「と、いうわけで。今回俺たちの探すプレシャスが、これだ」
休日で空いた教室。黒板の前で、明石が今回のミッションの説明を始める。
白墨で書かれるは、『マジック・ポーション』の文字。
「一言で説明するなら、惚れ薬。好きな相手に嗅がせれば、一瞬でカップル成立という按配だ」
「いちいち言わなくてもわかる」
ご丁寧に説明する明石に、真墨が吐き捨てる。
「おおかた、幸せの絶頂で効果が切れて、元の木阿弥ってことだろ」
「それだけじゃない」
と、割って入ったのはヒカルだ。
「この魔法薬は9段階のレベルが存在する。レベルを上げれば上げるほど、相手は使用者を好きになる。そしてこの薬なしではいられなくなり、最後のレベル9に達した瞬間――使用者の世界が、滅びてしまうんだ」
「世界が滅ぶ?」
妙に大げさな表現を、真墨が繰り返すと。ヒカルは真顔で続けた。
「そのものズバリさ。恋人にされられた相手に拒絶されるだけじゃなく、他の全ての人間関係――家族や友達、全員から裏切られる。そしてレベル9に到達したら、魔法の薬は二度と使えない」
「麻薬のようなものですね。依存させ、身を滅ぼす」
「……何だか、かわいそう」
「まさに魔法のオクスリ、ってことか」
さくら、菜月、蒼太が続く。だが真墨は斜な構えを崩さない。
「それで? 魔法先生なあんたのことだ、他にも知ってるんだろ?」
「例えば?」
「そうだな。例えば……プレシャス自体が意思を持って、使用者の哀しみを吸い取りエネルギーにしている、とか」
「ご名答。流石はボウケンジャーの次期チーフ候補、だけのことはある」
「うるせぇよ」
ヒカルの賛辞を跳ねつけ、真墨が続きを促す。
この魔法使いの先生は、以前脱出不可能な状況下で初めて遭遇、共闘した時とさっぱり変わっていない。いつだって綽然としたその態度が、何とも腹立たしい真墨だった。特に、天然入ってるところが。
「そう、まさにエネルギーだ」
ヒカルも、顔を引き締めた。
「《マイナスエネルギー》――聞いたことはあるかい?」
「まいなすえねるぎぃ?」
首を傾げる菜月。さくらが、記憶を探る。
「今から27年前、怪獣頻出期の末期。地球に出現した、怪獣のエネルギーと言われていますね。今でもその正体は研究中で、明らかでないとか」
「そういえば、あけぼの町に現れた『ジャマンガ』って悪魔の組織が、その《マイナスエネルギー》を集めて大魔王復活を目論んでたって話もあってね。とっくに大魔王ごと、ご当地ヒーローに倒されたんだけど」
「蒼太くん、余談は後です。それで、そのエネルギーとプレシャスに、何の関係が?」
「実はね、ロイヤルワンダー学園で僕と同じ非常勤講師をやっている、矢的〈やまと〉先生というかたが、この《マイナスエネルギー》について生涯をかけて研究されているんだ」
矢的先生曰く、人間は限りのない可能性を持っている。
しかし、人間はその可能性を間違った方向にも向けかねないことも解った。そのことによって生まれるのが《マイナスエネルギー》だと。
そして矢的先生は、教育という見地から、《マイナスエネルギー》の発生を抑えようとした。その試みは一度頓挫したそうだが、今でも先生の胸には、教え子の姿があるという。彼らのために、研究を続けているのだ。
「しばらく教育の現場から離れていたそうだけど、この間地球で教え子と再会したらしくてね。もう一度教壇に立ちたいと決意し、学園に来られたそうだ。
素晴らしい先生だよ。後学のため、この学園に出張するようになってもうすぐ1年だけれど、僕もまだまだだと思い知らされる」
一息ついて、ヒカルは続ける。
「僕たち天空聖者、魔法使いにも、マイナスエネルギーらしきものは存在する。闇にその身を委ねた魔法使いは《魔導師》と呼ばれ、勇気以外の何かを魔法の源にしている。マイナスエネルギーに限りなく近いものが――」
「くだらねぇ」
たまらず、真墨が再び話に割り込む。
「誰の中にでも闇はある。闇から逃れることはできない。だが、それがどうした? 光でも闇でも関係ない、俺は俺だ」
「何言ってんだか」
笑って、菜月がツッコむ。彼の過去を思い出したのだろう。一度闇に囚われ、ボウケンジャーを去った時のことを。
「でも、真墨の言う通り。過去も未来も関係ないよ、本当の宝物は皆との思い出なんだから」
そして、自分の過去のことも。菜月は菜月と言ってくれた、パートナーのことを。
「……そして、この学園にも」
さくらが話を戻す。
「マイナスエネルギーが存在する、と?」
「ああ」
神妙にうなずくヒカル。
「闇の力に操られ、学園に混乱を招く者が次々と出現した。この間まで学園の教育方針が、仲良くすることを否定するものだったこともあってか、この学園に蓄積されたマイナスエネルギーは相当のものだそうだ。
そして、そのマイナスエネルギーが更なる闇を呼び寄せる。ブラック学園に狙われ、その優等生が派遣されたのも、その一環だろうね」
「だがその危機は、いずれも学園の生徒たちによって解決された」
と、様子を見ていた明石が口を開く。
「そこで俺は今回、それに倣って、学園の生徒たちに協力を仰ぐことにした」
「……で、こいつらを俺に連れて来させたってわけですか」
明石に答える加賀美。
加賀美の前の席には、学園の生徒――カロリにアスリーにリオーネがいた。何故かは知らないが、地獄兄弟らとサッカーをしていた三人だ。
そして前回のミッションの縁で、シフォンとレモンも加賀美の両隣に座っている。二人共、あの時加賀美に協力してくれた友達だった。
シフォンは異星のヒーローに興味を示した割に、当事正式なライダーではなかったはずの加賀美の後をひょこひょこ付いて行った。一方レモンも、加賀美にツッコミの才能を見出し「兄さん」と慕っていた、芸人的な意味で。何だかんだで、子供に好かれ易い加賀美なのである。
五人の生徒たちはじっと、明石とヒカル先生の話を聞いていた。
「でも、どうしてこいつらを?」
「彼女たちは、《マジック・ポーション》の影響を受けない」
加賀美の問いに、明石がきっぱりと断言する。
「当然だっ! オレとタウリの燃える愛は何者にも邪魔されないぜ!」
『はいはい』
拳を握り力説するチームメイトに苦笑する、アスリーとリオーネ。
「何だよリオーネ、お前だってバレンタインで、お前のアニキにチョコあげてたじゃないか」
「ちょ、ちょっとカロリ! あれは、その……」
「……うん。大体把握した。それで、アスリーは――!?」
その時不思議なことが起こった! アスリーの鋭い眼光が、加賀美の身体を捕らえ動きを封じたのだ!
一同が沈黙する中、アスリーは独りつぶやいた。
「カロリやリオーネはいいわねぇ、いつも目立ってて……どうせ私の台詞なんか……」
「……何のことだかサッパリだが、解った気がする。うん」
これ以上追求したくないので、話題を切り上げる加賀美だった。カロリがこっそり「リポは……」とか言ってたが、そっちも無視。
「で、シフォンは」
「私? 私はウンチークが恋人だから」
「そうか、お前らしいな」
6歳の子供らしい、微笑ましい発想である。
「レモン、お前もお笑いが恋人ってことだろ?」
と、最後に話を振ると。当のレモンは。
「……………………」
「レモン?」
無言でフリップを上げていた。バラエティ番組でよく見かけるボードである。
そこには「絶対にノゥ!!!」の文字が。こっちもこっちで、何のことだかサッパリだ。
「…………は? どうした?」
「……………………ああ、持ち歌をバックに、雑魚ワームに一撃でやられた経験を持つ戦いの神じゃないですか」
「!? 何で知ってんだ!?」
「大丈夫ですよ……前奏だけ流れて終わる挿入歌があってもいいじゃないですか、加賀美さんなんだから」
「いやアレ、一応エンディングテーマだから……って何の話だ?」
「加賀美新として唄ってるんですよね!
加賀美新として唄ってるんですよね!」
「何で二回言うんだよ」
「だからもう技術とかいいじゃないですか加賀美……さ……ん」
「おいレモン!? レモーン!?」
「……? ……、ああ兄さん」
「…………え?」
「いや、最後にフラれたから、オチを用意せなアカンと思て」
「要らねぇから、そんな気遣い」
「最近、芸風を模索してる最中で。シュール系を極めた後に、スベリ系リアクション芸人を目指そうて計画や!」
「…………ああ、そう。頑張れよ」
とりあえず、惚れ薬とか以前の世界に住んでることは、よぉ〜く解った。っていうかシュールなのか今のは。そして何で標準語だったんだ。
果てさて、生徒紹介は一段落ついたようなので、リオーネが挙手した。
「あの、一つ質問が……」
「何だリオーネ?」
「あの……どうしてファインやレインじゃなくて、私たちなのかな、って」
「俺は構わないと思ったんだが」
と、明石は腕を組んで告げる。
「『超学園長』様が、全力で拒否してるんで、な。食べ物を粗末にする奴はロクなもんじゃないって」
「……何考えてんだか、天道の奴」
真墨が嘆息する。当の天道は、本当に「超学園長」として君臨している。どうやってなったかは知らない、いつものことだ。
「あいつ、ファインとレインがこの学園のために頑張ってくれたこと、何も知らないのかよ」
「簡潔になったはずの校則も再検討されて、減点制度もまた厳しくなった。これじゃ元通りよ」
「せっかくファインとレインが学園を明るくしてくれたのに、ふしぎふしぎ」
次々と不満を述べるカロリ、アスリー。そしてシフォン。
「天道には、何か考えがあるに決まってる」
不安がる子供たちに、加賀美は呼びかける。
「そんなに気にすんな。あんな調子で引っ掻き回すのが、いつもの天道だ。それもこれも、全部あいつの策なんだよ。今までも、ずっとそうだった」
「兄さんが言うなら……」
「――そっか。そうだな!」
レモンを遮って、カロリが叫ぶ。
「いつまでもファインとレインに頼りっぱなしじゃいけないよな! たまにはあのふたりにも楽をさせねぇと。ここはオレたちがやろうぜ!」
「そうね、カロリ」
リオーネもうなずいた。
「ふしぎ星がブラッククリスタルに襲われた時、私たちは祈ることしか出来なかった。もうそんなのは嫌……だから!」
「決まり、だな。ま、無理はすんなよ」
真墨が、締める。かすかに微笑んで。
「で明石、こいつらに何をさせようってんだ?」
「はっきり言おう。プレシャスは、学園の生徒が所有している可能性が高い」
真墨の問いの答えは、生徒たちに直接向けられた。5人の視線を一身に受け止め、明石は続ける。誤魔化しは、一切なしだ。
「この星全体ではなく、学園にマイナスエネルギーが観測されていること。闇に操られた生徒が、次々と出現したという過去の事実。そして、生徒の間で次々とカップルが誕生している以上、そう考えるのが自然だ。
ならば――その流れに沿えば、プレシャスにたどり着く。君たちの中で、突然かつ不自然に結ばれたカップルの一番近くに、プレシャスはあるはずだ」
「それで、私たちをスパイにしようと?」
「そう思ってもらって構わない。だが、これだけは理解してくれ」
アスリーの指摘に、明石は決然と告げた。
「これは学園の生徒たちのため、君たち自身のために行うミッションだ。君たち自身が、この危機を乗り越えねばならない。俺はそう思う」
「僕も同意するよ」
と、ヒカル先生。
「僕はこの学園の生徒たちを信じている。君たちならきっと、マイナスエネルギーの誘惑に打ち勝つ『勇気』を持てるってね」
「ああ、わかったぜ!」
再び、カロリが叫ぶ。立ち上がり、拳を突き上げて。
「プレシャスを持ってたからって、悪用されてるとは限らないからな。無理矢理持たされて、困ってる奴を探し出せばいいんだ。もし悪いことに使ってたら、蹴り飛ばして反省させて仲直りすればいいさ!」
「……お前、ホント一直線だな」
「当然だぜ! ガッハッハ」
苦笑して、加賀美がカロリの瞳を覗き込む。自分を信じ、ひたすら前に突っ走る、カロリの輝き。自分に良く似た輝きだ。
「それでは、皆さん」
今度はさくらが前に出た。
「まずは人間関係について教えてください。皆さんの周りで――」
「はい」
「早っ」
シフォンがいきなり手を上げた。ツッコむ加賀美も思い出した、この子も天才少女だった。
だが、さくらも負けない。平然と指摘した。
「まだ質問の途中ですが」
「……ええと、最近出来たふしぎなカップルを挙げればいいんですよね?」
「ええ、話が早くて助かります。ではどうぞ」
「それじゃあ。レインとファンゴがね」
『えーーーー!?!?』
ためらいもなく告げたシフォンに、チームサンバが揃って乗り出してくる。
「何故、それを、早く、言わないっ!?」
「だだだだだって、ファンゴはエリザベータと」
「レインにだってブライト様が……」
が、シフォンはしれっと続ける。
「街中で一緒の姿を見かけるのよ。何回も」
「……それ、エリザベータへのホワイトデーのお返しを、レインに相談してるだけ、ってベタなオチとちゃうか?」
「違うわ。目撃したマーチが言うには、明らかに、レインにプレゼントを買ってあげてたそうよ」
「…………マジか?」
「…………恋愛って、苦いですわね」
「…………でも、まだ決まったわけじゃ」
かろうじて言葉を搾り出す、カロリ、アスリー、リオーネ。
そんな三人をよそに、冷静にさくらが問うた。
「それで、今。そのお二人はどうしているんですか?」
「それが……その」
と、シフォンが返答する前に答えたのは。
「加賀美さん?」
「剣が……」
「おめでと〜〜〜! ファンゴ〜〜〜! レイン〜〜〜!」
「この俺も心から祝福するぞ、プリンセス・レイン、プリンス・ファンゴ!」
『…………は?』
「嬉しくて、言葉もないか。じいやが言っていた、友情と愛情に勝る財産はない。一生の宝にしろ」
「うむ、くるしゅうないぞよ〜〜〜」
『……………………』
確かに、言葉もない。胸の中がいっぱいだ。疑問で。
「あ、あの……エリザベータ?」
「何だ、その格好は?」
レイン、ファンゴの真っ当な質問に、ふたりは。
「愛の、キューピッドだ!!」
「愛の、キューピッドじゃ〜〜〜!!」
声を揃え、ポーズを決めて答えた。満面の笑みで。
ここは学園近くのハート池――この場所を中心に街は発展している。この池におまじないカードを投げると、願いが叶うと言われている。
要するに、街のど真ん中だ。
そのど真ん中で、ふたりの天使がくるくる回っている。ファンゴとレインの周囲を。
草冠に、フリフリの白装束。天使の羽に、赤い風船までつけている。その両手にはキューピッドの矢が。
ちなみにエリザベータのメイク担当は、某アルティメット・メイクアップアーティストである。
「俺は恋のキューピッドにおいても頂点に立つ男だ」
「わらわは恋のキューピッドの女神と呼ばれた女じゃ〜〜〜」
「天使か女神かどっちかにしろ」
呆れてツッコむファンゴ。レインも尋ねる。
「……それで、エリザベータ。このヘンタ――じゃない、おかしな――じゃなくて、ユカイなかたは?」
「俺か。俺は神代剣、神に代わって剣を振るう男だ!」
「そして、わらわはエリザベータ〜〜〜」
「俺たちは宇宙を越えて『ノブレス・オブリージュ』の絆で結ばれた、ベストフレンドだ!」
「……はぁ」
レイン、コメント不能。
「高貴な振る舞いには、高貴な振る舞いで返せ」
「坊ちゃまぁ〜〜〜♪」
「それが、俺のノブレス・オブリージュ」
「坊ちゃまぁ〜〜〜♪♪」
「その高貴なる精神を、エリィ・ザ・ベータも持っていた」
「坊ちゃまぁ〜〜〜♪♪♪」
「俺たちは出会った瞬間惹かれ合い、友情を交わした。俺が学んだ『ショ・ミーン』の心、そしてエリィ・ザ・ベータの『質素』の心!」
「坊ちゃまぁ〜〜〜♪♪♪♪」
「その二つの心で、お前たちを祝福してやろうというのだ!」
「わけわかんねぇ」
吐き捨てるファンゴ、だがエリザベータはファンゴの両手を握り、
「ファンゴもレインも、わらわにとって大事な人じゃ〜〜〜。わらわは、心から二人を祝福し、応援するぞよ〜〜〜」
「え? ええええ? やっぱり勘違いして――」
エリザベータの真剣な視線に戸惑うレイン。と、剣も心底心配な表情で、ファンゴを見つめる。
「どうした? まさか喧嘩でもしたのか」
「喧嘩も何も――」
言いかける。が、詰まった。
「ファンゴ〜〜〜〜〜〜??」
眼をウルウルさせて、エリザベータが見詰めてきたからだ。
明らかにたじろいでいるファンゴだったが、剣は勝手に自己完結した。
「……俺の気のせいか、済まなかった。ならば早速本題に入ろう」
「え、まだ続くの?」
レインを無視し、華麗に人差し指を突きつける剣。
「お前たちに、この俺がデートを指南しようというのだ!」
「な、何言ってんだ、くだらねぇ」
ちょっとだけ照れて、ファンゴがそっぽを向く。
「そう! それだ、プリンス・ファンゴ!」
それを剣は見逃さなかった。何故か。
「その心こそ、『ツン・デーレ』!」
『はい?』
レイン、ファンゴを無視し、剣は言う。
「俺が、ミサキーヌとの触れ合いで会得した、最上級の対人術。それが、『ツン・デーレ』!」
「坊ちゃまぁ〜〜〜♪」
『…………』
「時には衝突し、そしてより分かり合う。これこそ、『ツン』と『デーレ』の心。そう、全ては愛の試練というわけだ!」
「坊ちゃまぁ〜〜〜♪♪」
『…………』
「それもまた、俺たちの『ノブレス・オブリージュ』!」
「坊ちゃまぁ〜〜〜♪♪♪」
『…………』
「その心さえあれば、俺も安心だ。さぁ遠慮なく、俺の指南を受けるがいい。若きル・クプルよ!」
「坊ちゃまぁ〜〜〜♪♪♪♪」
「おい、何とかならないのか」
「……無理」
「俺もだ」
そのため息だけは、キレイに揃うふたりだった。
「……フン、何よ。楽しそうにしちゃって」
「おい、ビビン!」
物陰から見つめるビビン、そしてエドちん。
この二人(?)はかつて、この学園に新たな混乱の種を撒いたものたちだ。
ビビンはブラック学園の優等生として派遣され、何も知らずにブラック学園長に騙され、闇の魔法を操った。もっとも学園長もまた、闇に――ブラッククリスタルに操られていたのだが、先日グランドユニバーサルプリンセスの祝福の力で解放され、安静状態にある。詳しい事情は、目覚めたら語ってくれるだろう。
そして、エドちん。色々あったが割愛である。この時点では、ビビンもふたご姫も、このナマモノの正体を知らないから。
さて、この二人の悪行、というよりビビンが「卒業試験」として行なっていたのが、
「これを見ろ。アンハッピーフルーツの種が、一つ余っていたぞ! お前の隠れ家に落ちていたんだ、これでまたふたご姫に復讐できるぞ、フフフ……」
この種でハッピーを吸い取り、学園の生徒を犠牲にアンハッピーフルーツを収穫することだった。が。
「何言ってんの、それはもう終わったのよ」
ビビンは突っぱねる。そう、全ては終わったことだ。
何も知らずに悪事を働いた自分と、あのふたご姫は「友達になりたい」と言った。その呼びかけに何度も揺らぎ、時に力を合わせたこともあった。そして、とうとう、仲直りしたのだ。
「……なら何故、お前はココにいる?」
ナマモノでも闇の住人。エドちんの言葉に、ビビンが身体を震わせる。
「今更、ふたご姫のもとへは行けないからだろう? お前の犯した数々の過ちは、もう償いきれない」
「…………」
「たくさんの人を傷つけたお前に、もう後戻りは出来ない。そして、僕の復讐はまだだだだだっだ」
「うるっさいわねぇ!! ちょっと黙ってなさい!」
「まだだだだ終わっててててっててって」
エドちんの尻尾をつかんで振り回すビビン。だがそれで、心が晴れるはずもない。単なる八つ当たりだ、いつものことだけど。
(あたしには……もう何の力も無いんだから)
ブラック学園長にもらったステッキが壊れた今、ビビンに闇の魔法は使えない。何も出来ないのだ。
……ということは、ビビンの魔法で姿形を得たエドちんは、もう元に戻る術がないのだが。それに気づくのは、もうちょっと経った頃である。
で、別の物陰。
「エリザベータ様とあんなに親しく……!!」
「おのれ神代剣、許さない!!」
そこには、エリザベータの従者――もとい。友達の、シャシャとカーラがいた。折れんばかりに歯を食いしばり、暗い炎を燃やしている。
「熱いなー、お前ら」
そんな二人を見かねて声をかけるは、映士。先のミーティングで姿を見なかったのは、様子のおかしい剣を尾行していたからだった。独断専行で。
「ちゃんと野菜食ってっか? ビタミンが不足するからイライラするんだ。よし、お前らにこのニンジンをやろう」
『はい?』
6人目のボウケンジャー、高丘映士。彼もまた、天道や明石と同じ「俺様」だった。
「『アニキ農場』って有機農場で取れた野菜だ。俺様のお墨付きだぞ」
一人称からして俺様だった。
『…………』
無理矢理渡されるも、それを口に出来ないふたり。初対面なのもあるだろうが、
「お姫様は生野菜が苦手か? ってわけでもなさそうだが」
原因はそれだけではなさそうだ。何か、心に抱えているようだ。戯れに問うてみる。
「……お前らは、あいつの友達か?」
『!』
シャシャとカーラの脳裏に、いつかの言葉が蘇る。
『……お前たちは、あいつの友達か?』
『そんな、滅相もない!』
『ならいい。友情とは友の心が青臭いと書くんだ』
『わたくしたちは……』
前に、ボウケンジャーと仮面ライダーが、ロイヤルワンダー学園にやって来た時。
シャシャとカーラは、天の道を往く男に出会った。
その時は、そう答えていた。太陽の煌々とした輝きを前に、正直に内心を吐露するしかなかったのだ。
何故なら、初めての授業の時。怪我をした自分たちを気に留めるでもなく、エリザベータは自分を運ばせようとしたのだ。当然のように。
……けれど、それは自分たちの責任だった。
小さな頃。エリザベータと初めて会った時。おはじきで一緒に遊んだ。身分違いの自分たちが、エリザベータと遊べることが嬉しくて嬉しくて、何度も何度も遊んだ。エリザベータが楽しめるように、手取り足取り。
気づかれないように、いつまでも影から支えて。エリザベータの願いは全て叶えた。エリザベータに、喜んで欲しいから。
そのせい、なのだろう。自分たちを頼るようになってしまったのは。頼ることが当然になり、自分たちなら何でも出来る、省みることすら不要と思ってしまった。一人では何も出来ない人間になってしまったのだ。
エリザベータは今も、自分たちを友達と呼んでくれた。
でも、その資格はあるのだろうか?
エリザベータがこうして、自分から何かを為そうと動き出したのは、ふたご姫と……ファンゴのおかげだろう。自分たちは、何もしていない。
そんな自分たちは、本当に、エリザベータの友達なのだろうか?
「……ま、どっちでもいいけどな」
映士の言葉に、意識を戻すふたり。
「どうでもいいだろ、そんなこと」
「――ちょっと!」
「そんな言い方は……」
「いいか、お前ら」
ふたりの抗議を跳ねつけ、映士は語る。
「俺様は、好きだから冒険をやっているんだ。まだまだ冒険がし足りない。善悪も、光も闇もない、誰に与えられた使命でもない」
ふたりの眼はおろか、顔すら見ていない。虚空に視線を送り、自分勝手なことを言うだけだ。
「資格だの何だのぐちゃぐちゃ言ってんのは、所詮弱い人間の言い訳だ。どうせ好きでやってるだけだろ? 嫌なら、とっととやめちまったらどうだ?」
『あんた――!!』
その言い草に反論し、組み付こうとするふたり。
だが映士は、逆にふたりの腕を乱暴につかみ上げ。
「本当に嫌なら、な」
『!』
シャシャ、カーラ。ふたりの望み。
それは。エリザベータと、一緒に遊ぶこと。
それが――ふたりの見つけた宝。
ふたりが、その宝を見つめる。彼女は木製の屋台を手で押していた。下には赤いカーペットまで敷いている。
「ふたりのために、わらわはかけそば専門の屋台を始めたぞよ〜〜〜。客は限定ふたり、ファンゴとレインだけじゃ〜〜〜」
そんなものを持ち込んだのは、そしてそんなことをやらせてるのは――間違いない。
地球とかいう遥か遠くの星から現れ、いきなり彼女と親しくなった「坊ちゃま」。
「よ……」
「よくも……」
映士が、不敵に微笑んだ。
『よくもエリザベータ様と!!』
映士の手を振り払い、ニンジンを勢いよくかじって。
「神代剣! これ以上私たちのエリザベータ様に近寄らないで!!」
「エリザベータ様のパートナーは、わたくしたち以外ありえませんわ!!」
突っ走っていく。どこまでも。振り返らずに。
「おお〜〜〜、遅いぞシャシャ、カーラ〜〜〜。一緒にそばを茹でようぞ〜〜〜」
友は、満面の笑みでふたりを迎えていた。
「……はっ」
乱暴に鼻で笑って、映士は叫ぶ。
「たいした冒険じゃねぇか。なぁ、そこのアスパラガス頭と黒いの!」
『えっ!?』
ビビンとエドちんに。
「だ、誰がアスパラガスよ!」
「黒いのとは何だ!」
二人が口を開くと、その口に1個ずつナスを入れ、映士は。
「お前ら、俺様と組まねぇか?」
やっぱり自分勝手に、告げた。