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第二章

「さぁ、吐くんだフラン! 吐いて楽になるんだ!」
「おおおおお、落ち着けカロリ! ここ食堂だから、吐くの意味誤解されるから!」
 突撃するカロリを、後ろから抱えて必死に止める加賀美。
 ……田所さん、岬さん、ごめんなさい。正しいと思ったらただひたすら前に突っ走る奴のフォローって、こんなに大変だったんですね。
「えっと……?」
 というわけで、当のフランは反応に困っていた。
 ミーティングの翌日。昼食中の学生でごった返す学園食堂に、カロリは全速力で競歩して――廊下走るの禁止、校則以前の話だ――やって来た。
「こんな堂々としたスパイなんて聞いたことないですわ」
「確かに、私たちらしいけど……」
 嘆息して、アスリーとリオーネも、一同と共に現れる。
 リオーネがフランに挨拶する隙すら与えず、カロリはド真ん中ストレートに訴えかける。
「そう、オレたちはスパイだ! 一昼夜にわたる調査の結果、急にモテ出したっていうお前の疑惑を晴らすためにやって来た!」
「自分で名乗るな!」
「フラン、お前がノーチェに言い寄られたって話を聞いたんだ。何かの間違いだよな? あいつがそんな度胸あるはずないよな?」
「失礼だろオイ! 俺もそう思うけど!」
 加賀美の制止を気にも留めずに、フランにつかみ掛かろうと迫るカロリ。
 と、そこに割り込む二つの影。アスリーとリオーネ、ではない。
「ちょっと、余計なことしないでくれる!?」
「はっきり言って迷惑なの」
 カロリに冷ややかな視線を送る、そのふたり。一人は小さい背の、黒い短髪の女生徒。もう一人は大きい背の、ウェーブのかかった茶髪を肩まで伸ばした女生徒。
 対照的な容姿を持つふたりが送る目つきに、加賀美は気づく。この冷たい視線……覚えがある。
 約10ヶ月前、学園に初めて来た時に見たものだ。友達を拒絶し、仲良しを否定する、ロイヤルワンダー学園の生徒たちの眼だ。
 今やすっかりゆるゆるになり、明るい学園になったはずだが……
「…………」
 そして、カロリは。
「……えっと、誰?」
「知らねぇのかよ」
 まぁ加賀美も、覚えてるのはあくまでこういう生徒が一般的だったってことであり、このふたりが具体的に誰なのかは知らないのだが。
「フフン、仕方ないわね」
「教えてあげましょうか」
 というわけで、ふたりは自己紹介を開始した。
『何を隠そう、私たちの名は――』
「……思い出した!」
『って邪魔しないでよ!?』
 が、リオーネに遮られる。アスリーの問いに、リオーネは記憶を辿る。
「知っているのリオーネ!?」
「フランのチームの二人よ! ほら、メルバが子供のワンダードラゴンを助けた時の――」
 あれは、リオーネがまだ学園に来て間もない頃だ。
 ふしぎ星のメラメラの国と仲の良かった、オーセッカイ星のプリンセス・メルバ。
 何故かふしぎ星の他国をスルーして交流を持っていたリオーネは、この学園で幼馴染のメルバに再会した。
 困っている人がいると放っておけない、とても優しいお姉さんだったはずのメルバ。だが学園では人と関わり合うのが怖くなり、チームも作らずにいた。
 その原因が、チームフランにあったのである。
「昔リレーで、メルバがフランを助けたことで、チームフラン全員が減点5になったの」
「……………………ぇえ?」
 シフォンが簡潔に解説を加える。が、加賀美は首をひねった。シフォンの解説の的確さは承知しているが、突飛なことまでさらりと言い切られては、理解に苦しむ。
「助けられたほうが減点なのか? 助けたほうじゃなくって?」
「そんな頃もあったってことや、兄さん」
 レモンも、かつての学園を思い腕組みした。そして再び、口を開くリオーネ。
「あの時、メルバ、ファインとレイン、私は、減点を覚悟してワンダードラゴンを助けようとした……それから……」
「そこで教頭先生の妨害にあったの。そこに立ち会っていたのが、このふたり」
 が、核心部分はシフォンが引き継いだ。躊躇せず淡々と語るのは、解説役を自認しているからか。
「フランは、お返しにメルバを助けようとしたけど――」
「当たり前でしょ。放っておけばよかったのよ」
「誰かを助けるなんておかしいじゃない」
「おい、ちょっと待てよ!」
 たまらずカロリが、チームフランのふたりを睨みつけた。
「オレたちの友達をバカにする気か!?」
「聞き捨てならないわね」
 アスリーも加わる。フォローは任せておいていいだろう、加賀美は身を引いてやった。と、シフォンが解説を終わらせる。
「……それで、アルテッサに『友達でしょ!?』って怒られてたわ」
(え……!?)
 慌てて、加賀美がシフォンのほうを向く。『友達でしょ!?』の言葉に、妙に感情がこもっていたからだ。
 シフォンは眼をつむり、右人差し指を立てるいつものポーズをしていた。その表情からは、その時のアルテッサの口調を真似たものか、シフォン本人の感情が入っていたかは、わからない。
 確かなのは、それがあのふたりを怯ませるに充分だった、という事実だけだ。
「ええ、今も覚えてるわ……」
「思い出すのも恐ろしい……」
 身を震わせ、チームフランのふたりは言う。
「あの時後ろで微笑みながら、私たちを見ていたソフィー!」
「私たちを睨むふしぎ星の連中の誰よりも怖かった! 怖かったのよ!」
「そっちかよ!?」
「……あー、わかるわそれ」
 ツッコむ加賀美。ソフィーのチームメイトとして同意するレモン。
 だが、カロリの怒りは収まらない。
「何だよ、自分たちが悪いんじゃないか」
「あなたに何がわかるのっ!?」
「いい、あの眼がぜんぜん笑ってないのよ、閉じた眼の奥は明らかに――」
「どうでもいいですわ」
『どうでもいい言うなっ!!』
 あっさり切り捨てるアスリーに抗議するふたり。
「フン、私たちの名前も知らない奴に言われたくないわよ」
「悔しかったら呼んでみなさい!」
「……呼んで欲しいのか?」
 ふたりの心情を読み取る加賀美だったが、カロリは無視。言ってはならないことを言ってしまった。
「うるさいな、チョイ役の悪役なんて覚えてられるかよ」
『チョイ役言うなァァァアアア!!!!』
「悪役は否定せんのかい」
 激怒するふたり。レモンがツッコむも、止まらない。
「私たちはずっといたわ、あなたたちのそばに!」
「ゴージャス星のプリンス・ヒルズが開いたパーティーにも混ざってたわ! こっそりと!」
「私はメガネかけてたわメガネ!」
「喋る声も届かない、人ごみの中にね!」
「……そうなのか、シフォン」
「ええ」
 加賀美の問いを、きっぱりと肯定するシフォン。ふたりの自己アピールはまだまだ続く。
「ああそうそう! 年初めのカートレースの応援席にもいたわ」
「……あなただけね」
「そうだっけ?」
「私はいなかったわ……」
 何やら大きいほうが、小さいほうを責めている。とりあえず放置して、加賀美は再び問う。
「……そうなのか、シフォン」
「もちろんそうよ」
 と、答えたのはシフォンじゃなくて。いつの間にか現れた音楽教師・ウーピー先生だった。
「ミルロちゃんや、科学部部長のフュー・チャーくんと一緒に、私も応援してたの」
「……なるほど」
「何よ、あなただってこっそり、ラッシュ監督のハッピー映画に出てたじゃない!?」
「そうよ、思いっきりファインと共演したわよ! それなのに誰も――」
 この人も人ごみにまぎれるタイプか、と合点した加賀美。今度は小さいほうが大きいほうを責めているのをやはり放置し、改めてシフォンに問う。
「それでシフォン、いい加減不便だし、名前を教えて欲しいんだけど。あの子たちの」
「任せて! ……………………」
 と、脳内データベースを探るシフォン。
「…………………………………………」
 と、脳内データベースを探るシフォン。
「……………………………………………………………………………………」
 と、脳内データベースを探るシフォン。
「……………………………………………………………………………………そんな!」
「シフォン!?」
 その尋常ではない悲鳴に、加賀美が名を呼ぶと、シフォンは落胆しながらうめく。
「そんな……名前のデータがどこにもないなんて……」
「オイイイィィィ生徒会長ォォォォオオオオ!?!?」
「いかにも全校生徒の名前と顔を覚えてそうな設定のくせにどういうことよ!?」
「……お、おい、落ち着けって!」
 半狂乱になる、「その他のキャラクター」扱いな「ロイヤルワンダー学園の生徒達1」、すなわちチームフランのふたりをなだめる加賀美。と、そこに現れるは――
『ちょっと待ったぁ!』
 ようやく登場、ふしぎ星のふたご姫だった。
『ケンカは、イヤイヤイヤ〜ン、イヤイヤ〜ン』
「いや……今のってケンカか……?」
『イヤイヤイヤ〜ン、イヤイヤ〜ン』
「ズバズバズバ〜ン、ズバズバ〜ン」
「って何やってんだズバーン?」
 3人(?)でイヤイヤダンスを踊る。もうヤケになった加賀美が、いっそ参加しようかと考えていると。
「! あなたたちはふたご姫!」
「また魔法で私たちの邪魔をする気ね!」
 と、正気に戻ったチームフランのふたりが、ふたご姫に対峙する。
「……待った」
 加賀美が挙手する。大きいほうの子の発言に、疑念が一つ。
「魔法で?」
「そうよ! このふたご姫は、ワンダードラゴンを連れ込んだのを教頭に咎められた時、魔法を使って抵抗したのよ!」
 と、応え糾弾するは、小さいほうの子だ。これにはファインとレインも驚き、異を唱える。
「……だって、あの時は!」
「早くミルクをあげないと、ドラゴンが――」
「だからって、無力な相手に魔法を使うなんて卑怯だわ!」
「人助けのつもりかどうか知らないけど、はっきり言って迷惑なの!」
『!!』
「おい!」
「ふたりとも落ち着けよ、そんな言い方は――」
 ショックを受けるファインとレインを、カロリがかばう。加賀美も加勢しようとしたその時――
「その通りだ」
 現れるは、天の道を往く者。
 いや、今は天の道を往く学園長だったか。赤い腕章に書かれた「超学園長」の黒文字が、むやみに眩しい。何だかんだでお前も、あの団長様の影響受けてたんだな、と加賀美がこっそり嘆息した。まぁ、これは別の話。
「友情は友の心が青臭いと書く。だから助け合いは減点、当然のことだ」
『そんな!』
 冷たい言葉に、ファイン、レインが誠心誠意口を開く。
「あたしたちは、みんなと友達になりたい! そう思ったから……」
「もちろん、チームフランの皆とも、天道さんとだって仲良くしたいって……」
「お前たちは大事なことが解っていない、友達という言葉の危うさをな」
 だが総てを司る者は、遥か天空の高みから切り捨てるのみだ。
「その甘さが、魔法という逃げ道を許す。お前たちの『仲良し計画』とは、自分の力による解決を妨げる馴れ合いに過ぎない。
 大体『友達100万人』とか言う割に、同じ人間としか付き合ってないだろう?」
「言い過ぎだ天道。この子たちは、ファインとレインは――」
「おばあちゃんが言っていた、手の込んだ料理ほど不味い」
 加賀美の抗議も、天道は取り合わない。人差し指を天に向け、天道語録≠引き出す。
 その名言が裁くは、ふたご姫。地球を救ったヒーローが、かつてふしぎ星を救い学園をも救ったヒロインを、指弾している。
「そうやって余計な手心を加えるから、お前たちはマトモな料理ひとつも作れないんだ」
「……それに関してだけは反論できないでプモ……」
 プーモが嘆息する。料理を得意とする彼は、ふしぎ星にいた頃から、お付きの妖精としてふたりの料理を見続けていた。
 いつだったか、レインのスイーツをファインが美味しそうにつまみ食いしていた時は、ふたりもとうとうマトモな料理を――と思ったのもつかの間。バレンタインでふたりにチョコを贈られたシェイドとブライトは、火炎放射器になっていた。
「料理は人生そのもの、その味が総てを語る。料理一つできないお前たちに、人助けなんて一万年早い」
「何も、そこまで言わなくても」
「黙っていろ加賀美。いいか、食とは人が良くなると書く。食こそ人生の基本! 子供がダイエットをしてどうする!? その点あのサンクルミエール学園の5人は偉い、全員きちんと十二分に昼食を取っている。そんなにやせたいなら食事制限の前に動け! 食べた分だけ運動をしろ、それでこそ健全な――」
「……おーい、天道?」
「ふしぎふしぎ〜、天道さんって、こういうキャラだったかしら」
 シフォンの真っ当な問いに、加賀美は頭を抱えながら答えた。
「俺もあれから知ったんだが、天道はどうしても譲れない部分に関してだけ、なりふり構わず暴走するみたいだ」
 料理とか妹とか、妹とか妹とか、妹とか。
 まぁ、しょっちゅうなりふり構わず突っ走る加賀美に、言えた義理ではないのだが。
 で、突っ走るといえば。
「天道総司!」
 ネッケツ星のプリンセス・カロリだ。制服に手をかけ、勢い良く脱ぎ捨てる。そこには体操服があった。
「外へ出ろ! オレと、サッカーで勝負だ!」
「なんでやねん」
 レモンのツッコミをスルーし、カロリはあくまで真剣に言う。
「オレにとってはサッカーが人生だ! オレが勝ったら、ファインとレインに謝ってもらうぞ!」
「いやカロリ、俺も意味わかんねぇ」
「いいだろう、立ち会え加賀美」
「受けんなよ、お前も」
「よし行くぞ!」
 カロリが競歩で、天道が悠々と、加賀美が呆れて出て行って――十数分後。
「……負けた……」
「フッ、当然だ」
『早っ!』
 もう終わったらしい。戻ってきた三人に、一同がツッコんだ。
「……あいつ、サッカーでもマジになるんだよなぁ……去年のW杯でも妙に気合入れて観戦してたし」
「結構、大人気ない人なのね」
 シフォンのデータが順調にアップデートされているが、訂正する気も起きない加賀美である。
 果てさて、PKかドリブル勝負か何があったか知らないが、ものの十数分でズタボロにされたネッケツ星のトップアスリートは、悔し涙を流しながら膝をついている。
「くっ……済まないファイン、レイン……だが今度こそオレは仇をとってみせる! 行くぞアスリー、特訓だ!」
「え? 私も?」
 チームメイトを巻き込んで、再び退出するカロリ。それを見て、チームフランのふたりが肩をすくめた。
「……フン、何がしたいんだか」
「友達ごっこでしょ、どうせ」
「ごっこ遊びでは、所詮この程度ということだ。よくわかっただろう、………………………………………………………………、チームフランのふたり」
『名前で呼べやァ超学園長ォォォオオオ!!!!』
 どうすりゃいいんだよ。加賀美が深々と嘆息――
「レイン……」
「ファイン……」
 それどころじゃなさそうだ。肩を落とすふたご姫に、加賀美は――
「ズバーン!」
『うわぁ!』
「って! 何やってんだズバーン」
「ズバーン、ズバーン!」
 大剣人ズバーンが、ファインとレインを肩に担いで、何やら唄っていた。
「ズ〜ババズバズバ♪」
「み〜んな仲良く……」
「ズバズバーン! ズバズバーン!」
「友達、友達……?」
 ふたご姫を、励ましているらしかった。
『……ありがとう!』
 そんなズバーンに、感謝して。ファインとレインは。
「よぉーし、元気出さないと!」
「一緒に唄いましょう!」
 と、ハッピーベルンを取り出して。
「って待て! 何を――」
 ご承知の通り、加賀美の制止が間に合った例は、ほとんどない。
『ハッピーベルンでスチャラカスタイル!』

 ……こうして、食堂はダンスフロアと化した。
 なお、繰り返すが一応昼食中である。ほとんどの人間が食べ終わってるのが救いか。

『スチャラカスチャラカ、スチャラカダンス♪』
 強制的にその場の人間全員を踊らせるファイン、レイン。
「また魔法頼りか。おばあちゃんは、言っていた」
 呆れた天道が、腕組みをしながらステップを踏み。
「本当の名店は、看板さえ」
 くるっと回って。
「出してないっ!」
「ってノリノリじゃねぇか!」
 右腕から人差し指まで、ピンと伸ばし空に掲げて決める天道に、加賀美がツッコむ。
 心から加賀美は思う。もう、どうにでもなれ。
「ああ俺もヤケだ! ……心を込めて唄います、聞いてください『LORD OF THE SPEED』。うーんめいのぉ〜〜♪」
 そのまま合唱大会になる食堂。何が何だかサッパリ解らない。
「……良かった、みんな楽しそうで」
 そんな彼らを、微笑んで見つめるウーピー先生。
「楽しそう、ですか」
 と、様子を遠くで見ていたさくらが声をかける。
「ええ。歌声は、嘘をつかないの。みんないい子よ」
「なるほど。間違いないですね」
「え?」
 クールな割に、あっさり断言してくるさくらに戸惑うウーピー先生。
「フン、踊りながら、言われても、説得力が、ねぇッッッ!!」
「真墨もノリノリじゃん」
 その後ろで踊ってる真墨と菜月はそのままに。
『いいじゃん! いいじゃん! すげーじゃん!?』
「ズーバン! ズバーン! ズバーバン!?」
 合唱に加わるズバーンの胸元を、ずっと、さくらは見ていた。
 その宝石の色は、ずっと――緑。



 さて、歌声はプレシャスだとか、冒険こそ人生だとか真っ先に言い出しそうな、ボウケンジャーのチーフは。
 一人、ノーチェを尾行していた。彼は学園の喧騒から離れ、並木通りを歩いている。
 ノーチェの表情は――険しい。彼にしては珍しいことだ。何か、意を決しているようだ。
『ちょっと、どういうこと!?』
(……尻尾を出したか)
 明石が、その声に聴覚を集中させる。
 ノーチェのものではない。ノーチェの右手から、聞こえる声だ。
『どうして誰も、私を使わないのよ!?』
 アクセルラーでハザードレベルを調べるまでもない。
(間違いない。プレシャスだ)
 つまり、明石ひとりで、またもや抜け駆けしていたのである。
「そ、そんなこと言われても」
『そうよ、私の力さえあればあんたもラブラブファイヤーになれるのよ』
「ら、らぶらぶ?」
『自分の欲望に従いなさい。そしてっ! 愛しのあの娘と結婚を前提に付き合うのよ〜〜♪』
(……テンション高いな)
 自我を持つプレシャスの甘ったるい声に、額を押さえる明石。
「けけっけけ、結婚!? そんなまだファインとは早――」
『そうよ、そのファインとも一気に急接近よっ。手から手に、手から唇に、唇から唇に、唇から☆★※*……』
「ななんあななんあんあんあなんな!?!?!?!? 何を言ってるの!?」
『んもぉ、ウブなんだからぁ♪』
(……………………)
 青少年に聞かせるに相応しくない単語が飛び交う中、平静に努める明石。
 別に、ハイテンションに辟易したわけではない。未熟な人心を乱し、破滅にいざなう手口に怒りを覚えただけだ。
 だが、明石は聞いている。このノーチェというプリンスの強さを。
『さぁ、私を使いなさい早く早く早くぅ!』
「それは、できないよ」
『ええっ!?』
 あっさり断るノーチェ。そこに、新たな人影が。
「……やっぱり、使わないんだね」
 食堂にいたはずのフランだ。
『ちょっと、どういうことよ!? 私はあんたが言うから、こいつに憑いたっていうのに』
「だって、結婚を前提としたお付き合いとか言われても、私まだ興味ないし」
 プレシャスは、既に所有者を移していたようだ。
『何でこいつも使わないの!? バレンタインにチョコもらえなかったくせに』
「言わないでぇ〜〜〜、えぐえぐ」
 泣き出してしまうノーチェ。だがそれは癖に過ぎない、彼の意思は変わらない。
「……前に……決めたことだから。お父様のような立派な、一人前の音楽家になったら――」
 涙をぬぐって、きっぱり言い切る。
「僕は正々堂々と、ファインにプロポーズしたいんだ」
『そんなぁ! それで間に合わなくても、他の誰かに奪われてもいいの!?』
「本当は辛いよ……嫌に決まってる。でも…………僕は」
「ありがとう」
 フランが、ノーチェの右手からプレシャスを――《マジック・ポーション》の薬瓶を、もぎ取った。言葉を遮って。
「あなたに託してよかった」
 微笑むフラン。どうやら明石の見込み通りだったらしい。と。
「……フラン! ノーチェも……」
「リオーネ!」
 駆けて来るリオーネ。彼女は気づいていたのだ、フランが一人食堂を抜け出していたことに。
「そういう……ことだったのね」
「リオーネ、私ね」
 走りながら探し回っていたらしい。息継ぎに忙しいリオーネが落ち着くのを待って、フランは優しく語り掛ける。
「メルバみたいに、勇気を出そうと思ったの」
「メルバのように……?」
「うん」
 ここで明石は真っ先に気づく。遠くから走ってくる、赤と青の影。
 フランたちの視界に入る前に、明石が高速でふたりを回収、物陰に戻る。
「……もがっ」
「ちょっ……」
「敢えて黙って見届ける。それもまた冒険だ」
 相変わらず訳のわからない理屈で、ファインとレインを押さえ込む明石。
 こちらに気づかれてはいないようだ。フランが、リオーネに話し出す。
『もぉ〜〜〜、どいつもこいつも奇麗事ばかり言っちゃって――』
「この声が、とっても哀しそうに聞こえたから、何とかしてあげたいって。お付き合いとか、そういうのだけが幸せじゃないって、教えてあげたかったから」
 手の中の、薬瓶を見ながら。
「あの時メルバは、減点になるって知ってても、群れからはぐれたワンダードラゴンを助けてあげていた。たった独りで、何とかしようとしてた。私を助けたせいで、酷い目に遭ったのに。私のせいで、ずっと独りぼっちだったのに」
「……メルバは、メルバだもの」
「それなのに私は、メルバに謝ることすら、ずっと出来なかった。だから今度こそ、何とかしようと思ったの。自分独りの力で。どんな酷い目に遭っても」
「フラン…………それじゃあ、あなたのチームメイトは」
 ゆっくり、フランはうなずいた。
「守ってくれてた、みたい。自分たちが悪者になって。素直じゃないから、あの子たち」

『……………………』
「……さくらから連絡を受けた。ズバーンが、世話になったそうだな」
 ふたご姫に、明石が声をかけた。
「ズバーンの力の源は、人間の優しい心、楽しい気持ちだ。だからその逆、落ち込んでいたり、仲の悪かったりする人間の前では力を出せなくなる。胸の宝石の、緑色の光が消えてしまうんだ。
 だが、この学園でズバーンはずっと元気に過ごしていた。どんな場所でも、誰の前でもな」
『……私たち』
 明石はふたご姫の顔を見ない。励ますでもなく、叱るでもなく。ただただ語るのみ。
 冒険者としての、彼の真実を。
「誰にでも自分だけの宝がある。それは自分で見つけるしかない。誰に与えられるでもない、自分の力で見つけたものこそ、本当のプレシャスなんだ」
『……!』
 ふたりが駆け出す。最後まで、彼女たちの表情は見えない。
 その小さな後姿だけを、じっと見つめる明石は。同じく遠くから、視線を送る三つの影に声をかける。無論、初めから気づいていたが。
「手を出さなかったのは……教育係としてか?」
「はいでプモ」
 妖精プーモは、静かに全てを見届けていた。
「ピュピュー……」
「キュキュ……」
「大丈夫でプモ」
 眼に涙を浮かべる天使たちの手を、プーモは優しく握り締めて。
「ファイン様、レイン様は、ご自分だけで立ち直れるでプモよ」
「……だが、子供は子供だ。もう少しだけ、お節介を焼かせてくれ。悪いようにはしない、このボウケンレッドが」
 無言で礼をするプーモを背に、ゆっくりと、追いかける明石。抜け駆けは、これくらいで充分だろう。
 プーモの言う通り、ふたご姫なら、すぐに気づくはずだ。
 ふたりはとっくの昔に、プレシャスを手にしているということに。
(……後は任せたぞ、皆)


update : 2007.06.06
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