雪積もる道≠ノ残った、二人の足跡を見て、思う。
この宇宙には、まだまだ、自分の知らないことがある――
「ここからは俺たちの出番だ!」
ボウケンジャーのゴーゴービークルが、一同の元に駆けつけた。
『轟轟合体!』
《合体シフトON!》
《ダンプ、フォーミュラ、ジャイロ、ドーザー、マリン!》
《ボウケンフォーメーション!》
5体の車が合体し、巨大ロボ《ダイボウケン》となる。
『ダイボウケン、合体完了! ファーストギア、イン!』
巨体戦なら、彼らの領分だ。が、加賀美、ミルロは気づく。
「あれ? ダイボウケンのほうが大きいぞ?」
「私たちの涙が……都合よく、ロボットと同じサイズになったりはしませんわ」
氷の巨人のサイズが、一回り小さい。
これでは、ダイボウケンも戦いにくい。しかも――
「チーフ! 解析によれば、ターゲットのコアだけを正確に攻撃しないと、この一帯に絶対零度を撒き散らしてしまいます!」
「そんなことしたら、学園の皆が!」
「積んで来れたビークルは、この5体だけだしね……」
「ミキサーで固めて叩くことも出来ないか――どうする?」
「問題ない、打つ手はある」
サイズ差とトラップの前に、手をこまねいているピンク、イエロー、ブルー、ブラックに。チーフは――ボウケンレッドは。
「……そこで見ているだけか、カブト?」
いつの間にやら、加賀美の傍にいたカブトに呼びかける。
「……いいだろう。これ以上茶番に付き合っては、帰りが遅れる。早く妹に、宇宙一のサバを届けてやりたいからな」
「へ?」
意味のわからない加賀美。そんな彼に、ブラック、ブルーは。
「俺たちの基地であれだけ好き勝手しておいて、タダで返すはずないだろ?」
「色々と、データを取らせてもらったんだ。マキノ先生も張り切ってテストしてたよ」
「データ? テスト? 何の?」
首を傾げる加賀美。イエロー、ピンク、レッドも続いた。
「でもチーフ、カブトエクステンダーで実戦は――」
「ぶっつけ本番はいつものこと。ですよね、チーフ?」
「その通りだ! さぁ、俺たちの冒険に付き合ってもらうぞ、カブト!」
「……まさか、っておい! 今カブトエクステンダーって……」
ようやく気づいた加賀美を無視して、レッドが号令する。
「ビークルナンバー・9210〈カブト〉だ!」
《発進シフトON!》
《カブト、GO! GO!》
「だから、カブトエクステンダーはZECTの――」
加賀美の目の前を、自走して過ぎ去るバイク――《カブトエクステンダー・マスクドモード》に、カブトは飛び乗って。
「キャスト、オフ」
マスクドフォームと同様に、バイクの追加装甲を排除し。
カブトムシの如く、先頭に巨大な錨を伸ばした《カブトエクステンダー・エクスモード》へと変形させる。
『轟轟武装! カブトエクステンダー!』
《合体シフトON!》
《カブト、パワーON!》
バイクが飛び上がる先は、ダイボウケンの右肩。
『合体完了! ダイボウケンカブト!』
「……………………」
「バイクと車が合体なんて、ちょっとした冒険ね!」
ツッコミ不能の加賀美。はしゃぎ出すシフォン。
『トップギア、イン! アクセル全開!』
カブトの角――《エクスアンカー》を右肩につけた巨大ロボが、全速で巨人に突撃する。
《ONE》《TWO》《THREE》
「ライダー、キック――」
そして、右肩のエクスアンカー上のカブトがバックルを操作して、ライダーキックの構えを取る。
《RIDER KICK》
《GO! GO!》
カブトエクステンダーが、右肩から発進。ターゲットに向けて伸ばされた右腕をバイクが駆け抜け、拳のところで引っかかり。
その勢いに乗って、カブトの角を射出した。
エクスアンカーに乗って、カブトが迫る。
氷の巨人の胸元のコア、《ティアー・ドロップ》に。
「はぁっ!」
必殺の回し蹴りが、涙を粉々に打ち砕いた。
全ての哀しみ、全ての怒り。
全てを溶かされた巨人が、崩れていく――
ミッション、完了。
「グッジョブ、カブト!」
ボウケンレッドの呼びかけに。
着地したカブトは、無言でサムズアップを返した。
ティアー・ドロップが消えたことで。
ミルロが――別次元の、プリンセス・ミルロが。
元いた世界に、元の絵の中に、帰ろうとしている。
その絵は、すっかりボロボロだ。そのせいか加賀美には、絵の中の高笑いするミルロが、痛ましく哀しげに見えた。
だが、それが彼女の戻るべき、往くべき世界だ。
加賀美は、まだかろうじてこちらに留まっている、ミルロに差し出す。力を失った、ティアー・ドロップの欠片を。
「俺は、何があっても、お前のことを忘れたりしないから……」
が、当のミルロは。
「何かしら、この汚い石は? こんなものを女性に贈って、恥ずかしいと思いませんの?」
「……お前なぁ」
「でも……こんなのも悪くない、ですわ」
言って、微笑むミルロ。彼女らしい、不敵で素敵な笑み。
「――あ、あのさ!」
ミルロの両肩をつかんで。加賀美が慌てて口を開く。
「天道なら、きっとこう言うさ……お前は」
言い終わる前に、ミルロの笑みが消えた。
吊り目が、丸い目に戻る。こちらの世界の、ミルロの目だった。
「? 何か……?」
驚く彼女に、加賀美は。両手を離して、こう言った。
「……いや、友達に伝言があるんだ」
ミルロが、手の中の絵に気づく。
「お前は、お前だけの絵を描けって!」
そこでは、何故か釣り目に描かれた自分が、笑っていた。
胸元に、宝石のカケラのついたブローチを光らせて。
「俺はそんな安直なことは言わない……」
それを見届けたか、偶然居合わせただけか。去っていく天道。
彼と廊下ですれ違う、青と赤の影。
「……あら? 今の、誰かしら」
「学園じゃ見かけない人だよね」
そんなチームメイトに、シフォンが答えた。
「……あの人のおばあちゃんが言ってたそうよ」
その右人差し指を、窓の外の空に向けて。
「天の道を往き、総てを司る者――」
『…………は?』
俺は誰からの指図も受けない。
俺の通る道は、俺が決める。